温故創新

 椿壽庵のオーディオ・メインシステム。左右のスピーカーの上に黒くて楕円形のスーパーツィーターを設置してゐます。

温故知新『故(フル)きを温(タズ)ねて新しきを知る』と言ふ事ですが、『温故創新』とは当庵主奴の造語でして、『故きを温ねて新しきを創る』の意味に解して下さい。

話は跳びますが、最近の音楽ソフトに、従来のCDを発展させたSACDがありますが御存知でせうか。CDは昭和50年代の末期に発売され、従来のレコードよりもはるかに小型、高性能で、再生に伴う雑音は無く、再生信号がテープやレコードのやうに時間的ユラギも無い上に、ダイナミック・レンジが広く、歪が少なく、周波数帯域が広く特性が平坦等々、良い所ずくめとの触込でした。

所で、此の周波数帯域幅は人間の可聴限界を超す20kHzだったので、ついつい、『周波数帯域が広い』と言って仕舞ったのが、後から考へると大間違いとは『知らぬ佛の御富さん』でして、人間の知恵の及ぶ範囲は知れたものですネー。

CDが発売になって暫くすると、ディジタル臭い音で、従来のレコードの方が音が良いとの聲が聞かれるやうになり、あまつさへ、真空管アンプの自作ブームが静かに潜行してレコードに注目が集る所となったりして、CDに代る次世代メディアの研究が、ソニーとフィリップスに依って行はれ、SACDの開発へと結びつきました。

と、マァー言って仕舞へば、『ソーカ』となるのですが、此処で一大転換が必要周波数帯域幅に関して起ったのです。

先にも述べましたやうに、再生可能な周波数帯域幅は人間の可聴限界を若干超へる所迄で十分だとの考へが覆されたのです。是はレコードの方が音が良いとの理由が、人間の可聴限界以上の信号が録音されてゐて、再生出来る事にあるのが判ったからです。

そこで、CDを凌ぐSuper Audio CD、即ちSACDではなんと100kHz迄の録音・再生が可能な方式が採用されたのです。さうなるとスピーカーも40〜50kHz、出来れば100kHz以上の再生を要求されますが、こちらの方は比較的簡単に実現され、従来のスピーカーに、斯様な性能を有するスーパー・ツィーターを追加接続する事でも簡単にSACD対応スピーカー・システムが実現出来ます。尚、SACDなるソフトや、それを再生する機器も市場に出回ってゐて、機器に至っては、既に第二世代が発売されてゐます。

所で、人間が聞き取れないやうな高い周波数成分を含む音は、ある程度の高い周波数の音で、波形的に見て鋭い立上りをする矩形波のやうな音です。で、元々聞へないやうな周波数成分まで含む音声波形など、再現されたって何と言ふ事も無いと思ふのが常識と言ふものですが、実際は違うのですョ、全く。

それは、50kHz以上の音が再現出来るスピーカーでSACDの音を聞くと、さうでないスピーカーで聞いたのとは全く異なる、臨場感のある音が聞へて来るのです。

つまり、人間は音声波形の立上りを感知出来るとしか考へやうがありません。(或いは、可聴周波数以上の周波数成分のユラギが可聴周波数内に現れ、聴く者に何らかの印象を及ぼすのかも知れません。)

扨、上にも述べたやうにSACDが開発された過程は、CDの音が余り良くなく、一世代前のメディアで、言ふなれば、故いレコードを温ねてみて、新しきを創り出したとも言へるでせう。

尚、SACDなるソフトのソースは、当初のCD用に録音されたものでは周波数帯域が狭くて使へず、比較的最近になって次世代メディアを意識して広帯域で録音したソースか、初めからSACD用に録音したソースが使用可能ですが、SACDを急速に市場に行渡らせるには数不足のやうです。そこで考へたのがレコードのソースとして録音されたマスターテープです。ステレオレコードが世に送り出された当初のマスターテープなんかと馬鹿にしてはいけません。保存状態の良い物をレーザー光線を使った最新の技術を駆使して補修したテープから製作したSACDは、マスターテープ同等の音がするやうです。此処で『やうです』と表現したのは『マスターテープ』の音を聞いた事が無いからです。

然しながら、これも故きを温ねて新しきを創ったものと言へるでせう。

以上、主の独断と偏見に依る『温故創新』でした。


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