「ニュース」と言ふ名のマインド・コントロール


 民放テレビのコマーシャルはそれのみを見てゐれば、それなりに面白いものも有りますが、番組の途中に差挟れるとと、番組の雰囲気が壊れ、不快感を抱かざるを得ません。

 それでは、公共放送なるNHKは良いかと言ふと、左に非ず。例えば相撲中継の最中に「BSニュース」と称したりして、コマーシャル然と、然も、5分10分と番組を中断されては雰囲気が壊される程度では済されない思ひをさせられます。

 その一因はニユースなるものの中身たる事に最近気付いたのですが、何故、この内容の「ニュース」なるものを選りに選って、今此の時間に流す必要があるのかと思はされる事が間々あるからです。内容なるものが、意図的に選択されてゐて、それも政治経済関係に多いからです。

 例えば、何処かで何かに反対のデモがあった場合に良くあるのですが、如何にも仰々しく伝へてゐるので、成程、世間では可也問題になっているのかと思ひきや、参加者は25人でしたと終り間際に流したりします。

 又、政治家の発言を取上げて仰々しく報道するのも良くある事ですが、良く言はれるやうに、発言の前後を端折って、ある部分のみを特出しし、手前勝手の編集方針か何かに従って、時と場合に依っては発言の趣旨を意図的に曲げて伝えへてゐると言はれてもゐます。

 然も、厳正中立を標榜する公共放送が、ある主義主張の団体やら政党に肩入れしてゐるとしか思へないのは、庵主の僻み根性が為せる技でせうか。

 その結果、変な空気が醸し出されて選挙民が踊らされた結果、今頃に成って、そんな筈では無かったと悔んでも、後の祭と言ふものでせう。

つまり、編集方針とやらに基づいたマインド・コントロールに嵌られた結果と言っても過言ではないと思ってゐます。

 事はテレビに限った訳ではなく、マスコミ全般に当嵌る事で、さう言ふ見方で付き合うべきだと言ふのが庵主の主張です。


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