葛藤 〜暴威と企業とファンと〜





苛立ち、あきらめ、そして約束の地へ


とあるレコード店ではいつになく盛況ぶりを見せていた。それもその筈、あの伝説のバンド「暴威」が新譜を出したからだ。企業も力を入れているようで、営業本部長自らが接客販売している。開店から混雑が続いていたが、ようやくその波もなくなってきた。そろそろ落ち着いてきたか、と本部長は店内を見渡すと、少女が一人新譜の前に立っていた。そこで本部長は彼女に言った。


「買え!暴威の武道館ライブCD/DVD/VHSが同時発売とは上出来じゃないか。レジへ来い!」

「黙れ東芝EMI!すでに解散したバンドのを今頃ちまちまと出しやがって。さらに前回の解散ライブよろしく、DVDは今回も収録曲が少なすぎるわ。私はそんなの買わない。悪徳商法にはうんざりだわ。だから二年前呪われたのに、もうそれを忘れたの!?」 ライブCDと比べ8曲も少ない


本部長は驚いた。が、すぐにこれは熱狂的な暴威ファンである事に気付いた。若くて可愛いので恐らく彼女は氷室派であろう。暴威関係の売り物を出せば必ずこういう輩がでてくるのだ。暴威を食い物にするな、と。あまりにもしぶとい反抗にウンザリしていた。さて、どうしてくれようかと思っていたところ、彼女は異様に研ぎ澄まされた目で、しっかと見据えて言葉を続けた。


「さらに限定版と銘打ちながら『BOφWY COMPLETE』やトランスミックスを何度も製作した上に、トリビュート・リスペクトまでCDを出す始末。これらはもう暴威じゃないわ。暴威が解散したのに、まがい品だけ生きているなんて滑稽だわ。お金が目当ての貴方達の良いようにさせない。彼らはまだまだ伝説になんかならないのよ」


本部長は苛立った。こんな小娘如きに説教されるいわれはない、そう思いながら眉間に皺を寄せて歯を食いしばった。そもそも、企業というのは慈善活動が目的ではなく、あくまでも利益を追求するものだ。金儲けのどこが悪い、そう言おうとすると、彼女は話を続けた。


「・・・今は暴威が何故解散したのか、私にはよく判るの。マリオネットの歌にあるもの。『ウーン・・・社員(Moonshine)、馬鹿げてる奴等の言いなりさ、誰もかれも皆 OH!NO NO Shame Yeah!』。つまりこれは社員を自分達になぞらえ、金儲け主義のビジネスの歯車になってしまった事を嘆いている――どんなに貴重な未発表画像を蔵出ししても、沢山の知名度が無いバンドを操っても、暴威はすでに終わったバンドなのよ」


本部長は彼女の言葉を遮るように、DVDで<B・BLUE>を流した。若くて可愛い氷室ファンは、その瞬間目を奪われた。その隙を逃さず、本部長は叫んだ。


「暴威は滅びぬ。何度でも蘇るさ。わかるか、暴威の力こそ、人類の夢だからだ。完全版が欲しいのか?ならばひざまずけ、本社前で暴威乞いをしろ!
暴威関連商品を全て購入しろ!」暴威乞い:エンドレスに「イメージダウン!」と叫ぶ事


「待て!」


店の入口に21世紀のハンサムボーイであるシンドが颯爽と現れ、格好良く本部長に向かって叫んだ。断っておくが、反論・異議・非難は許さない。彼はここではナイスガイとして設定させて頂く。


「金が全ての世の中じゃない。それ以上暴威を辱めてみろ、その・・・何かするぞ!」

「シンド、来ちゃ駄目!この人は私達からお金を根こそぎ奪う気よ」

「シンド、金を持っていない無職な貴様に用はない。早く消えろ!・・・それとも、なけなしの貯金で暴威の武道館ライブ商品を買いに来たのかね?」


補足しておくが、現在(2/24)において彼は無職である。ネタにしているが、本人にそれを直接言ってはいけない。色々と悩んでいるのだから絶対に凹んでしまう。しかしここではヒーローなので、きっと涙を耐えながら踏ん張っている事だろう。頑張れ、シンド!


「・・・そこの若くて可愛い氷室ファンと二人きりで話をしたい」

「来ちゃ駄目!早く逃げて!」


三人がほぼ等距離で足を止め、気が遠くなるほど張りつめた空気の中で対峙した。本部長は、ややあって決断した。


「三分間待ってやる」


シンドめ、妙に殺気立ってやがる。やはり無職は禁句だったか?このままでは二人に暴威の武道館ライブを買わせるのは無理かもしれないと、本部長は考えた。しょうがない、奥の手を使うか。そう判断するとレジの下からあるものを取り出し始めた。


「シンド!」


歩み寄ったシンドに、若くて可愛い氷室ファンは膝の力が抜けたように、ガックリと体を預け、涙に濡れた瞳で縋りついた。男なら一度はそういう状況にあってみたいものである。当然ながら、筆者にそういう羨ましい思い出はない。二・三ヶ月前、バイト中に三・四歳位の女の子に脚にしがみつかれた事はあるが、それはどうでもいい事である。そろそろ話に戻ろう。大企業に対し、気丈に振舞っていた彼女は目に一杯の涙を溜め、小刻みに震えていた。その身体を抱きしめながらシンドは耳元で囁いた。


「・・・落ち着いてよく聞くんだ。やっぱり暴威の武道館ライブ欲しいから、一緒に買おうよ」


思いがけない言葉に、若くて可愛い氷室ファンが思わず青ざめた顔をひいた。信じられない、そういう目でシンドを見た。たった今、「お金が全てじゃない、暴威を辱めるな」なんて言っておきながら。


「なんだかんだ偉そうな事言っても、やっぱり暴威の武道館ライブが見たいんだ。たとえそれが曲数が少ない不完全版でも」

「・・・・・・実は私も見たかったの。とっても見たいの」


シンドを暫く見つめていた彼女が、再び彼の肩に顔を埋め、思いっきり抱きしめた。残された道は、もうこれしかない、という確信に満ちたシンドの瞳が、彼女の心に染み渡った。彼女もまた弱い人間だったのだ。


「安心して。消費者金融からお金を借りてきたよ・・・さ、いこうか」


若くて可愛い氷室ファンはとても嬉しそうに、小さくうなづいた。そして二人は優しく、しっかりと手を握り合い、本部長に向かった。その当人は、彼らに対し、暴威の武道館ライブ商品と共にとてつもないものを見せた。


「時間だ、答えを聞こう。CDとDVDもしくはVHSを同時購入するなら、今ならもれなく特製ポスターとシールを付けてあげようじゃないか」


「買います」


これでよかったんだ、とシンドはCDとDVDと貰った特典を、胸に抱えながら思った。たとえ金融業者から借金に追われても、若くて可愛い氷室ファンがきっと払ってくれる。そう信じながら、家路についた。


〜おしまい〜
(本編は多分にしてフィクションです)