―秋の色が濃くなる夕方、
                俺はとある少女と出会った―



「うわわわわっ、お願い、ちょっと助けて」
 不意に囁かれたのは虫が歌い始める時刻、小さな草原の一角。見回しても人影はない。
 しかし。
「誰かいるのか?」
 コオロギの声と黄色く染まった草がさわさわと鳴る。
 …きっと空耳だろう。
 そう小さく呟いた時。
「空耳なんかじゃないよ」
 風のこすれる音に紛れ、今度ははっきりと耳に届いた。その声は。
「足元??」
 見るとそこに、草に覆われるようにして鳥の翼が見えた。
「なんで鳥が落ちてるんだ」
 もっとよく見ようと草を払った時、鳥がもぞもぞと動いた。
「な、なんであたしを踏もうとするのよ!」
 抗議をしながらひょこんと顔を出したのは、片手に乗るほどの小さな少女だった。
「あいたたた…しっかり足元を見て歩いてよ」
枯れた草の上に座り込んで土を払う少女の背で、バサッと茶褐色の翼が打ち鳴らされた。



「それにしても驚いたよ。あんた、あっさり信じるんだから」
 テーブルの上に座って翼の付け根に巻かれた包帯を気にしながら、『それ』が感心したように言った。
「俺も驚いた。妖精っていうのがこんなに口の悪い奴だったとはな」
俺は頭を抱えた。いきなり鳩みたいな翼を背負った人形が話しかけてきて、しかも妖精だという。木に引っ掛かってケガするような抜けた妖精が一体どの世界にいるというのだ。それだけならまだしも部屋まで押しかけてきて、挙句の果てに第一声が『汚すぎ』だ。
「これでも整理している部類だと思っているんだがな」
「だって汚いんだもん」
 憮然として救急箱を片付ける俺に小さな声で文句を言う。どこが汚いんだと聞いても『その辺全部』としか答えない。
「ところでお前、名前はなんていうんだ?」
 コーヒーでも淹れようかと立ち上がったところで、ふと少女の名を聞いていないことに気づいた。
「え、あたし?」
「名前くらいあるんだろ?」
 ミルクを取り出しながら聞くと、
「ないよ、そんな面倒なもの」
 彼女は興味なさそうにあっさりと言った。
「なんだったら君がつけてくれていよ」
「名前がないほうが不便だと思うがな。それじゃあ…お前の名前はこれだ」
 冷蔵庫を閉めると、妖精の前にほい、と果物を置いてやる。
「なに、これ。みかん?」
 黄色く丸い果実…蜜柑を抱えてこちらを見る彼女に、
「お前の名前。とにかくそれが夕飯代わりだ」
 こぽこぽとカップに湯を注ぎながら言ってやる。
「食べれる。…食べれるけどぉ」
 なぜか震えるその声に振り向くと、
「皮が固すぎて剥けない…」
 手を押さえ、じとーっと半眼でミカンを見つめていた。
「…はぁ、ちょっと待っててくれ。今剥いてやるから」
 一抹の虚しさと脱力感に耐えながら、ミカンを手に取る。熟してなかったのかなと思いつつ爪をたてると、
「ところで、あんたの名前は?」
妖精が頬杖をつきながら聞いてきた。
「俺か? そういえば決めてなかったなぁ」
「それじゃ、あたしがつけてあげるよ」
 嬉しそうに身を乗り出す蜜柑を一瞥して、
「作者以外には冗談に決まってるだろう。俺には和人という立派な名前があるんだ」
「変な名前」
 あっさりと言われて上半身が揺らぐ。
「その名前、絶対変だ。だからあたしがつけてあげるって」
「…なんとつける気なんだ」
 頭痛を覚えながら訊くと、うふふと笑いながら窓際を指差した。
「良い名前思いついたんだ。アレ。アロエ」
「さて、飯でも作るか」
 剥き終わったミカンをテーブルに置くと、ぎゃいぎゃい喚く蜜柑をとりあえず無視して台所へ向かった。

「お前、どこから来たんだ?」
 そばでミカンを舐めている妖精に素朴な質問をぶつけてみた。訊いてばかりだなとは思ったが、
もし仲間でもいるのなら届けてやらなくてはならない。
「ん――?」
 薄皮が取れずに苦労しているのか、必死にミカンの房を噛んでいた妖精は、皮をくわえながらくるりと目だけを向けてきた。
「あたし、ずっとあの草原にいたよ」
 口をもごもごさせながら蜜柑。
「へぇ、そうなのか? 俺、あの原っぱにはよく行っていたんだが一度も見たことなかったぞ」
 味の濃い味噌汁をすすりながら思い出してみる。子供のころから暇なとき、落ち込んだときなどよくあの原っぱに行っていた。だがこういう奴は一度も見たことはなかったと思う。
「…そうなんだ。きっと、ずぅっと入れ違いだったんだよ。あたし、よくふらふら散歩するから」
 その声にどこか違和感を覚えて顔を上げると、妖精は慌てたように手元の皮をくわえた。
「…あう。」
 瞬間、情けない顔になる。剥き終った皮を思い切り噛んでしまったらしい。
「ど、どうかしたの?」
「どうかしたのはお前のほうだと思うんだが」
 いいながらどもる蜜柑の頭を軽く小突いてやる。きょとんとした妖精に、
「ほら、さっさと食え。片付かないだろう」
 隠そうとしているものを無理に訊く理由は無い。そのまま手を小さな頭に乗せ、野菜炒めを突っつき始めた。

 とりあえずはそれが俺と蜜柑との出会いだった。



電気は消えている。にもかかわらず部屋の中は薄明るい。提供された小さな座布団に身を横たえながら、蜜柑は窓の外を眺めていた。少し離れた場所で和人が小さく寝息を立てている。
 やっぱりこの部屋は汚れている
 蜜柑は思った。この時間、夢さえも眠りにつき、風と蛇だけが起きている時間。部屋を支配するものは月の光と静寂のはず。薄い光は月光の透明さを持ってはいないし、遠くから聞こえてくるざわめきは草の歌とは全く違うものだ。
 部屋だけではない。この町すべてが変わったな…
 淡い緑色のタオル――座布団と一緒に和人がくれたもの――を深く被ると、小さく息を吐いて遅い眠りについた。

まだ変わっていないのは――



枯れた枝が風に舞台を与えられ、小さく踊っている。冷たい風が支配する。師走の街路樹を横目に、和人は歩いていた。
「なーんか、退屈」
かたわらにはいまだに蜜柑が付きまとっていた。和人は初め、大学の友人にこの妖精が見られるのを危惧したがどうやら彼女は他の人間には見えないらしい。
「そんな普通に見えていたら、とっくに誰かに騒がれているよ」
 とは彼女の弁。ではなぜ自分に見えるのかと聞いたところ、「霊感でも強いんじゃないの」とそっけない返事を頂いた。
その当人は先程まで騒がしく辺りを飛び回ったり、食料品の入った袋を引っ掻いたりしていたが、相手にしなかったために今はふくれて静かになっている。
「ほれ」
 人通りの少ない細道の入ったところで、和人は小さめの袋を手渡した。
「これを持っていてくれ、落とすなよ」
 驚いた顔で和人を見返した蜜柑は、慌てて袋を受け取ると幸せそうに笑った。
「ありがとね、和人」
「何か礼を言われるようなこと、したか?」
 振り返ることなく答える和人の服の背を空いた手で握ると、蜜柑はもう一度何事か小さく囁いた。
「どうした?」
 何かいつもと違うものを感じて振り向いた和人の目に映ったのは、普段と変わらぬ妖精の、輝かんばかりの笑顔。
「なんでもないよぉ、あはは」
「…おまえ、なんか妙に元気だな」
 思い過ごしだろう。しかし、時折見せる蜜柑の仕草に、いつからか心に引っ掛かるものを感じていた。
 遠い記憶の片隅で、雑多な出来事の中に大切ななにかが埋もれ、喘いでいるような。
 なんだろうか。
 悲しかった思い出のようであり、楽しかった思い出のようでもあり、心のうちにただ漠然としたものだけが残っている。蜜柑を見ているうちにそれが少しずつ喚起されてくるような感覚に襲われる。
 この数日、和人はなにかすっきりしない気持ちを抱えていた。


 彼のもとに来てからすでに二ヶ月が経とうとしていた。草原での出会いは蜜柑にとって全くの偶然というわけではない。
「やっぱり覚えて――ないよね」
 夕日に焼かれた草原で、再び彼と話すことが出来た。その瞬間に気づいた。彼は忘れてしまっているんだ。考えてみれば当然だ。時の歪みを修正するために、自然の摂理というものは手段を選ぶことなどない。
絶対にまた会おうな
(絶対にまた会おうな、だよね。会ってどうするかは決めてなかったものね)
  知っているかな
  時は一定ではなかった
  その流れは
  変わらぬように見えて
  実は大きく変わっていた
  緩やかな時 激しい時
  たゆたう時 沈む時
  あたしたちの時間はあまりに烈しすぎた。
  烈しすぎて 揺り返しも大きかった
  三十年の時を小さな鳥と戯れてきた
  そして 刹那の夢
  十年の時を失い、再び流れた時間
  二度と離したくはない この温もり、そして優しさを


「ほれ」
 突然差し出された袋に想いは中断された。目をぱちくりしながら顔を上げると、
「これをもっていてくれ」
 言葉が出ない。時の流れがいくら烈しく吹き抜けようと、この優しさだけは昔も今も変わらない。
「ありがとね、和人」
 いつまでも一緒にいようね
「どうした、蜜柑」
「なんでもないよぉ、あはは」
 そう、この時も素晴らしい。いつまで続くか解らないけど、この新しい時間、今度は心に残されるような思い出を積み重ねよう、きっと。
  終わることを恐れないで…




 蒼く澄んだ空に月が融けていた。冬の鋭く、それでいて透明な空気に、美しい星達が遮られる事なく煌めいている。
冷たく、荘厳な光景。
 吐く息は白く、どの家からも灯りは途絶えて、ただ明滅する街頭だけがアスファルトを寂しく照らしている。
 その光の中、眠る蜜柑を部屋に残して和人は誰も通らない夜更けの道を歩いていた。
気になることが一つあった。取るに足りない事のようにも思えるが、心のどこかではそれがとても大切なもののように感じられる。 (一体なんだったんだ・・・あの夢は)
 この夜体験した奇妙な夢。草原に立っている夢。もう一人の俺がいる。
  ――違う、誰だ
  俺ではない よく知っている――
       人?

 ココチヨイカゼガフク
      フクカゼガココチヨイ

 草が伸び 腕に 足に 絡み付く
 しかしそれさえも心地よい・・・
 緑の洪水に飲み込まれていく
 しかしそれさえも心地よい・・・

 目を開けたとき、身体には緩やかな倦怠感が残っていた。心に小さな暖かさを感じ取っていた。
 余韻。流れた夢の、余韻。
 けだるさの中、俺は自然に思っていた。
 あの草原に行こうと。

 そこは、川沿いの枯れた草原だった。蜜柑がずっといたという場所。身を切る冷気と川面に映る僅かな光が、遥か遠くに見える街の明かりを断ち切って全く非日常的な、まるで別世界に来たような気にさせる。
「さて、どうしたものか」
 コートの襟を掻き抱いて和人は一人ごちた。特に目的があってきたわけではないのだ。もう、虫の唄さえ聞こえない季節。
何も動かない風景の、影の帳。深くため息をつくと、何とは無しに小さな岩に腰掛けた。
 高校に入って以降、ここにはあまり来なくなった。通学路から外れる位置にあったからだ。それでも取り立てた理由も無く訪れることがあった。そう、今このときのように。
 一体何故なのだろうか、この場所にくると奇妙な安らぎを覚えるのだ。
・ ・・ばさばさばさ・・・
 不意に頭上で鳥の羽ばたきが聞こえた。
「蜜柑?」
 見上げた和人が見たものは間違いなく部屋に残してきたはずの蜜柑だった。彼女は空から全速力で舞い降りてくると、
「どうしてここに来たの?」
 地面に座り込み、息を弾ませながら尋ねてきた。
「何故・・・?」
 問われて突然何かが閃いた。
「会いに来たんだ」
「・・・こんな時間なのに、誰に?」
 誰だろう、たしか・・・
「――俺によく似た奴だ。かなり前のことだけど、一緒に遊んだ記憶がある」
 蜜柑の顔が熱を持ったように上気する。
「・・・今になって?」
  ウン ゼッタイ マタアオウネ
            ワスレナイカラ
「約束・・・したんだ。また会おうって」
 蜜柑の言葉が契機となって、記憶の殻にヒビがはいる。次から次へと糸が手繰り寄せられてくる。
「どんな人?」
「俺によく似ていた・・・姿形がじゃない、何が似ていたんだろうな。まあ、とにかく似ていたんだ。俺をいろいろと助けてくれた。ああ、女の子だったか。結婚の約束までしたんだぜ。お互いその頃はガキだったから、こんな指輪まで作ってさ」
 足元の枯れた草を拾い上げると、小さな輪に結んで蜜柑の頭に載せた。
「もしお前が人間だったら・・・」
 よく似ていたような気が、と続けようとしたところで和人は口ごもった。違和感があった。草原の彼女は人間だっただろうか。妙なことだが断言が出来なかった。
 蜜柑はふわりと立ち上がった。揺れる川面が月の光を瞬かせる。
「あたし」
 戸惑うように。
「あたしが人間だったらよかったのにね」
 アタシ ニンゲンニ ナリタイ
「同じ時間を共有できるのに」
「同じ時間?」
 素朴な問いに翼を持つ妖精は寂しげな笑みを浮かべた。
「なんでもない」
 そして、気にしないで、と呟いた。
 和人は頭が混乱してきていた。心の奥底で、もう一人の自分が叫んでいる。少年の声で。
  ――思い出さなきゃ
『僕たちよくにてるよね』
  ――思い出さなきゃ
『友達になろうよ』
  ――大切な約束

『どうしていなくなっちゃうの?なんで全部忘れちゃうの?』
(不自然なの。あたしたちがこうして会うことは本当はありえないの。二本の川なら合流したら一本の大きな流れになってそのまま流れ続けられる。でも時の流れはずっと一定でなければならないの。少しでも別の流れが触れてしまえば、二つの流れは大きく狂ってしまう)
 彼女は目を伏せていた。握り締めた両の手がかすかに震えている。
(だから、時は時間の綻びを出来るだけ消そうとするの。全てを押し流し、なかったことにして。それが自然の法則)
『それだったら・・・最初から会わなければよかった』
(あたしはそうは思わない。この思い出は絶対に忘れたりしない。たとえ、時間を止めてでも覚えているから。絶対にまた会えるから)
『絶対に…       っと    ・・・』
 突然、強い風が辺りを薙いだ。荒れ狂う大気が言葉をかき消す。ふらつくように彼女は立ち上がった。
(時の修復が始まったみたい)
 大きく手を広げる。伸ばした指先から彼女の身体は徐々に解け、辺りの青々とした若草に絡みついていった。立ち尽くす少年に向かって彼女は小さく微笑んだ。
(ふふ…これがせめても抵抗…草の中に隠れて時が諦めるのを待つの。何年でも)
『約束、絶対にまた会おうなっ。結婚の約束、忘れないでよっ』
 烈しく吹きつける風の中、少年はありったけの声を振り絞り、叫んだ。既に妖精の身体はほとんど失われている。
(うん、絶対、また会おうね。忘れないから)
 その言葉を最後に彼女は消えた。草原の中に消えた。
 直後、行き場を失った風が少年に襲いかかった―――


 蜜柑は突然黙り込んだ和人を訝しげに見上げていた。しばらくして彼の目に理解の色が浮かぶ。
「思い出した…」
 遠く…川面を見ながら和人は呆然と呟いた。水面はただ、静か。ただ暗く、微かな光が煌めき、静か。
 印象に深く刻まれた光景。なのに消えていた光景。
 無理やり忘れさせられ、思い出した今でさえ現実が一体何処にあったのか、ともすれば見失いそうになるほどかすれてしまった過去。
 それでも―――大切な約束に呼び戻され、消えていたはずの思い出が目の前にある。
「えな…」
 不意に彼が囁いた単語に蜜柑の肩が大きく震える。
「……なぁに」
「そうだよな、恵那。お前の本当の名前」
 蜜柑の身体から力が抜けていく。喜びと困惑のないまぜになった微妙な表情を浮かべて、ゆっくりと和人の脇にもたれかかった。その重みに和人の記憶は確かさを増す。
「思い出したよ、全て。それにしてもどうしてそんなに小さくなっているんだ。俺と同じくらいあった筈だろう?」
 和人の問いに蜜柑――恵那は浮かぶ涙を振り切って呟いた。
「時の目を欺くために、力の殆どを使い果たしてしまったの。でも…あなたが力をくれれば…あたしの存在をこの場所に示してくれればきっと…」
 見上げる恵那の頭をぽん、と叩くと、和人はその身体を強く抱きしめた。そのまま精一杯息を吸い込むと、
「恵那―――ッ」
川面に向かって絶叫した。驚く恵那を感じながら肺の空気を全て吐き出すと、再び深呼吸して叫んだ。
「こいつはここに居るんだ―――っ」
 それから和人は幾度となく叫んだ。次第に声が枯れ、咽喉に激痛を感じてもなお、ただひたすらに叫び続けた。そんな
彼の腕の中で、恵那はきつく手を組んでいた。閉じた双眸から、どうしようもなく涙が溢れ出していく。
 白みかけた夜明けの空の下、冷たい空気に晒されながら和人は無心に叫び続けた。

 疲れ果てた身体、何処からか脈動する痛みを感じる。
「…和人」
 誰かが俺の名を呼んでいた。
「和人」
 ガラス製の鈴のように細く、凛とした声。どこか脆く、震える声。それが妙に気になって、俺は重いまぶたを必死に開いた。かすれた声で囁く。
「…蜜柑?」
 泣きながら身体を揺すっていたのは20歳前後に見える少女だった。しかしひと目でわかった。
 彼女は、蜜柑―――恵那だ。
「そうだよ、あたし、元にもどったんだよ」
 抱きついてきた恵那の重みに慌てながら、俺は身体を起こそうと努力した。しかし、大声で叫ぶという行為は予想以上に体力を消耗するようだ。不意にあることに気付いた。
「おまえ…翼は?」
 言ってから、自分の声が酷く掠れているとわかった。
「なくしちゃった」
 それでも聞き取れたのか、恵那が背に触れて寂しそうに微笑む。
「恵那…」
 なにかしなくては、と思った。しかし、起き上がろうとしても全く身体に力が入らない。
「いいよ、このままで…これからはずっと一緒にいれるんだよ。今はゆっくり休んで…」
 優しく髪を撫でながら彼女が静かに身体を押さえる。言われるがままに目を閉じると、柔らかな感触に誘われるように意識が遠のいていった。

「ありがとう、和人」
 静かな寝息が聞こえる。
「近くに居るのに気付くことさえなかった時間は終わったの。近くに居るのに分かってもらえなかった時は過ぎ去ったの。これからはずっと一緒だよ…」


――――F i n