注意: ネタバレは特に有りませんが,ゲームプレイ後に読んだ方が楽しめるかと思います。
後ほど,加筆修正を行う予定です。
日和と一緒に暮らし初めて,半年ほど立ったある日の朝。
「どわっちちちちぃ!」
今,俺の頭には濡れタオルがのっている。
寝癖直しに良く使われる奴である。
今日はいつもより盛大に寝癖がついていたので,こうすることになったのだ。
熱いものでなければ意味はないものだが,熱湯を絞らずにのせたりしたら,
こうなるのは目に見えている。
無論俺はそんな間抜けなことはしない。
「おろおろおろおろ〜」
「あたふたあたふた〜」
俺の目の前でオロオロアタフタしているポンコツな奴。
こいつの仕業である。
それにしても熱い。
多分軽い火傷になっているのだろうか,頭の皮膚が痛い。
こんな所に手当てをしていたら,さぞ間抜けな姿になるに違いない。
「おろおろおろおろ〜」
「あたふたあたふた〜」
ポンコツは相変わらず慌てている。
取りあえず何かを取りに行こうとしたようだが、見えないものに足でも取られ
るような感じで足をもつらせた。
そして転んだ。
ステン。
ステン。
ものの見事に顔面からすっ転んだ。
・・どうして何もないところですっ転べるんだ,あいつは?
「あううぅぅぅ,痛いよぉ〜」
あまりのポンコツさかげんに見入っていたが,頭の痛みで我に返った。
「こらっ!日和!」
俺は取りあえず怒鳴った。
「あうっ,・・ごめんなさい」
俺の怒声に,日和は首をすくめた。
「熱湯でぬらすなっ!熱いだろうがっ!まったく,お前と言う奴は毎度毎度・・」
そう言っていると,日和の大きめの眼に,大粒の涙が溜まっていく。
「ごーめーんーなーさーいぃー」
泣きべそをかきながら,俺に謝ってくる。
こいつだって,悪気が有ってやってる訳じゃない。そのことは,誰よりも俺が
知っているつもりだ。
でも,もう少し考えて行動すれば,もうちょっとドジは減ると思うんだよな。
「ごーめーんーなーさーいぃー」
だから,ここは厳しくしなければ・・
「・・日和,お前に悪気が無いのは分かるんだけどな・・」
「うぇーん,ごーめーんーなーさーいぃー」
・・泣き出しちまったな・・
「その,もう少しだな,考えて行動するという・・」
「ひっく,ぐすっ,うぇーん,ごーめーんーなーさーいぃー」
泣いたって駄目だと言いたいところだが,俺はこいつの涙に極端に弱いんだよな
・・駄目だ,やはり俺には無理らしい・・
「わかったわかった,もう怒ってないよ」
「ひっく,ぐすっ,・・ほんと?」
「ああ,本当だ。」
「・・じゃあ,許してくれるの?」
「ああ。・・でもな,一つお仕置きだからな」
俺の脳裏に一つの考えが浮かんだ。
えらくこっ恥ずかしいやりかただが・・どうせ今日言うつもりだったしな・・
俺は小物入れから,用意して置いた小さな箱を出すと,日和の前に立った。
「日和」
日和は,困ったような,怯えたような表情で俺の前に立っている。
取り止めの無い日常。
何も特別なことなんて無い。
でもこいつがいるだけで,一緒にいるだけで,
俺は幸せになることが出来る。
それが俺の今の「普通」。
そして俺の,何より大切な,宝物。
「・・これが,お仕置きだ。」
言葉とともに,俺は小さな箱を取りだし,その蓋を開けた。
凝った意匠の施された,シルバーのエンゲージリング。
「お前が好きな,もっと,・・ロマンチックな渡し方をするつもりだったけど,
お前がドジったから,お仕置きだ。」
日和は眼を丸くして,ぽかんとしていた。こいつのことだから,ひょっとすると,
分かってないのかもしれないな。
・・やっぱり,はっきり言うべきだよな。
「俺と結婚しろ,・・日和。嫌だとは言わせないからな」
おそらく,俺の生涯で最も恥ずかしいセリフだろうな。
「・・・・・・・・」
日和は,丸くしたままの眼から,大粒の涙をこぼしながら,一言だけつぶやいた
「・・うん・・。」
「・・えと,えと,あの・・」
「おろおろおろおろ〜」
「あたふたあたふた〜」
日和は俺の言葉と,そして自分自身の言葉に,いつにもまして動揺しているようだ。
・・やれやれ,やっぱりおろおろあたふたするんだな。
でも,そんなポンコツなこいつを,一緒にいる時間を,そして今から一緒に
生きていく時間が,そんな「普通」の時間が何よりも俺には大切になった。
「普通」であること。
「普通」であり続けること。
そして,日和と一緒に「普通」を生きていくこと。
そんな「普通」の生きかたを俺はしていきたいと,俺は心から願った。
この「普通」の日々が,出来るだけ長く続くように,祈りながら。
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