ご注意:真琴とあゆ,名雪のネタバレを含みますので未プレイの方はご注意下さい。
kanonSS
帰ってきた日常〈前編)
・・寒い。非常に寒い。
こんな日は布団から出たくないものである。
ではあるが、俺が起きないことには、名雪を起こすのは至難の業である。
そう思って目を開けようとした時、
「さっさと起きろーっ!」
耳元で怒鳴られた。
な、なんだ?
事態を把握できず、しばし呆然とする。
それでも気を取り直して、ベッドから身を起こす。
何か、懐かしい気配がした。
そして辺りを見回してみた。
名雪がいた。
「何だ、夢か。」
再びベッドにもぐりこむ。
「夢じゃなーいっ!おきろーっ!」
なにかじたばたしているような音がする。
「・・あうぅぅーっ。おきないよおぉ。」
音が一層うるさくなる。
ううむ、夢のくせにうるさいBGMだ。
だまらせるとするか。
そう考えた俺は、腹筋の力をつかって素早く飛び起きると、
ハンセン直伝のラリアートを繰り出した!
確かな手ごたえを感じ、俺は勝利の雄たけびをあげた。
「ウィーーーーーーーーッ!!」
しかし、自分の雄たけびで目が覚めてしまった。
「むう、これでは眠れないではないか」
俺はそうつぶやいたが、何か違和感を感じた。
眠れない・・ということは・・?
俺は部屋の床を見た。
名雪がのびていた。
「・・死して屍拾うものなし」
おれはニヒルにつぶやいた。このまま放っておこう。
・・・・・・・・・・・
いや、やはりまずい。こんな現場を見られてしまったら下ごしらえされた
あげく、美味しく料理されてしまうかもしれん。
・・「お母さん、今日は肉料理ばっかりだね。」
「ええ、材料がいっぱい手に入ったのよ」
「へー、そうなんだ。・・そういえば、祐一どうしたんだろう。
昨日突然いなくなっちゃったんだよ。」
「うぐぅ,このつみれ美味しいよぉ。。」
「あら、よかったわね。ちょっと始めての料理だったんで、
手間取ったんだけど」
「へー、そうなんだ。・・ところで、このお肉ちょっと変わった味のような気がするん
だけど。」
「ええ、ちょっと材料が変わってるのよね。」
「へー、なに使ってるの」
「あ、私も聞きたいです。」
「うふふ,それはね、・・聞きたい?」」
・・・・・・いやな想像をしてしまった。
「あら、祐一さん。今日は遅いですね。・・あら?」
声のほうを振り返るとそこに秋子さんがいた。
秋子さんの視線は床の方を向いていた。
秋子さんの雰囲気が少し変わった気がした。
「・・・ああぁぁぁぁ、食べないでくださいぃぃぃ。」
俺は思わず懇願してしまった。
「ふふっ、ジャムならまだたくさんありますから大丈夫ですよ。・・この子、こんなところで
また寝ちゃってるんですね。起こしてもらえますか?」
「・・ひょっとすると永眠してるかも・・。」
「え?」
「い、いやなんでもないですうぅ。す,すぐに起こしますからあぁ」
とりあえず呼びかけてみる。
「おーい、名雪」
・・全く反応がない。
へんじがない。 ただのしかばねのようだ。
・・まあ普通に寝てるときでも、これぐらいでは起きないのだが。
仕方ない、まじめに起こすか。
「あっ、かわいいねこさんがこんなところにいるぞ。」
鳴きまねをしてみる。
「にゃーにゃー」
一見馬鹿やってるように見えるが,名雪を起こすにはこれが一番
手っ取り早い方法である。タイガーマスクこと三沢直伝の必殺のタイガードライバーで叩き起こす
と言う手もあるが,秋子さんの手前、できそうにない。
、今度こそ「お料理」にされてしまうかもしれない。
・・さすがに、それは嫌なので、、もう一つの必殺技を使うことにしたのだ。
「にゃーにゃー」
もう一度鳴いてみる。ううむ、会心の出来の泣き声だ。
これならム*ゴロウさんにも勝てるに違いない。
「・・うーん、ねこー・・」
おお、うまくいきそうだ。
「にゃーにゃー」
「・・ねこーねこー・・うーん・・あれ?」
ようやく気がついたようだ。
「ねこさんの声が聞こえた気がするんだけど・・」
名雪が眠そうな目をこすりながら、怪訝そうにつぶやいた。
「はっはっは、お前が寝てる間にしっかりかわいがってやったぞ。」
真顔で嘘をついてみる。
「ええっ、ねこさんどこー?」
「もうベランダからで出てっちまったぞ。お前がなかなか起きないからだ」
そのセリフと同時に俺は吹きだしてしまう。
「ねこーねこー」
しかし名雪はまだ諦めきれず、猫を探しているようだ。
そんな名雪を見ながら、何か引っかかるものを感じ、俺は考え込んだ。
今朝の出来事。
どう考えてもおかしい。
まずこいつが俺より早く起きれるはずがない。
放っておけば軽く12時間は寝ている奴なのだ。
ましてや俺を起こしに来ることなど、ほぼあり得ない。
・・それに、あれは、名雪の口調ではなかった。
声も違った気がする。
あの声と、しゃべり方は・・
過去の記憶が甦ってゆく。
あいつとの出会いは突拍子もないものだった。
「あなたを許さないから」
そう言うと、いきなり襲いかかって来たのだ。
ただ、ただならぬ殺気の割には、へなちょこの攻撃だったので、
難なくかわすことは出来たのだが。
あいつが居候をするようになって,俺はあいつのいたずらの
脅威にさらされることになった。
あのときは、ただ迷惑にしか感じなかったその一つ一つの
出来事が、かけがえのないものになるなんて、考えもしなかった。
・・あいつは、だんだん人間らしいことができなくなっていった。
始めは、箸がうまく使えなくなるくらいだった。
だが、気付かないうちに、どんどんそれはひどくなっていった。
気がつけば、満足に話すことすらできなくなっていた。
いたずらなんて考えることも出来なくなっていったのだ。
まるで最初から言葉など知らなかったかのように振る舞うあいつを見て、
俺はやるせない思いにとらわれた。
そして、あいつが俺の目の前から消えてしまうことに怯えた。
そうなって始めて、気づいたことがあった。
あいつに・・真琴に対する自分の気持ちに。
でも、あいつは、俺の前から消えてしまった。
あいつは、奇跡を願って、それを叶えて俺に会いに来たけれど、
それは期限付きのものでしかなかった。
その日が来たとき、俺はその事実を受け止めきれず、
ただ、呆然としていた。
名雪や、秋子さんがいなかったら、こんなに早く立ち直れはしなかったろう。
「祐一」
名雪が俺に呼びかけたのを感じ、俺は我に返った。
「猫さんいないよ・・。」
名雪がしょんぼりとした様子で俺を恨めしそうに見ている。
むう。
嘘だと言ったらイチゴサンデー(税抜880円)をおごらされるだけでは
すまないような気がする。
0.3秒程考えた結果、俺は嘘をつき続けることにした。
「だからもういなくなったんだって」
名雪に言ってみた。
「何で起こしてくれなかったの、祐一ぃ。」
「お前がそう簡単に起こせるわけがないだろう。ねえ、秋子さん。」
秋子さんに同意を求めてみる。
「ええ、そうですね。」
ナイスフォローだ、秋子さん。
俺は心の中で喝采を送った。
「うーっ・・。」
名雪は不満の様子だ。
「名雪、そういえば、今日はどこかに出かける予定だとかいってなかった?」
「・・あ、そういえば。」
名雪のつぶやきと共に俺も今日の予定を思い出した。
今日は映画を見に行くことになっていたっけ。
時計を見る。
11時5分前になっていた。確か映画は11時からである。
「間に合わないなあ・・」
「そうだね・・」
俺のつぶやきに名雪も同意する。
「朝食はどうしますか?」
秋子さんが尋ねる。
「・・うーん、どうせ遅れたんだし、食べていきます。それでいいだろ、名雪?」
一応名雪に聞いてみる。
「そうだね、それでいいよ。」
「では、朝食にしましょう。」
いつものようにリヴィングで朝食を取っている間、俺はふと、今朝の出来事を
思い出して聞いてみた。
「そういえば、お前が俺より早く起きるなんて珍しいな。いったいどうしたんだ?」
「え?今日は・・??」
名雪がなにやら考え込む顔つきになった。
悩んでいるようだ。
「・・今日、起きたら、祐一の部屋にいたんだよ。」
「馬鹿いうな、お前が起こしにきたんだぞ。起きろー、ってな。」
今朝の風景を思い起こしながら俺は名雪に反論した。
「ぜんぜんおぼえてないよ。」
「??じゃあお前、寝たままで俺を起こしに来たのか?」
「いくらなんでも、そんなことはないと思うけど・・。」
名雪の頭の上にでっかい?マークが浮かんでいるのが見えた。
俺は思い返してみる。確かに、俺が必殺のラリアートを食らわせたのは
名雪のはずだ。
そう思いながら、ふと俺は自分の腕を見た。
たとえ記憶が無くとも、まだ腕に手応えが残っていることから見て、
俺が名雪にラリアートを食らわせたのは、間違いの無い事実だろう。
・・何か違うな。
違和感が俺を包んだ。
あれは、名雪だったのか?
そんな疑問が頭の片隅にまた浮かんだ。
俺がさらに考え込もうとした時、名雪の声で俺は我に返った。
「祐一、どうしたの?」
気がつけば、名雪が俺を心配そうな顔で覗き込んでいた。
「いや、なんでもないよ」
「・・祐一、嘘付いてる。」
俺は慌ててとりつくろうように言ったが、余り信じていないようだ。
「本当だって。それとも名雪は、俺の言うことは信じられないのか?」
「・・うー。分かった。信じるよ」
うーむ、これだけで納得するあたり、なんと言うか、さすがは秋子さんの娘だ。
「そんなことより、取りあえず次回上映に間に合うようにしないと、いつものコース
に行けなくなるぞ」
最近、商店街を通ると、百花屋のイチゴサンデーをおごってやることが多くなった。
名雪が余りに幸せそうな顔をするので、ついおごってしまいたくなるのだ。
「うん、そうだね。わたし、準備してくる。」
俺も急いで外出の準備をすると、名雪と二人で、映画館のある駅へと向かった。
正直言って、まだかなり寒いのだが、春へ向かおうとしているのか、あるいは
俺が寒さに慣れてきたのか分からないが、一時期に比べれば寒さは和らいだよう
に思える。
いつものように商店街を抜けようとした俺は、何とはなしに鯛焼き屋へ寄り道
すると鯛焼きを4つ買うと、名雪に一つ手渡した。
「ほい、ひとつな。」
どうも最近これも習慣になってしまっているようだ。
「?祐一,三つも食べるの?」
「俺が食うわけじゃないよ。だが、これは必要なんだ。」
「どうして?」
名雪が怪訝そうな顔をする。
「こうしないと,鯛焼き泥棒に襲われるからだ。」
「こんにちは、祐一君っ。」
俺がそう言うと同時に、奴が姿をあらわした。
見慣れた羽がぴょこぴょこと揺れていた。
「出たな、鯛焼き泥棒。」
「うぐぅ,ボク泥棒じゃないもん。」
「いつも鯛焼きを持っていくじゃないか。」
「・・うぐぅ、でもまだ今日はもらってないもん。」
「おう、じゃあ窃盗未遂だな、よかったな、罪が軽くなったぞ。」
「・・うぐぅ」
途端にあゆが泣きそうな顔になる。
「こんにちは、あゆちゃん」
名雪がずれたタイミングで呼びかける。
「・・こんにちは、名雪さん」
中編に続く・・
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用語補足説明
ええと,冒頭のプロレスネタが分からないというツッコミがあったので,簡単な説明を。
ハンセン:
プロレスラーのスタン・ハンセンのこと。必殺技はラリアット。勝利の後,片手を振り上げて,
「ウィ‐‐‐ッ!」と叫ぶので有名。
タイガーマスクこと三沢:
プロレスラーの三沢光晴のこと。タイガードライバーは彼の必殺技の一つで,パワーボムと
スクリュードライバーを足して2で割ったような技。
分からないと言う方はここをバックドロップとかに読み替えてもOKです。
しかし,こんなものを食らって,良く名雪は何ともなくすんだなぁ・・。
・・それにしても,なんで私はKANONSSでプロレスの説明をしているんだろう・・(汗。
(管理人は別にプロレスマニアではありません)