「あゆちゃん,泥棒さんは駄目だよ?」
 
 おおっ,名雪も言うようになったもんだ。


 
 ・・いや、あいつのことだから真面目に言ってるのかも知れんが・・



 
 「うぐぅ・・」

 
 あゆがさっきよりも目に涙をいっぱいに溜めてこちらを見ている。

 
 「冗談だよ」

 
 にこっと笑いながら,名雪が言い放った。



 
 ・・う〜む,これはこれでびっくりだな・・



 
 「うぐぅ・・名雪さんも意地悪・・」

 あゆよ,その言葉は分かるんだが,何故俺の方を見て言うんだ?



「きっと,祐一がうつったんだよ」

 二人で俺を見ながら,うんうんとうなずく。



 ぽかっぽかっ。

 俺は,間髪入れずに二人の頭に突っ込みを入れた。



 「痛いよ〜,祐一」

 「うぐぅ,痛いよ〜祐一くん」

 あゆと名雪は,頭を押さえながらこちらを恨めしそうに見ている。



 「お前らがこのジェントルマンかつラブリーな俺様に,ありもしない不当な

発言をしたからだ」

 堂々と胸を張って俺は答えた。



 「「祐一(くん)はジェントルマンじゃないよ」」

 …ハモって言うなよ,お前ら…。
 


 「だって祐一意地悪だし…」


 「ボクをすぐからかうし…」


「忘れっぽいし…」


 「いつもは優しくしてくれない…」


 「それに嘘つきだし…」





  名雪とあゆは交互に俺を責める。しかも,まだ言い足りないような雰囲気だ。

 
 俺のどこが間違ってるんだと言うんだ!?

 おのれ,繊細な俺様の心を傷つけやがって…





 ・・・




 
 ・・・・・・!




 一つナイスアイデアの浮かんだ俺は、早速それを実行してみることにした。




 「・・お前らなぁ・・。そうか,お前らがそう言うんなら俺にも考えがあるぞ」

 俺は自信ありげに言い放った。




 「あゆ。まずお前には,この鯛焼きはやらん。一人で食うから安心しろ」




 「うぐぅ・・」

 ふっふっふ,結構効いてるな。


 「・・これからもずっとやらんぞ」



 「!うぐぅ〜・・」
 


 「お前が鯛焼きを買えない時でも、お前の目の前で沢山食ってやるぞ。」



 「・・・・うぐぅ」




 けけけ,効いてる効いてる。



 「無論,お前にはやらんがな」



 「・・うぐぅ,ひどいよ・・」

 あゆが目に涙をいっぱいに溜めて訴えかけるようにしてこちらを見ている。
 


 よし、これでうぐぅはOKだな。



 そう判断した俺は,今度は名雪に呼びかける。


 「名雪」           


 「なあに、祐一?」


 「そんなこと言う奴は、これから朝は起こしてやらんからな」


 「ひどいよ〜,祐一」


 名雪が非難を含んだ目つきでこちらを見ている。



 「それだけじゃないぞ」


 俺はにやりと笑うと,決め台詞を言い放った。


 「朝起きてこなかったら、お前の口に謎ジャムをたっぷり・・」


 「ごめんね祐一私が悪かったよっ!」


 謎ジャムの恐怖に顔を引きつらせて、見たこともない程のスピードで謝る名雪。



 …おい。キャラ変わってるぞ・・お前。

 …まぁいい。ふっふっふ、やはり効果覿面だな。……まぁ俺でも多分そうするけどな。

 ・・あれは実際、とてつもなくヤバイ食い物だしなぁ。

 ・・いや、そもそもあれは本当に食い物なんだろうか?

 ・・・・・・

 考えると何だか恐ろしくなったので、考えないことにした。

 と同時に、あゆと名雪の様子を見てみる。

 ・・非難を含んだ目でこちらを見ているが、特に何かを言うつもりは無い

ようだ。

 ふふふ・・勝った!俺は勝ったのだ!うぐぅの分際で俺に勝とうなどと、

一万年早いわッ!!

 ・・・・・・

 しかし、何か忘れているような・・
  



 !?しまった!俺としたことがッ!

 ここで時間を取られることの無いように、対うぐぅ用装備をして来たという

のにッ!


 

 「…ふ、なかなかやるようになったなあゆ?今日の所は俺の負けだ。」


 潔く負けを認める俺。くそ、うぐぅ如きに俺が負けるとは…



 「うぐぅ…祐一くん、訳分からないよ…」


 「とりあえずコレを持ってけ。…行くぞ、名雪。」


 困惑しているらしいあゆに、鯛焼きの包みを押し付けると、俺は名雪の手を引いて歩き出した。

 「じゃあな、うぐぅ」

 

 「うぐぅ…だからボク、うぐぅじゃない…。…またね、祐一君」

 諦めたように、鯛焼きをぱくつくと、はにかんだ笑顔であいつは走っていった。

 「まったく…やれやれだな。」

 「……」

 「?…どうした?名雪?」

 「ええと、な、なんでもないよっ!」

 いや、何でもないのバレバレなんだが。

 見ていると、名雪の視線がおろおろと揺らぎ、少しの間手に集中する。

 

 当然のように、俺も手を見る。

 しまった!凄いお約束なパターンだったカッ!?


 (パターンとは王道なのだよキミ。だから王道にしたがってラブラブになりタマエ。)

 俺の内なる小宇宙から謎ワードが出てくる。

 そして、内なる言葉にしたがって名雪を引き寄せ、肩に手を回した。



 「…ゆ、祐一!?」

 顔を赤らめながら、こちらを見る名雪。

 おーおー、慌ててる慌ててる。なかなか面白いなぁ。

 
 ……なんか引っかかるな?何だろう?

 そんなことを思っていると、前からやってきたおばさんが、すれ違いざまに、微笑ましそうにこちらを見ていた。

 


 …!?

 
 しまった、何か滅茶苦茶恥ずかしい風情ですか俺!?

 




 今更手を離すのも逆に恥ずかしいので、急ぎ足で映画館へと向かう俺。


 何故か分からないが、俺に引っ張られている名雪が、微笑んでいるような、そんな気が…した。


 ……!!

 しまった、俺も恥ずかしいじゃないかッ!?

 
  
 慌てて手を離すのもみっともないような気がしたので、名雪の手を引っ張りつつ、映画館へと急いだ。

 
 


 

 名雪が後ろで、微笑んでいるような、そんな雰囲気を感じながら。