ALONE (前編)



 冬の日の夕暮れ,真一郎は一人ぽつんと旧校舎の中にたたずんでいた。

 まったく人の気配のない、古ぼけた旧校舎。すでに使われなくなって久しいその

建物は,その古めかしい造りとあいまって、静寂とともに寂しさを感じさせる。

 だが,彼の周りには、その場所がかもし出す雰囲気よりも、さらに重い空気が漂
っていた。

 それは,寂しさと,それ以上の悲しみ。

 そして、自分への無力感と怒り。

 ここには、未来はない。

 あるのは、ほんの少し前、けれど遠い昔のように感じる,少女との束の間の、

幸せな記憶。

 そして何よりも辛い、別れの記憶。

 それでも真一郎は,ここに毎日やって来ている。ここにある大切な想い出は、

からっぽになった心を暖めてくれるから。

  ここにある悲しい記憶は、今の真一郎の心を傷つけることはない。なぜなら、

もう真一郎の心には、新しく傷をつけることの出来る場所は,もう無いから。

 だが、今負っている傷は、容赦無く心をさいなみ続けている。

それでも,真一郎はここに足を運ぶ。たった独りで。

 「・・真くん。」

 控えめな、それでいて、必死に呼びかけようとする声。それは、真一郎の

大切な幼馴染の少女の声。

 「また、ここにいたんだね。」

 その声を聞いて、ゆっくりと,真一郎は振り向いた。

 その少女の名は、野々村小鳥。あの悲しい別れの日の後から、ここを毎日

のように訪れている真一郎と同じように、ここに来ていた。

 彼女がここへ来ているのは、もちろん真一郎とは違う意味がある。

 大切な幼馴染のため。

 そして,あのときに気付いてしまった、心に秘めた想いのため。





 ・・あのときから真くんは,変わってしまった。

 いつものように,話してくれなくなった。

 いつものように、わたしの頭をなでてくれなくなった。

 いつものように、優しく笑ってくれなくなった。

 そしてなにより、優しい目で、わたしを見てくれなくなった。

 でも、本当は一番変わったのはわたしなのかも知れない。

 あのとき,私が真くんを止めたのは、始めは、これ以上真くんを悲しませ

たくないからだった。

 でも、わたしが必死に真くんを止めて、それでも止められなかった真くんが

ドアから出ていったときに、わたしは気付いてしまった。
   
 自分の中にある,どす黒いものに。

そこへ行けば、真くんが傷つくのは分かっていた。だから、止めたはずだった。

でも本当は、違ってた。

真くんが,わたしを振り切っていってしまったとき、わたしの心の中でももっとも

強かったのは、真くんを悲しませたくないという思いよりも、真くんを取られたく

ないという思いだった。

 あの後、私は長いこと泣いていた。

本当は,ずっと前から気付いていた,わたしの中の思い。

わたしはずっと,気付かないふりをしていた。

わたしは,慎くんにふさわしいひとじゃないから・・そう思ったから,慎くんへの

想いは決して話すまいと,そう決めていた。

でも・・



中編に続く

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