05年4月21日建築学会 での 話しあいの 一部 記録  home 

 田中浩也さんが配布したレジメ 佐藤敏宏 きづき 田中浩也さんが独自にまとめたWEB  

        北川啓介さん    レジメ 


 映画『旅情』と『ベニスに死す』における<画面空間>の奥行き
 
     日本建築学会 計画系論文集 第592号 掲載予定
 

  若山滋 北川啓介 夏目欣昇 伊藤裕子 



1.はじめに

情報化が進行する現在,われわれの視線はますます,絵画,漫画(劇画),写真,映画,テレビジョン,アニメーション,あるいはコンピューター・モニター上の,さまざまな二次元画面に注がれることが多くなっている。それは二次元の画面に表現された三次元の空間を体験することであり,ここではその体験空間を<画面空間>と呼ぶ。

人間が,二次元画面上に三次元空間を読み取るのは,そこに表現される景物(人や物)を視認し,その形態と大きさに対する記憶を呼び起こすことによって,現実の空間を再現前させることによる。

筆者らはこれまで,コンピュータによって建築内部空間の<視深度>を測定する研究文2〜5を進めてきた。それは,囲隔された空間内における視線の到達距離を計算することによって,建築をCTスキャンのように把握する技術であるが,<画面空間>においては,この方法はまったく適応できない。本研究では,その視線の到達距離を測定できない<画面空間>における視深度,つまり画面の奥行きをとらえようとする試みから始まった。二次元画面に奥行きを感じることこそ,人間と<画面空間>の即物的な関係の本質であり,ここではコンピュータによる<視深度>の測定と同様に,きわめて機械的な方法による<画面空間>の奥行きを測定する方法を開発し,最初のケース・スタディとして,それを映画の中の空間に適用している。


映画は,実写された映像の連続であり,画家の恣意性が強い絵画や固定したといった映像とは異なり,ある事物を時間的な流れに則って記録する為,より人間の日常的な視覚世界に近づいて再現される。映画制作においては,映画監督や演出者は,舞台装置・物語の構成・映像技術・芸術性・登場人物・音響等を駆使し映像表現を演出する。<画面空間>では,実際の空間を映像という媒体を介して表現するため,いわば,情報としての空間という意味で,基本的に人間に対する空間の認識の次元は異なるものの,映画制作の過程は,あたかも,建築家が実際の建物において風土・宗教・政治・社会体制・時代風潮・建築技術を背景に,人間の空間の知覚や認知を熟考して,実際の建築空間を演出し構成するような過程に極めて近い

本稿では,映画を,まず,画面の景物やストーリーの展開を捨象した,空間の奥行きという指標のみによって分析,記述し,最後にその奥行き指標の変化とストーリーとを関係づけることを試みている。つまり,原作に記述されているストーリーや登場人物の心情などに則って映画が制作される過程で,映画監督や演出者の意識的か無意識的かを問わず,映画の舞台となる実在する建築や都市の空間,原作もしくは映画のストーリー,場面毎の登場人物の心情などと,本稿で<画面空間>の分析の尺度としている奥行きが,どのように相まって映像として表現されているかを考察する。
本稿の研究対象としては,同じ都市空間を扱った,商業性の高い『旅情』と文学性の高い『ベニスに死す』を選択した。



2.既往の研究と本研究の目的

これまでの建築学の分野における映像に関する研究として,坂井・鵤らによる西洋風景絵画や浮世絵の構図に関する一連の研究7〜10),神谷らによる観光ガイドブックを対象とした欧米都市の景観分析の研究文11) ,大西らによる名所図会の研究文12),矢部らによる雑誌に掲載された背景写真を都市情景として捉えた研究文13)などが挙げられる。これらは,写真や絵画を対象にした都市の景観の社会的・文化的な評価が中心となっており,本研究のような「空間表現」のメカニズムそのものを目的としたものではない。

本研究では,実際の三次元の建築における空間性(非像情報)と,二次元の映像における空間性(像情報)の違いに着目する。特に本稿では,<画面空間>に関する研究の第一稿として,三次元空間と二次元映像の最も基本的な違いである空間の奥行きについて,実際の建築や都市を構成する実空間のハード的な要素との関わり,また,都市の中で繰り広げられる生活に近いソフト的な要素との関わり,つまり映画の中では映画のストーリーや場面毎の登場人物の心情などとの関わりを交えて,映像による空間構成や空間特性の表現について論じていくことを目的としている。



3.研究の流れ

研究の流れを段階的に示す。

1) <画面空間>の概念を定義し,<画面空間>の構成要素の分析手段である<画面記述>について説明する。

2) 研究の基本要素となる<画面深さ>の概念を定義し,その測定・記述方法について説明する。

3) ベニスを舞台にした映画二作品を研究の対象として,10秒間隔の映像をコンピュータに画像データとして記録する。

4) 各画面における<画面深さ>を測定し,画面上に白黒の濃淡によって記述する。また,<画面深さ>に関する数学的な指標を用いて,各画面の奥行きを分析する。

5) 本研究で得られた分析結果をもとに,特徴的な<画面空間>の奥行きの構成を類型化して,各映像の中の空間構成について論じる。

6) 映画の進行と共に推移する画面記述と,連続する<画面空間>の奥行きの構成を類型化して,<画面空間>の奥行きの特徴の推移を考察し,2本の映画に現れる連続する映像の中の空間構成について論じる。



4.研究対象


本稿では,映像の中の空間構成に関する研究の最初の段階として,ベニスという現実に存在する都市空間を舞台にした映画二作品,『旅情』と『ベニスに死す』を研究対象とする

1955年製作の『旅情』の,原作はアーサー・ローレンツ,監督はデビッド・リーン,脚本はデビッド・リーンとH・E・ベイツ,撮影はジャック・ヒルドヤードである。1971年製作の『ベニスに死す』の,原作はトーマス・マン,監督と脚本はルキノ・ビスコンティ,撮影はパスカリーノ・デ・サンティスである。

『旅情』は,アメリカの地方都市で秘書を務めている38歳の独身女性ジェーンのベニスでのひとり旅,そして旅先の恋を描いた1950年代の恋愛ドラマである。主人公ジェーンは,骨董店の主人レナートと度重なる偶然の後に出会い,相手の情熱に身を任せて愛し合う日々が続く。やがてレナートとの恋の行く末を案じ,このままでは彼と離れられなくと思ったジェーンは,旅先の恋は「非日常」ゆえのものと,レナートへの愛を胸に秘めながらベニスを後にする。

『ベニスに死す』は,1911年,ベニスのリド島へ保養にやってきた高名な初老の作曲家アッシェンバッハ(小説の中では作家であるが)が,一人の美少年タジオに心を奪われていく様子を扱った作品である。タジオへの気持ちを押し隠しながら,アッシェンバッハはタジオたちの後を追いかけてはその姿に焦がれ続ける。やがて島に伝染病が蔓延し,多くの観光客は島を去ったが,タジオから離れることのできないアッシェンバッハは残り,病に身体をむしばまれていく。



5.<画面空間>の定義と<画面記述>

人間は,二次元画面上に表現される景物(人や物)を視認し,その形態と大きさに対する記憶を呼び起こすことによって,ものの素材感・存在性・かたちといった現実の三次元空間を再現前させる。本研究では,映像として画面上に映し出される空間を,現実の三次元空間や二次元画面と区別して,<画面空間>と定義する。

ひとつの<画面空間>に関して,その画面に映し出される像情報には,人間が視認するための様々な要素が含まれている。図1は,本稿の研究対象である『ベニスに死す』の終盤において,アッシェンバッハがタジオを追いかけて,海辺の仮設テントの下を歩いている場面の静止画面を被写体の属性によって画面上に白黒の濃淡によって記述したものである。

一枚の静止画面に映し出された<画面空間>内の空間構成は,様々な属性により画面上に再記述することが可能であり,本稿ではこれを<画面記述>と呼ぶ。

例えば,人工物,人間・動物,自然物による<画面記述>からは,地面から天空まで続く自然景観の中に,人工的な架構が大きく架かり,その間に人間・動物が存在する<画面空間>であることがわかる。図上中央

また,建築部位の垂直性と水平性を考慮した<画面記述>からは,水平な地面の上に垂直性の高い建築部位が太く林立し,<画面空間>の上方に水平性の高い建築部位が架かっていることがわかる。図下左 

また,建築の内部空間と外部空間を考慮した<画面記述>では,建築の内部空間から連続した縦型スリットを通して外部空間が広がっていることがわかる。図下中央 

本稿で<画面空間>の分析の尺度とする<画面深さ>による<画面記述>からは,右端全体,上端中央部,画面の中央部の奥行きがそれぞれ深く,右端,画面の中央部と左端の間,画面の左寄りの一部に,それぞれ奥行きの浅い部分が垂直性高く配されており,また,左上方から左中心部にかけて次第に奥行きが深くなっており,奥行きの深浅画面内の複数の空間要素によってばらついていることがわかる
 



6.<画面深さ>の定義

<画面空間>に関する最初の段階である本稿では,二次元映像と三次元空間の最も基本的な違いである<画面空間>の奥行きに着目している。

奥行きとは,撮影地点から映像内の視線を遮る被写体までの距離である。しかし,二次元映像においては,広角・魚眼・ズーム・平行投影・アクソメトリックなど,三次元空間から二次元映像に写像する過程で,様々な投影法が用いられるため,人が肉眼で実際に見る一般的なパースペクティブな視界とは異なる構成の空間映像となる。そのため,画面内の空間の奥行きを測定する際に,撮影地点から被写体までの正確な距離を推定することは困難である。

しかし,本研究では,実際に映像を撮影する際の撮影地点と被写体との関係といった実存空間を研究の対象としているのではなく,あくまで,二次元平面にひとつの構図として映し出された像情報自体を研究の対象とする。

実際の三次元空間において,A地点とB地点に同じ高さの被写体がある時,視点からB地点までの距離が視点からA地点までの距離のn倍ならばB地点の被写体はA地点の被写体の1/n倍の高さとして映し出される。

(図2)本研究では,こうした限られた大きさの二次元画面において,画面上の被写体の一次元的な長さと画面空間の奥行きは反比例するという基本原理を用いて,画面に映る被写体の人体の基本寸法に対する大きさの逆数を<画面深さ>と定義する
 




7.<画面深さ>の記述方法
 
<画面深さ>の記述方法を段階的に示す。(図3)

1) 研究対象の二作品の動画映像(合計231分)を,映像キャプチャによりコンピュータ内にデジタルデータとして記録する。

2) 動画編集ソフトを用いて,動画を10秒間隔で静止画(合計1386枚)に変換する。

3) 得られた静止画を縦12分割,横12分割の合計144のエリアにメッシュ分割し,それぞれのエリアについて,各エリアの中で最も大きな面積を占める被写体までの<画面深さ>を測定する。

4) 被写体までの<画面深さ>のいものを深いものをとして,<画面深さ>を連続的な濃淡により画面上に記述する。空に関しては,奥行きが無限であるため他の被写体とは区別し白で示す。

<画面深さ>を測定するにあたり,本稿では,ベニスという実際の都市空間を撮影した静止画面が研究対象となるため,画面に像情報となって映し出される空間構成要素の規模を推測することが可能である

例えば,静止画面内にサンマルコ大聖堂が投影されている場合はその実際の規模はベネチアの建築物の資料から高さが約50メートルであることがわかり,人体の基本身長の約30倍であることがわかる。また,建築物の資料から規模を測定することが不可能なものに関しては,映画の別の場面でその空間構成要素が画面に登場する場合に登場人物の人体寸法から算出する。

このようにして,『旅情』と『ベニスに死す』の二作品の静止画面の合計画面の<画面深さ>を定量的に測定した後,白黒の濃淡により<画面深さ>を画面上に再記述すると共に,白黒の濃淡を<画面深さ>レベルとして数値化した



8.<画面深さ>の分析方法

ひとつの静止画面内における<画面空間>の奥行きの特性を表す指標として,各画面の<画面深さ>レベルの平均値,<画面深さ>レベルの標準偏差の2つの指標をそれぞれ算出した。
ひとつの静止画面における<画面深さ>レベルの平均値と<画面深さ>レベルの標準偏差を求める数式は次の通りである。

<画面深さ>レベル(D)の平均値(D)
=(ΣD)/144
(最大値=16,最小値=1)

<画面深さ>レベルの標準偏差
=((Σ(D―D)2)/144)1/2
(最大値=8,最小値=0)

<画面深さ>レベルの平均値は,<画面空間>の奥行きの深浅を分析する尺度となり,<画面深さ>レベルの平均値が大きいと,その<画面空間>の奥行きは全体的に深いこと,<画面深さ>レベルの平均値が小さいと,その<画面空間>の奥行きは全体的に浅いことがいえる。

また,<画面深さ>レベルの標準偏差は<画面空間>の奥行きに凹凸がどの程度あるか,つまり<画面空間>の奥行きがまとまっているかばらついているかを分析する尺度ととなり,<画面深さ>レベルの平均値が大きいと,その<画面空間>の奥行きは全体的に深いこと,<画面深さ>レベルの平均値が小さいと,その<画面空間>の奥行きは全体的に浅いことがいえる。

また,<画面深さ>レベルの標準偏差は<画面空間>の奥行きに凹凸がどの程度あるか,つまり<画面空間>の奥行きがまとまっているかばらついているかを分析する尺度となり,<画面深さ>レベルの標準偏差が大きいと,その<画面空間>の奥行きはばらついていること,<画面深さ>レベルの標準偏差が小さいと,その<画面空間>の奥行きはまとまっていることがいえる。

また,2つの指標の組み合わせにより,<画面空間>の奥行きについて更に特徴的な<画面空間>の意味について考察することができる。例えば,<画面深さ>レベルの平均値が大きく<画面深さ>レベルの標準偏差が小さいと,その<画面空間>の奥行きは全体的に深い中に凹凸が小さいことがいえ,<画面深さ>レベルの平均値が小さく<画面深さ>レベルの標準偏差が大きいと,その<画面空間>の奥行きは全体的に浅い中に凹凸が大きいことがいえる。

以上,2つの<画面深さ>レベルの指標を各画面において算出した上で,映画の時間推移を横軸に,<画面深さ>レベルの平均値,<画面深さ>レベルの標準偏差の2つの指標を縦軸にしたグラフを求めた。(図4)以下,各々の<画面記述>と各指標をもとに,二作品中の<画面深さ>の特徴的な部分を抽出して,それぞれの<画面空間>の奥行きの特徴について各画面内の空間構成に関連付けて考察する。

    

<画面空間>の奥行き ひとつの画面記述において,最も濃い部分と最も淡い部分の濃度の差が小さい場合,つまり,一画面内の空間の奥行きに深浅が浅いとき,これは,被写体が画面内で一面に広がって配置されていることが要因で,室内空間人物をいっぱいに映写する画面に多くみられる。

また,最も濃い部分と最も淡い部分の濃度の差が小さく全体の濃度が濃い場合,つまり,画面内の奥行きの差が小さく奥行きが深い画面構成は,空や地面や海などのランドスケープの要素が,距離を保ちつつ奥行きを平坦に配置されるような構成のときにみられる

一般的に,画面上部が下部に比べて濃く,つまり画面上部の奥行きが下部に比べて深い。画面記述の下部から中央にかけて,濃淡が徐々に濃くなっていき,最も濃い部分を経た後,純粋な白へと切り替わる。これは,建物人間は基本的に地面に足がついており,空はその頭上に存在することによる

また,上下左右から中央にかけて,画面記述内の濃度が段階的に濃くなっていくものがあるが,その中でも,中央の最も濃い部分が,周りと連続している場合としていない場合の2通りがみられる。連続している場合は,空間は廊下状で,最も濃度が濃いところで空間が行き止まりになっている。この構図は,上下左右とも空間が限られているが,そのことによって,奥行きを一層強調する効果をもっている。連続していない場合は,空間がトンネル状で,濃度の不連続点で空間が画面内にはあらわれていない空間へ繋がっているこの構成は,前者と同じく奥行きを強調するという効果に加えて,向こう側への空間のつながりを強めるという効果がある



.『旅情』と『ベニスに死す』における奥行きの比較

映画の時間推移を考慮した<画面深さ>レベルの平均値と標準偏差,最遠点と最近点の画面上の配置情報に現れた顕著な部分を,映画の内容と絡ませて考察する。

 旅情とベニスに死すにおける傍観画面

@ 二作品の冒頭にて,「ベニスに死す」では,空間の奥行きがばらつかずに浅くなる構成をみせるのに対し,「旅情」では,空間の奥行きが浅くなると共に次第にばらつきをみせる。どちらも主人公が異国の地からベニスへの到着を目前にした様子で始まる。「ベニスに死す」では,病の療養のためにベニスを訪れた主人公アッシェンバッハの冷静沈着な気持ちが整然とした奥行きに現れ,また「旅情」では,ベニスでのバカンスを心待ちにして,到着間近の列車の中で興奮を抑えきれない主人公ジェーンの気持ちがベニスに近くなるに従って小気味よく波打つ奥行きにより現れている

 ベニスに死すにおける回想場面と視点変化

A 興味深いことに,二作品の終局では,それぞれ冒頭の奥行きの移行が逆行したかのような変動を示す

「ベニスに死す」では主人公が想いを寄せるタジオが波打ち際で躍動的に遊ぶのとは対照的に,コレラに倒れたアッシェンバッハが運ばれていく様が,徐々に引いた視点に移行して最後に奥行きのばらつきの少ない傍観する画面構成であらわれる。

 旅情とベニスに死すにおける終局部分

「旅情」ではジェーンが意を決してベニスを立ち去る潔さが,走り去る列車を用いて軽快で律動的な画面の奥行きに表現されている。

B 概して,二作品中の傍観する視点からの画面構成において,中景の奥行き空間が単調に続く中,画面上の奥行き配置に上下左右の振れが顕著である。そのような場合においては,人物の動き・会話の内容などが映画を演出する大きな要素であり,人・ゴンドラ・荷物などの小道具が画面内を移動することにより奥行きの画面配置に変化を与える演出方法がみられた。

C 本研究で取り上げた二作品においては,通常,映画の主人公が近距離に映し出され,その舞台としてのベニスの空・海・広場・レストランは,場面に応じて,時には遠くに時には近くに異なって配されている。そうした中,「ベニスに死す」では,浅く遠近がばらつき,点景として遠くにベニスが小さく映される。それは,特にアッシェンバッハの心情に起伏が生じ彼をクローズアップする画面において顕著である。一方,「旅情」で,空間が深く遠近がばらつく構成は,特にジェーンが公共の場で行動をするときに目立ち,ベニスの街並みが背景に大きく映し出されている。

D 「旅情」の序盤において遠近が激しく変化する空間が連続する場面,また,終盤において遠近が単調で奥まった空間が連続する場面がみられた。その両方ともがジェーンからの視界によ る画面を中心に推移する場面であり,序盤では初めて訪れたベニスで見るもの全てに対する興味が,また終盤では旅先で恋が叶った後のジェーンの眼差しがベニスの景色として,空間の奥行き構成にあらわれている。

ベニスに死すにおける奥行きの激動

E「ベニスに死す」では,画面空間の奥行きが複雑に変化する場面が多く見られたが,これは,物語が進行する中で主人公の回想として過去が登場する場面や,観客が主人公を見る視点と主人公が興味の対象である少年を見る視点が入り交じる場面における大きな特徴である。

F @からEまでで考察した特徴的な画面空間の奥行きが短時間にいくつも連なり,特に特徴的な動きを見せる場面が確認された。「ベニスに死す」の中盤において,アッシェンバッハが,海辺でタジオに偶然に近づき,もっと近づきたいという欲求に反して,理性や周りの目が邪魔して思い切った行動に出られない場面では,彼の興奮・葛藤・嫉妬・羨望・落胆といった一連の心情が現れた複雑な画面空間が構成され,時間と共に奥行きとその配置が大変激しい動きを示す



10.結論

本研究では,実際には奥行きや質感の存在しない二次元映像に着目し,そこに映し出される空間も実際の三次元空間と同様に空間性を感知しうるという観点から,<画面空間>という概念を定義し,その空間の奥行きを定量的に測定・記述する方法を提案してきた。また,実在する都市で撮影された映画二作品を分析することにより,登場人物の心象と<画面空間>の構成が相まって,その物語性を一層ひきたてていることを確認した

本稿で研究対象とした『旅情』と『ベニスに死す』の二作品は,ベニスの迷路的な路地空間S字状に都市を縦断する幅広い運河,西洋の都市に典型的な寺院前広場路地脇のカフェの内部など,ベニスならではの独自の空間性を基本舞台としている。「旅情」では主人公の恋愛感情・人間関係から生じる実際の行動が画面上の空間の奥行きに現れているのに対して,「ベニスに死す」では葛藤・歓喜・落胆等の主人公の内面心理が直接画面上の空間の奥行きを左右しており,主人公が行動を起こしたときには更に空間の奥行きは激動することが確認された。

映画の中に現れる空間,すなわち画面を通して人々に認識される都市や建築は,映像という像情報を介して,都市空間の意味を私達に大量に伝え,それらは現実の空間以上に,その都市の文化性や空間性を映しだす場合がある。本研究で提案した<画像空間>の分析手法は,都市を舞台にした映画作品を対象として,各都市の空間特性を,建築的,歴史的,文化的な観点から論じていく方法となりえる

謝辞 本研究は,平成14年財団法人堀情報科学振興財団の第12回研究助成による支援を受けた研究「建築空間構成測定システムを用いた映像の中の建築と都市に関する研究」(研究代表者:北川啓介 名古屋工業大学大学院助教授)の一環として行われた。深く感謝の意を表します。






1) <画面深さ>の段階は,各エリアに入る人体の基本部位の数に基づいている。これは,実際のカメラは,広角から望遠まで様々な焦点距離が用いられるため,カメラから各エリアの被写体までの距離を正確に算出することが困難であると共に,二次元表現である映像において一次元の指標である空間の奥行きは,被写体が画面内で占める面積によって表現されることに基づいている。そのため,<画面深さ>の各段階は,各エリアに入る人体の基本部位の数がそれぞれ約2倍となるように分類している。

参考文献
1) 長谷正人: 映像という神秘と快楽,以文社,2000年12月

2) 早瀬幸彦,田中理嗣,近藤正一,若山 滋: 「視深度」による建築平面記述・評価の研究,日本建築学会計画系論文集 484号,pp.123〜128,1996.6

3) 早瀬幸彦,近藤正一,松本直司,若山 滋: 「視深度」による建築平面記述・評価の研究 近代住宅作品の主室の評価,日本建築学会計画系論文集 493,pp.169〜174,1997.3

4) 早瀬幸彦,北川啓介,張 健,松本直司,若山 滋: 「視深度」による建築平面記述・評価の研究 心理実験との比較考察,日本建築学会計画系論文集 495,pp.125〜129,1997.5

5) 北川啓介,早瀬幸彦,近藤正一,張 健,姜 涌,若山 滋: 「視深度」による建築平面記述・評価の研究 壁と開口部を考慮した近代住宅作品の空間構成,日本建築学会計画系論文集 522,pp.187〜194,1999.8

6) 北川啓介,横山順子,早瀬幸彦,麓 和善,若山 滋:  茶室内の亭主位置と正客位置における視空間の構成について <視深度>による建築平面記述・評価の研究,日本建築学会計画系論文集 525,pp.115〜122,2001.3

7) 坂井 猛,出口 敦,萩島 哲,朴 鍾瀧,菅原辰幸:「浮世絵風景絵画にみる景観分類に関する研究」,日本建築学会計画系論文集 461,pp.165〜174,1994.7

8) 鵤 心治,萩島 哲,出口 敦,坂井 猛,趙 世晨:広重の浮世絵風景画に描かれた河川景観の構図に関する一考察,日本建築学会計画系論文集 482,pp.155〜163,1996.4

9) 鵤 心治,日高圭一郎,佐谷宣昭,坂井 猛,萩島 哲:広重の浮世絵風景画にみる樹木の構図的機能に関する考察,日本建築学会計画系論文集 507,pp.165〜171,1998.5

10) 坂井 猛,萩島 哲,出口 敦,鵤 心治,日高圭一郎:浮世絵風景画に描かれた宿場の景観構成に関する考察,日本建築学会計画系論文集 509,pp.149〜156,1998.7

11) 神谷文子,浦山益郎,北原理雄:主題要素の写され方からみた都市景観写真の構図に関する研究 欧米10都市の観光ガイドブックを事例として,日本建築学会計画系論文集 528,pp.179〜186,2000.2

12) 大西二州,鳴海邦碩,久 隆浩,橋爪紳也:『浪速百景』に描かれた近世大阪の都市景観構造に関する考察,日本都市計画学会都市計画論文集 23,pp.223〜228,1988

13) 矢部恒彦,北原理雄:若年女性対象の量販一般雑誌に掲載された都市の情景に関する研究,日本建築学会計画系論文集 463,pp.139〜148,1994.9