2005年4月21日 日本建築学会 空間研究小委員会第57回研究会 『映像による空間表現からの建築の可能性』
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佐藤敏宏 きづき 多事次元フォトコラージュに関わった3年 著 佐藤敏宏
田中浩也さんが
配布したレジメ 田中浩也さんが独自にまとめたWEB頁 北川啓介さんレジメ
1) 初めに
a) WEB的建築写真を女性を描いてえきた絵画におきかかえてえ話をすすめることにします。その前に WEB上のデジタル写真データは従来のプリントされ流通してる写真とは異なり、デジタル写真は初めから反復・増殖に適した媒体・道具であるから、マスなメデアと自覚し使用することが肝要です。このことをことを確認しておきたい。印刷媒体によって栄えている、均質に管理され統一された既存の建築情報とは明らかに異なる。受けてのPCやモニターの機種・性能や回線の種類によって、出現する質が機械の数だけ多様に存在することを確認しておきたい。一つの情報が同時に多種多様である・・このことを。このことを活用するか否定するかは、情報を発信する側の個人・感覚の差があり それでいいと思われる。
b)建築は一つの物として地上に存在する場合、そこを訪ねれば、その建築に関わる情報が全て手に入るのか、というとそうでもない。そこには物が配列された様と天候のハーモニーがつくる情報だけがある。構想された建築家の概念・建築工事に関わる考え方、使用者の受けとめた建築像・その建築が現れた社会状況・背景などの、建築を思考し生みだす 建築家にとっては大切な情報の一部が欠けている。だから訪ねるだけでは不十分である。
c)建築の多くを共有し 思考のための 温床を育むために、従来はスケッチを含む図面や模型・言葉に写真・ビデオなどの映像などがあったわけだが、それらは一つの物(者)的な、あるいは物(者)に近い情報源であった。物または物に近い情報源は物としての質を仕分けし階層分けが可能であり、物であるが故にそこに止まってしまう欠点もあった。
d)建築の総体はそれを創出した社会を現す媒体でもある。そのこことがコンセンサスになっているのかどうかしらないけど、物としての質の次元でその建築に評価を与えてしまうことは建築の可能性をそこに関わる物達の勝手な存在理由で 限定した事柄として社会に投棄してしまうことになるんだろう。情報のグローバル化にともなう情報の多種多様化がそのことを気づかせている。
e) ありのままに近いちかい生な総体として建築を社会に投げ捨ててしまえ!そこでおこる反応に一々対応し構っている暇などあったら、うごか視ぴかそ を作り続け、それらをリンクしてしまおう! 建築はそれからだ
f) それらが可能なのは 多次元フォト・コラージュ・ソフトの設計思想の内での お話しである。
2) 簡単な比較
my建築
千万家 で 写真 コラージュ アニメ 多次元フォトコラージュを 比較する
a)写真
b)コラージュ
c)コラージュアニメ
d) 多次元フォトコラジュ (を見るためには
Shockwaveが必要です)
最初に作った
千万家多次元フォトコラジュです。写真・コラージュ・アニメと比較して
ご覧下さい
3)
a)多数の多次元フォトコラージュ単独でもいいのだが フォトコラ作品を多数リンクし増殖 続ける、総体を「うごか視ぴかそ」と名付けた。一つの建築を対象にしても可能であるし、多数の建築フォトコラをリンクしてもいい。 リンク増殖ルスことによって建築家の姿が他者に見えることがあるかもしれないと想像する。一つの建築を対象にした多次元フォトコラージュを ぴかそのキュビズムによって描かれた女性の肖像画 に喩えリンクされた状態を仮に作ってみました。繰り返しますがそれぞの肖像(フォトコラ作品)がリンクされた様をて うごか視ぴかそ といます。ご覧下さい。
うごか 視 ぴかそはこんな感じになるのです 将来の建築メディアはこんな感じもあった方が良いのではないでしょうか
b)補足説明
古典的名画 モナリザ1503チェチィリアガレーラ1485・・を一枚の権威あある建築写真として眺めてください
レオナルドからピカソへ の変化を 建築写真から「うごか視ぴかそ」への変容ととらえよう 差 452年
4) 名称の変遷
多次元フォトコラージュ → フォトウォーカー→フォトコラ → 絵重遊戯 → うごか視ぴかそ (my将来の目標 → うごか視 フランシス・ベーコン )
刃物が 刀・
包丁・ 刺身包丁・出刃包丁 等と名前が定まった時に使われかたや意味が発明されたことになります。それに喩えれば使用者によって多次元フォトコラージュ・ソフトに新たな名称を付与される日がやって来ることを願っています
5) 田中浩也博士 てき 多次元フォトコラージュを簡単に振り返ってみる
他者の意志が参加し 変容し続ける自画像
増す メディア
四次元サイコロ
4次元のドラエモン
時間の流れ

2001 2001年 1937 1485
6)佐藤敏宏が作った多次元フォトコラージュの実例
パブリックのプラーベート化の一環として主に
建築家の住宅対象に作り HPにて公開してきました
(フォトコラの相互リンクは出来ていません) 画面
左肩の三角マークを四角にすると自動で回ります
千万家 N02 フォトコラージュ へ 制作 佐藤敏宏
計画〜工事中〜竣工時〜完成後数年〜模型などを
激しく往復します。設計時にもったイメージに 参照千万家HPへ
BOX11(哭旗の家)フォトコラージュ へ 制作 佐藤敏宏
敷
地受ける力やその場が持つイメージを再現しよとしてます
建築が私が感じた場の記憶に・・参照BOX11 HP
BOX12フォトコラージュ ヘ 制作 佐藤敏宏
敷
地の持つ特性から要素を抽出(貝・渦・ジャックと豆の木等)
してそれぞれをその場にある特有の話としてまとめました
実建築より模型の繋ぎが多い・・が・・ 参照 BOX12 HP
BOX13 フォトコラージュ へ 制作 佐藤敏宏
都市の小さな建築で 制度によって敷地に引かれた計画ラインが
L型をうみだし、設計者や生活者を誘導する様子うかがえます 参照 BOX13 HP 千万家
no1 フォトコラージュ ヘ 制作佐藤敏宏
計画〜工事工程に従うかたちで展開します 千万家3Dをレンダリング加工しCGフォトコラ 制作 平山真
● 2003年4月公開の 新ソフトで作ったフォトコラージュ
三春滝桜 あおものしあん 桜 鉄作り再現
● 佐藤敏宏が他者の建築を体験し作ったフォトコラ リンク無きは サイト移動中
今井公太朗 設計 ダブル・スクエア (2004−9)
藤村龍至+ベラジュン 設計
百棚 音付アニメ (2004−4)
八重樫直人 設計
百窓の家 音付 フォトコラ モドキ アニメ(2004−3)
ヘルツォーク&ド・ムーロン設計プラダブティック青山店
(2004−02)
宮本佳明 設計 ゼンカイハウス
(03−11−04)
s。h。
(03−10−29)
IMペイ 設計MIHO MUSEUM
(03−11−1)
渡辺豊和 設計 西脇古窯業陶芸館
(03−10−29)
南泰裕 建築
Park House
1年後の様子 PA2 (新ソフト)
デザイン・ヌーブ設計 DUET (太田浩史・樫原徹)
藤本壮介 建築 作業療棟
東病棟
坂本一成 SA構造模型
(新ソフト) 設計者などの了解を得て公開しています
ル・コルビュジェさん 設計 インド・チャンティガール (新ソフト)
原広司さん 関係あれこれ・・
自邸 フォトコラ へ
建築文化2002年6月号 NO659 CD−ROMに収録
建築文化CD−ROMがwebにアップされるかどうか未定です
●会津学鳳高校アトリエファイ主催
公開ミーティング
会場風景+模型 原広司さん説明 基本モデル図
●歴史的建築を 体験し・・
さざえ堂 フォトコラージュ 制作 佐藤敏宏
,
メソアメリカ遺跡フォトコラなど (10+1サイト内)
● 美術館展示用に作った 音付フォトコラ など
埼玉県立近代美術館45歳以下の建築家45人展 2004年4月6〜5月23日まで
八重樫直人さん設計 百窓の家
展示してる 音付フォトコラジュ (
写真撮影+コラージュ担当しました)
ユーザが自分でクリック探索していく本来の音付フォコラージュ WEBのみの特別版 メディアミックスしてみよう webで体験して美術館へ行こう! 家に戻り ふたたび
音付 フォトコラ擬きアニメ
デザイン・ヌーブ 「百客」8MB少々 藤村龍至+ベラ・ジュン「百棚」
6)
きづき
二枚の写真データをリンクさせることは、時間が自動的に生まれてしまう。その差異は建築の完成という一点に時を止める行為を全て突き崩し、建築の発想から朽ち果てる経過まで・・生きている建築、(生きていた建築)として 継続的な視線の強要 をそれぞれの方に押し付けます。う。そのような態度の中で一つあるいは群としての建築を眺めることになり、従来ある建築に対する姿勢やそこから生まれる評価が変わると思われると 同時に 誰でもが分かように 伝えることが出来る道具を手に入れていたことにもなっていると思います。
実感ですが・・・
フォトコラを個人の住宅を対象にし作り続けることは、他者の私的空間にある情報をフォトコラ制作者が浸食し私物化し制作者自身の情報に変換する行為でもあると感じます。だからそのことによって 私自身が フォトコラ的生活者実践者になりやがて 私自身の人格(人間形式)が変わってしまうことでもありました・・変なオジサンが補強されたとの自覚あり。トランスマッピングにならえばトランスマンピングしたのでした。
田中浩也さんの言い回しに倣えば トランスマッピング(新しい空間形式に変換する)を実践しつづけるとトランスマンピング(新たらしい人間形式に変換する)しちゃう。そしてそのように生きていた人がフラン・シスベーコンであったということに行き当りました。さらに実践すると・・・
日本各地が我が空間であるから地球だって・・やがて至る所すみかであるから けちくさいこと言ってんじゃね〜よ・・って昔の詩人も唱っていた・・に行き着くのであります 建築を作りつつ建築を制度上無意味な物にしてから、建築は始める事 で よろしいようです