花田達朗教授による公共圏について

 2002年3月3日の建築あそび の記録  1−2
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       パブリックって言う概念の発生源をだどると

じゃー元々パブリックっていう概念ですね。パブリックっていうモノの考え方っていうのは何時何処でどういう風にして成立したのか・・っていう問題。源を辿ってみる必要がある。

最初にも言いましたように、パブリックっていう言葉が発生するっていうことは、そういう概念・コンセプトが人々の頭の中に観念の中に宿ったわけですね。それ以前は無いわけですよ。そういうモノの考え方自身が無いわけですよ、無いから言葉がない。

     

ということはある時点で、歴史上のある時点である舞台で、パブリックっていうものの考え方が人々の頭の中に、観念に宿って、ようするに見えないですね。それに言葉が与えられて、それで流通しはじめる。それが大元にあるわけですね。じゃそれはどういことなのかっていうのが、これからお話しする第一バージョンの話です。これから分からなかったら途中で質問してください。

     ドイツの社会哲学者のユルゲン ・ハーバーマス

この問題を正面から取り上げたのがドイツの社会哲学者のユルゲン ・ハーバーマスっていう人です。これも正面から取り上げなければ、キチンと認識可能な形にはならなかったですが。そういうことを正面から取り上げるのが、これがまずは学者の仕事なわけです。

ですから、ハーバーマスは学者として真っ当な仕事をした。その仕事、つまり公共圏という概念を社会理論的にキチンと定式化するという仕事をしたのが、彼の書いた、ドイツ語で言えば「シュトゥルクトゥアヴアンデル・デア・エッフェントリッヒカイト」(Strukturwandel der Oeffentlichkeit)という本です。これは1962年に出版されたものです。ちょうど40年前に出た本ですけども、日本語の翻訳(細谷貞雄訳)は1973年でした。『公共性の構造転換』というタイトルで未来社から刊行された

 これは社会学などで言えば、10本指の1本に入る必読文献。ところがですね、私から見れば不幸にして、この翻訳が不幸にしてですね、日本の人々にあまり理解されなかった。こういう題名の本があるよっていうことはよく論文などに書かれたりする。なにか公共性の事を論じるとなるとですね、法学者であれ、社会学者であれ、注のところにちょこっとハーバーマスの『公共性の構造転換』を参照と書くんだけれども、まずほとんど内容的に立ち入って触れることはありませんでした。

それは、公共性っていう日本語・・に関わるなにかのテーマを論じるときに、ハーバーマスの『公共性の構造転換』っていう有名な本があるから、あぁそういう本があるよっていうことを一寸示唆するだけのことで、その本の内容そのものに立ち至った議論というのはほとんど無かった、と言っていいということなんですね。

その原因は、先ほど申し上げた公共性っていう日本語では、ハーバーマスが言っている、その「シュトゥルクトゥアヴアンデル・デア・エッフェントリッヒカイト」でいうエッフェントリッヒカイトというドイツ語の意味は捉えられない、ということなんです。

   

ちなみに、1989年に遅ればせながら英語の全訳が MIT Press から出るのですが、その英訳のタイトルは「ザ・ストゥラクチュラル・トランスフォーメイション・オブ・ザ・パブリック・スフィアー」(The Structural Transformation of the Public Sphere)となっていて、ドイツ語で エッフェントリッヒカイトって言っている言葉は、英語ではパブリック・スフィアーって訳されているんですね。

        パブリック  スフィアー・・・ 公共圏

まさに日本語で公共性と訳してあるその日本語が英訳本ではパブリック・スフィアーと訳されてます。全然違いますでしょう。公共性という日本語とパブリック・スフィアーという英語は同じ内容を表していると受けとめることはできませんよね

英語ではパブリックなスフィアー。 スフィアーってなにかって言うと、日本語で言えば、公共圏の。スフィアーっていうのはスペースなんだけど、もっと・・ちょっとちがう、ある種もうちょっと緩やかな・・領域とか圏域とかね、または天空。そういう風に訳せるような言葉なんです。

私は「圏 」という言葉が最も近いと思うんですけどね。宇宙空間なんかの呼び名にもありますよね。地球の外側の大気圏を対流圏とか成層圏とかよんでいますね。あの圏、あれがスフィアー。

あのパブリック・スフィアーという英訳はなかなかいい訳だと思いました。エッフェントリッヒカイトという言葉は私がドイツに暮らしていたときはそのまま、ドイツ語で処理していたんですけど、日本に86年に11年ぶりで帰ってきたときに・・やがて本を書いたときに、どうしてもこのエッフェントリッヒカイトというコンセプト・概念を使って書かざるをえなかったので、日本語で何とか表現しないといけなかった。すでに『公共性の構造転換』という邦訳書があるんだけれども、私はその公共性っていう言葉では当たらないと思っていたから自分でなにか考えなければいけなかった

そのときまず最初に考えたのが「公的意味空間」という言葉でした。なぜ意味空間って言ったかというと、・・空間にはちがいないんだけれども。例えばココ(会場のbox1)は物理的空間ですね。三次元のね・・。我々がフェイスツーフェイスに相対することができている、三次元の物理的空間。しかし、他にも空間の態様があるんですね

意味空間意味が行き来する、交通する、行き渡る、交渉しあう、そういう空間としてこれを捉えることができるわけで、そういう意味で意味空間と言っていました。88年の『コミュニケーション論』(有斐閣)のなかでも公的意味空間と言っていました。ただこれじゃ・・ちょっとこれじゃ・・流通しないなと・・長すぎて。

     

 なぜかと言うと、エッフェントリッヒカイトというドイツ語はドイツの普通の生活の中で流通してる言葉なんです。例えば新聞第一面にエッフェントリッヒカイトという言葉が出ない日は一日たりとも無いぐらいにですね・・例えば首相がですね、エッフェントリッヒカイトのまえでこういう声明を発表したっていうふうな言い方で、いつも使われる言葉なんです。

 人々の口にも出るわけですね。例えば隣の人とですね、垣根越しに喧嘩になってですね・・近所の人に見られていたとする・「・あんた 、エッフェントリッヒカイト のまえで私を罵倒したわね」、ってことになる。

 エッフェントリッヒカイトっていうのはパブリックな場所のことですからね、・・そういうふうに普通に流通してる言葉 。私はこのコンセプトが日本語の中でも、あるいは日本の社会の中でも普通に流通しなければいけないと思うんですね 。公的意味空間じゃ、どうしたって流通しっこないですよね

          会場 笑う

さて・・ハーバーマスの邦訳書『公共性の構造転換』。この本、英語でいってるほうがニュアンスとしては捉えやすいと思いますけども、「ザ・ストゥラクチュラル・トランスフォーメイション・オブ・ザ・パブリック・スフィアー」、つまり パプリック・スフィアー ・・公共圏のトランスフォーメイション。日本語で言えば変動ですね。だからハーバーマスのその本は、私の立場から言えば「公共圏の構造変動」あるいは「公共圏の構造的変容」というふうに訳すべきものだと思うんです。そのほうが捉えやすい。

 バーマスはどういうふうに「公共圏」という概念を定式化したのか

じゃ・今後それでいきますけども。ハーバーマスが62年に出したその本は公共圏の構造的な変動というものをテーマにした、社会科学的な理論書なんですけれども・・。そこでハーバーマスはどういうふうに「公共圏」という概念を定式化したのか、フィックスしたのか・・それをこれから説明します。

図1を見てください。タイトルが「ハーバーマスによるブルジョア公共圏の発生論的構図」(18世紀とその前後)となっています。これは舞台としては18世紀前後のことです。これは世界史、ヨーロッパ史の知識があると分かりやすいんですけれども・・。

まず最初に・・説明しなければいけない。よく近代って言いますね。あるいはモダン、モデルネとか言いますね。近代という名前の時代区分。これが今日論争の対象でもあるんですが。例えば、建築からそもそも始まったポストモダンという言葉

あのポストモダンって、どういうことなの・・。それは皆さんご承知だと思いますが・・あのポストって郵便ポストのポストじゃないですよね・・

    会場   笑い

ポストっていう英語の接頭語は、「何かのあとに」ということ。ということはモダンの後にやってくる時代っていうのをポストモダンって言うんですね。それはモダンという時代、近代という時代があって、その近代という時代は終わろうとしている、あるいは終わってしまったとすると・・その次にやってくる時代についてまだ名付けることは出来ないんだけれども、取りあえず名前が付けられるまでの間、暫定的にモダンの後に来る時代っていうふうに呼んでおきましょうということなんですね。

だからモダンの後に来る時代というのがポストモダンなんですね。ということはモダンという時代が終わっていて、我々は次の時代に入っているんだよっていうことを言っているわけです。それはひとつの立場なんです。そういうものの見方自身が議論の対象になります。

どういう議論かというと、ポストモダンの立場に対して、「我々は未だモダンの中にいるんだ。確かに我々の近代という時代は最高潮にまで達したかもしれないけども、決してまだ終わってはいないんだ」という立場があります。この場合、レイト・モダンっていうふうな言葉でも言われるんですね。モダンの後期。後期モダン。或いはハイモダンっていう言葉もあります。ピークっていう意味ですね。

ハイモダンであれレイトモダンであれ、そのポジションは、我々は依然としてモダンの内側にいるということ。それに対してポストモダンというのは、我々はすでにモダンの外側にいるということ。次の時代に入ったということ。だから、これらのふたつの立場は決定的に違うんですね。

そのモダンです。その近代です。もちろんそれは西洋のコンテキストです。西ヨーロッパのコンテキストでのモダンです。

モダンという時代は名付けるからには何かの境があるんですね。境界がある・・。じゃハーバーマスはじゃどういうふうにモダンというものを境界づけるかということですが ・・

       私人の領域公権力の領域

図1の上の方にですね・・私人の領域と公権力の領域とあって、「分割」と書いてありますね。ま・ここなんですが。ハーバーマスに言わせればですね、モダンという時代は、人々の頭の中にですね、・・公権力という領域に対して、あるいはそれに向き合う形で、こちら側に私人の領域という別の領域が成立したというふうに、人々が頭の中に抱いたときに、それでモダンという時代が出発したということになります。

     

これはどういうことかと言うとーー。西欧では中世という時代が崩壊して、近代という時代が始まった。それは永いプロセスでした。16世紀あたりからジワジワジワジワと中世という時代が崩壊していく。なにが崩壊していくかというと、中世という時代を支えていた権力構造が崩壊していくわけですね。

そして次に、その権力構造に代わって、近代という時代を支えていく権力構造が隆起して来るわけですね。新しいモノが誕生してくる。ようするに入れ替わりが起こる・・。それは永い歴史です、16世紀17世紀と・・18世紀までやってくるわけですね。

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