掲載された佐藤敏宏
 以上・・アサヒファインによる千万家」リポートでした。  m(_ _)m
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左の絵は・・福島くらしの情報紙アサヒファイン・・により1999年12月より2001年6月まで掲載報告された「千万家リポート」です
福島県の県北の各家庭に配布されたました。アサヒファイン編集室の編集長並びにsさんには心より感謝いたします。またmyHPに掲載許可ありがとうございました。下に記事を打ち直します。
福島の建築家・佐藤敏宏さんが設計した「千万家」がいま工事中だ。洋数字で1000万円の家。金額がそのままの形に目を奪われるが、設計意図がまたユニーク。独立した3つの円型をつなぐ廊下が、そこに住む人間関係を象徴する。現代の家族のあり方を問う家なのだ。西暦が大台をまたぐ節目の時、野心的で刺激的な建築下が私たちを挑発する。
見出しの文章です
新しく家を建てようとする建築主が気にかけることは何だろう。家族が憩うリビングは広く明るく、キッチンは対面式に、或いは子供部屋は1人ずつに・・・。
 家族の団らんをどう具体的な形にするかを最大のテーマにする人が多いのではないか。事情は、建て売り住宅やマンションを買う場合も変わらないだろう。われわれはそれとも意識しするしないにかかわらず、マイホームについて共通イメージを抱いているらしい。
 しかしそれは家族に対するイメージも固定化させている、と佐藤さんは考える。「理想の我が家」にするために「家族ごつこ」を強制されることになる、と。「1000万住宅」はどこがちがうのだろうか?
 片平博美さんからの依頼で、佐藤さんが設計をしてたのは4年ほど前だった。場所は福島市岡部。片平さんの実家でかっての農地の一角だ。前提に予算1000万円があった。その金額を聞いたとき、佐藤さんの頭に「1000」の形が浮かんだという。
 木造平屋建て、約40坪。「1」の部分には浴室と納戸、「0」は居間や寝室になる。片平さんはここに夫婦とお子さんのさんの3人で住む予定。「どう使うか、住んでみないとわからない。(佐藤さんからプラン)を聞いたときに、これは住む方も覚悟がいるなと思いましたよ。」片平さんも楽しんでる風情だ。
 3つの円形もユニークだが、廊下もちょっと例をみない。長さ22メートルもあり家の外にめんした側(上の写真の手前側)は解放されている。どこからでも廊下に上がれる。
 この廊下が家族関係を問うシンボル、と佐藤さんは位置づける。
「緩やかに離れ寄り添う道です。血縁関係に支配されない人の関係は果たして、孤独は豊穣か。(片平さんたちが)住みこなす数年後には、私の仮説が批評の対象になることでしょう」
 これには少し説明がいるだろう。明治以来の「家」制度が崩壊し戦後日本の高度成長を体現したニューファミリーの時代も去った。多大なエネルギーを必要とする消費社会と高度情報化社会が重なり訪れてるいまは、「個電」が、時代と家族や人間関係を端的に表している、と佐藤さんはみる。「個電は人と人が平等で穏やかなに関係しる原始社会のようなモノを人にもたらすでしょう。その前段では資本主義の悪い面がでそうですが」
 しかしこと「家」となるとちがう。家は、依然として血縁の集合体と意識されている。マイホームが自分の家族の幸福を具現化した商品として買えば幸福が手に入るように錯覚する。しかし「そこに住んだら幸福になれる。そんな家はない」と佐藤さん。「自分の夢をもち家を買う。でも現代では夢は変化しつづけます。だから、住人の要求ともあわなくなる」
「千万家」は、緩やかな血縁関係を模索する試みでもあり、さらに新たな他者との集住を求める「機械」ともなり得る。多様な可能性を秘めた「1000」の完成は来春の予定だ。
 佐藤さんは「千万家」への意見を掲示板で求めている。
記事内容です
以上がアサヒファイン1999年12月26日の記事です
第1回             「千万家」レポート
「千万家」の(1面)の話を初めて聞いたときは驚いた。ジョークではないかと思えるようなアイディアで、建て主がよくぞゴーサインを出したと感心したくらいだ。
 ところが図面や模型を見たり現場に行き、単純明快な形に内蔵された可能性の大きさに気「づかされた。佐藤さんの軽妙な話術の内にある、建築家としての真摯な姿勢にも敬服した。
取材をしているうち、来春「千万家」が完成したら、この家についておしゃべりをする集まりを開こうと一致した。佐藤さんが名付けた「建築あそび」の会に加わる了解をいただいた。家を題材に家族や社会について、読者も参加していろいろしゃべりあう楽しい機会にしたい。詳細は後日・・・・
編集室からです
第2回
第3回
第4回
第5回
第6回
第7回
第8回
本誌で既報した「千万家」について今号から完成まで写真によって建築状況をリポートする。福島市岡部に建設中の「千万家」は建築家佐藤敏宏さんの設計。現代の家族にとって住宅とはどういう役割をもつか、あるいは家族にとってどういう家がふさわしいのか、家族関係と住まいはどう関連するのかなど個人の住宅について新しい視点を取り込もうとした意欲作だ。平面が「1000」という形もまたユニークで、春の完成まで紙上で継続して記録リポートする。写真は1月末撮影で、コンクリートの基礎が完成したところ。2月上旬から上物の建築にとりかかる。
千万家の建設現場で2月9日、建前が行わた。吹雪模様の悪天候だったが手際よく木材が組まれて、3つの円筒型の枠組みが立ち上がった。平面世界だった千万家がいよいよ立体に。柱の数が多く、いかにも横揺れ縦揺れに強そうだ。棟梁を中心に御神酒で清めをしたあとは、吉例の餅まき。つきたての柔らかな餅、小銭のお捻り、そして短冊形の大根が建て主の片平さんによってまかれた。
消化にいい大根は「胸やけ」をおこさない→棟(家)が焼けない、という縁起かつぎだ。
福島市岡部の「千万家」建築工事は3月初めまでに屋根がのつた。
 設計者の佐藤敏宏さんによりると、家と生産が直結していた昔、屋根は霊のすみかである御山の姿をしてたという。自然を模したのかもしれない。現代の
屋根は千変万化で、この千万家は薄くて丸くあたかも煎餅のよう。「CDのように光り輝く板をイメージしています。光の中に多くの情報を読みとる現代にふさわしくありませんか」と佐藤さんは話してる。
今回はなが〜い廊下。「1」から3つめの「0」までなんと28メートルある。幅は80センチだが、途中にふくらんだ部分が3カ所あり、そこは120センチ。直線で30メートル近くもつづく廊下がある家なとめったにないだろう。片平さんの長男F君はもうすぐ小学1年生。この廊下は彼にとってまたとない走路になるはずだ。廊下を外から見ると、ガラス、壁、鏡が繰り返されるようにつらなlていく。敷地に隣接してゲートボール場があり、近くのお年寄りたちが集う。ガラス越しに走るF君の姿は、見物人には風そのものが駆け抜けて行くように感じられるかもしれない
千万家の建設工事は屋根が完了、外壁もだんだん仕上がりつつある。今回は部屋を紹介しよう。
 円形の部屋が3つあるが、、壁も内もすべて違ったつくりになる。1っ目(写真上)は全部が板の間。円全体だと20畳ほどだが、一部は廊下でカットされているので部屋は18畳。それでもそうとう大きい。隣の部屋は対面式キッチンがつくられる。
 3目(写真下)は円内を四角く区切った8畳部屋だけに床がはられる。周りはコンクリートのまま。ちょっと回廊の雰囲気。ここは外壁をつくらず柱だけなので、部屋のガラス窓から前の畑も見通せるようになるという。
設計者の佐藤敏宏さんによると、建築中の千万家を見て「一部屋借りたいという人がいるそうだ。敷地の北側にゲートボール場があるが、そこを訪れるお年寄りらしい。確かにちょっと目には3つの円形の家が建っているようでもあり、新しいタイプのアパートが建つと思われたのかも知れない。
 それぞれが独立しているようで、しかし長い廊下でつながっている。独立と連携、これが千万家のミソだ。その特徴が目に見えるよになってきた。工事が少し遅れ5月中旬頃になりそう。
住宅はどのように建っていくのか、観察報告をつづけてきた千万家が、いよいよ今月下旬に完成する見通しになった。連休明け時点で9分どうり出来上がった。そこで建築主の片平さんに了解をいただき28日に本誌主催の「千万家完成記念見学会」を開く。当初の建築予算1000万円を具現化した形状のユニーさに目を奪われがちだが、この家のキーポイントは完結しないという点にもある。「0」をさらに足して可能性を秘めているからだ。それはまた、現代の個の過剰にも対応している。
 家族が年月に応じ変化すにのに呼吸するよに家も変わる。家族のかたちに”出来上り”がないように、家がいつまでも完結せず初初しければ素敵なことだ。
建築の経過を連載で報告してきた千万家の見学会(本誌主催)が5月28日行われた。
 福島市岡部の千万家は、昨年の着工から約半年を経て、出来あがった。こつとも”完結しない家”がもう一つのキャッチフレーズでもあり、これからの住み方によって家の性格がさらに変化していくことを予感させられる。
 本誌主催の見学会は28日10時からはじまり夕刻まで、家族連れや夫婦が三々五々訪れた。
設計者の佐藤敏宏さんが数回のスライドをつかって、設計のねらいを解説、来訪者と住まいをめぐっての興味深い会話が生まれた。
 アンケートの結果をみると、千万家は「面白い家」「楽しい家」という印象が強かったようで、「自由な発想が生まれる家ですね」「アイディアいっぱいのおもちゃ箱のような家」使い方しだいで楽しく住める家」などの声があつた。
2000年2月13日
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