佐藤敏宏
松川昌平さん初建築 in砺波 体験記
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砺波市へ 外観 内観 インタビュー 感想
まとまりのない感想
建築という事象を一塊にし眺めると不純な塊だ。単純にし記すことは多重にも間違を犯すことである。 建築を文学のような行為の結果うまれる出来事であるかのように構築し その上に 逸脱背理をもくろみ建築化し続けている者にとって・・また高度情報化社会にあって「私」という定義が揺らぎ拡張しつづけている最中でもあり 「
コンピュータと建築」をテーマ掲げスタートした作家の作品を 私には語る資格があると 思えない。
建築という言葉が築き上げた歴史や精度から 松川作品は脱出を試みている。 そのことによって松川自身は傷つき成長するだろう。 同時にそのことは建築を強化する行為であるから 建築に在る者にとって 大いに歓迎すべき挑戦だ。
羅列 します
● 唐突にモノが置いてあるような異物。座りの悪さがあることで
初建築は成功している。
●作品を建築として見れば内部の
街を体験するかのようなコラージュ誘発する計画は評価できます
●建築は 物としての精度を上げることで
建築家の意図を越え 物の集合自体自身が主張しだす。
●敷地が積み重ねて 「ある」 潜在的時空を発見すること
★そのうえで「物」と「ある」 反目・協調・するのがいい。
★ 作品の精度を上げる 地を「きく」ことで 二つの行為に互いに
よさげな関係が芽吹く 。 「精度を上げる」「きく」をそれぞれ行う。
●in砺波 松川作品は 周囲地力との関係で生まれる共振力が弱い。そう感じるのは 地に「きく」を行為 理解するための時間が無かったからだろう。 その土地の情報採取にも力を注ぐともっとイイ作品に仕上がるだろう
● 初建築は 多くの出会いや 対話の困難と混乱、建築家内の欲望の矛盾力が混じり合い 生み出され そのまま定着されてしまう。 聞き手にとっては 手法が完成した建築家が社会に提示する 整った建築よりも 興味深い。皆で共有可能な芽が沢山あるから、すすんでインタビューにでかける。
●建築家の行為の結果として出来た物の集合=初建築と書いているが、インタビューによると建築を脱してしまうかのような事態を 松川は目指している。 それを 建築と言わず なんと表現するのかだ。 共有可能な言葉で 作品総体に名付けることは松川自身の責任で そのことで 共有化は促進されるだろう。
まとめ
作品(初建築)を手に入れた松川の中には、今5つの作品が融合し新しい作品が芽吹きはじめていることだろう。5つの作品とは
1)PC内にある仮定に従った純粋・絶対作品。
2)対話の中から提示された(リアルな条件を与える)ことによって変形したPC内の順・純粋・絶対作品。
3)作家の内部にだけに残されている順・純粋・絶対・作品と竣工作品が共振することでつくり出されるはずのキメイラ。
4) リアルな場で完成した瞬間の作品。
5) 最後にその場で時経変化し続ける作品。
松川の内にある5つの作品のなかには 新芽や退化する尻尾がある。 次なるテーマとの融合によって捨て去られたり 力強く芽吹いたりし、作品化するはずだ。 新しい事態の出現を楽しみに待ち、次作を体験することで「
コンピュタートと建築」が目指す事態が生み出す 「新しい作品」の方向と社会性を確認したい。
その上で 「
建築はインターフェースの集積だ」とする 仮説の可能性を 確認することにしたい。
余韻
砺波市の初建築の 現場から戻って 深夜バスの出発時間まで 金沢駅構内のレストランで呑みながら長い時間 話した。 「次作ができましたら連絡します」という松川昌平さんの言葉は 金沢駅を 微かに振動させ続けている
以上で 松川昌平さん 初建築in砺波体験記は 終わりです。お付き合いいただきありがとうございました。 感想や 松川さんにエールなどありましたら
メールなどで お寄せいただければ幸いです。頂きました内容は 追加頁を設けまして公開し感謝の意とさせていただきます。 佐藤敏宏