テレビで外国映画を見ていたお年寄りが、感心したように『近頃の外国の俳優さんは、日本語がうまいねエ」…。これは洋画の吹き替えの話題でよく言われるジョークだけれど、本当にありそうな話しだと思う。
外国映画やアニメなどで、他人の芝居に合わせて声だけ録音することを、業界用語で「アテレコ」と言う。僕も映画「燃える平原児」のエルビス・プレスリー以来、ずいぶんいろいろなスターの声をアテてきた。
2時間の洋画だと10時間くらいで録音できる。たいてい20分くらいのロールに分割してテストと本番を繰り返していくのだが、以前はせりふを間違えたり、ろれつが回らなかったりすると、そのロールの最初から全部やり直さなければならなかった。
とにかくNGを出さないことが鉄則で、残り5分くらいになってくるとスタジオ中に緊張感がみなぎった。そんなときにかぎって、のどがむずがゆくなり咳が出そうになって、こらえるのに必死の思いをする。
最近は録音技術が進歩し、せりふをトチッても、その部分だけやり直せるから、NGを怖がらずに思い切って演じられるようになった。
「ロッキー」をはじめ、スタローンの作品は主人公がパニック状態に追い込まれ、わめき散らすシーンが多い。せりふを合わせることばかりにこだわっていたら、とてもあの独特のニュアンスは出せない。
アテレコはあくまでも俳優のイメージに合わせることが大事。声の質もなるべく近づけたいと思っている。
スタローンの声をやるときは、数日前から酒を飲んで騒いだりして、のどが荒れた状態にしておく。そうすると朝からガリッとのどに引っかかった野太い声が出るようになる。
ただその声で1日中、ほえまくってのアテレコだから、翌日はとても声は使い物にならない。のどは「ロッキー」のラストシーンのように、グロッキーになっている。
2001・8
《共同通信から全国に配信された原稿》
(写真)初めての「ロッキー」の吹き替えは「5」のビデオだった。当時はテレビ朝日「スーパーマン」の
イメージが強かった為らしい。スタローンは「勝利への脱出」が最初。