木曽川導流堤 (松陰地先)

 明治の木曽三川分流工事において、河口部で川の流れが弱まり、土砂が堆積するのを防ぎ水深を維持するためにオランダ人技師ヨハニス・デレーケの指導のもとに建設された。同じものが揖斐川河口部にも設けられている。

 木曽川導流提は、明治23年(1890)10月に竣工した。全長は4,680m、うち1820mは土堤、残り2,860mは石提となっていた。
土堤は新河道掘削の際の浚渫土砂や撤廃する旧堤の土砂で築造された。石堤の材料である石材は調達が困難だったため、一時コンクリート塊を使うことが検討されたが、最終的には石材で構築されることになった。

 竣工時の土堤部分は、川裏が松蔭新田として再墾され陸地となったため河川堤防に改築し、現在は、石堤部分のみが導流堤としてその機能を果たしている。

その後、広域的な地盤沈下により機能が減少したため、昭和50年代にコンクリートブロックを上置して機能を維持している。

石堤の中程には船の航行のために五間切れという開口部が設けられている。

 この導流堤は揖斐川導流堤とともに平成17年度の土木学会選奨土木遺産に認定された。

        五間切れ
開口部が5間あるのでこう呼ばれている。
向こうが木曽川
五間切れから伊勢湾岸道木曽川大橋を望む