山幸彦に出会った!(にっぽん丸屋久島〜日向クルーズ)2005年6月11日〜16日
 


二重の虹橋がかかった横浜港・龍神様の祝福〜♪ 

快晴の屋久島(宮の浦港)

6月11日に気象庁から入梅宣言が発表されたのと出航日がピッタリ重なったので、今回ばかりは雨に遭うかも? それでなくても一年に366日雨が降ると言われる屋久島なので、雨具一式と傘をスーツケースに詰め込んで覚悟して出発したというのに〜〜〜。嬉しいことに雲ひとつ無い青空の中わがにっぽん丸は屋久島・宮の浦入港♪〜、

こんなに雲ひとつなくてくっきりと山が見える屋久島はほんとうに珍しいとのこと。そういえば出航時に出たあの大きな二重の虹はどうやら屋久島の神さまがはるばるお出迎えしてくれたのかも?

とにかく少し暑いぐらいの快晴の中、屋久島生れの仙人、Jさんの案内で、船の仲間の計12人が車3台に分乗し、屋久島をぐるりと巡ることとなった。(合計1012人)

時間はちょうど朝の9時。まず一番は神社へGO!



 
益救(ヤク)神社・式内社
境内にペトログラフ石(盃状石)発見


ということで一番初めに案内してもらったのが屋久島で一番古いとされる益救(ヤク)神社。ヤク、と教えてもらわないと絶対に読めない漢字。御祭神、ヒコホホデミの神さまに一同ご挨拶。

鳥居の左右に大きなソテツと松が並んでいる風変わりな神社。南国、屋久島ならではの光景? しかし南国で見る神社の雰囲気とも違うし、もちろん本土の神社とも違う。ちょっと妙な取り合わせが不思議な雰囲気をかもし出している。

神社は宮の浦港のすぐ近くにあるにもかかわらず、境内には神さま以外誰もいない様子。わーい、神さま独り占め、いや12人じめ。

御祭神のヒコホホデミは古事記の海幸・山幸に出てくる山幸彦のこと。案内の看板にはお母さんの木の花咲くや姫、おじいさんの大山積、竜宮への道を教えた塩つちの翁、お嫁さんの豊玉姫、その妹の玉依り姫(ヒコホホデミと豊玉姫の子ども・ウガヤフキアエズのお嫁さん)が祀られていると書かれていた。

屋久島に来る観光客は皆縄文杉目当てなのでこの看板を見ても何のことかさっぱり判からないだろうなぁ。日本の神話『古事記』読んでくださいね。知っていると、このみんなの関係が判って、情景がよく想像できて楽しくなりますよっと。

世界遺産になって年間ウン十万人の観光客が押しかける屋久島の神さまが、古事記に登場する山幸彦だってことをもっともっと皆さん知ってくださいね。八百万の神々が泣いてますよ。益救神社にもお参りに来てね。




屋久杉ランド

お参りも終わったことだし次は、屋久島に来た観光客がほとんどが訪れるという屋久杉ランドへむかった。屋久杉ランドの屋根には環境を考えてソーラー発電が設置されていました。(写真上の左)

イワクラファンならめっちゃ気になる「天柱石」(写真上の二点)高さは40mもあるそうです。太忠岳の山頂には豆腐を切ったような岩やイワクラがゴロゴロ。行ってみたいなぁ〜。


にっぽん丸の停泊時間は朝8時〜夕方7時までなので、今回は片道5時間もかかる縄文杉や天柱石まではとても行けません。

しかしここ屋久杉ランドはそんな人のためにと、30分コース、60分コース、150分コースなどといろいろなコースをたどりながらいろんな屋久杉を見ることが出来るようになってます。なんとありがたいことか。

右の写真は、樹齢3000年の紀元杉です。

おおっー、と思わず見上げてしまうほどの迫力。ごつごつした体躯には20数種もの木が宿っているらしいです。世界遺産に登録された熊野の森の中でもこのような杉は無いでしょう。すばらしいの一言。

さて300円払って屋久杉ランドの森の中へ。ここでは木を傷つけないために、歩くところは全部板が敷かれていてその道をたどりながら森を散策します。

樹齢1000年クラスの杉がいたるところに林立、昔に切った大きな杉の切り株や、切り倒したまま放置されている杉がいたるところにゴロゴロしていました。そんな倒れた木から次の新しい命の芽が出ているのを見ることが出来ます。

谷に掛かっていた清涼橋を渡らずに、川に下りてみんなで靴を脱いで川を渡っているところ。水がとても冷たくて最高! 屋久島の川は水量が多く、急流が多いので微生物がすべて流されてしまって、そのために水が澄んでいても魚は住めないそうですよ。人間も同じかな? 適度に濁っていないと、余りにも純粋すぎると住みにくいかもね?

私の後ろにいるオーラの強い人は同じにっぽん丸の屋久島〜日向クルーズのメインショーで妖精の歌声を聞かせてくださった歌手の「ミネハハ」さん。

彼女はこの屋久杉ランドの中で森の精に感応して素敵な歌を聞かせてくれました。観客は木と水と屋久島の自然と数名の私たちだけ、とても贅沢なコンサートでした。
ラッキーです。



若くてハンサムな屋久鹿が会いに来てくれました

Jさんの話によると、古代人にとって一番大切なのは食べ物のことで、人々(海洋民たち)は島の名前にそこで執れる獲物の名前を付けたようです。

沖のエラブ島というのはウミヘビが捕れる島(エラブウミヘビ)。種が島は文字通り平らでペタンとした農耕に適した島なので、種の取れる島の意味。では、屋久島はというと、古代は鹿のことをヤクと呼んでいたのではないかと推論しているようです。

ヤク島=鹿の島。それほど屋久島には鹿が多いのです。この日も私たちの目の前に若くてつやつやした一匹のオス鹿が現われてくれました。古代人なら「美味しそう!!」と思ったことでしょうね。


千尋の滝と八尋ワニ

映画監督の宮崎駿さんは屋久島をモデルにたくさんのアニメ作品を描かれています。「千と千尋の神隠し」の主人公の名前の元になったとも言われているのがこの千尋・ちひろの滝です。古代の大きさを表す単位で一尋(ひとひろ)は両手を広げた大きさです。つまり千尋とは人が千回両手を広げたほど幅が広いということ。

古事記の神話に登場する山幸彦(屋久島の御祭神ヒコホホデミのこと)の奥さんは龍宮城のお姫様(豊玉姫)だったのですが、子どもを産むときに本当の姿に戻って産むので決して私の出産する姿を見ないでくださいと頼んで産屋に入りました。

ところが山幸彦は姫の陣痛が余りにも苦しそうなので、心配になってつい産屋を覗いてしまいます。するとなんと姫は八尋もあるワニサメの姿になって子どもを産んでいたのです

びっくりした山幸彦がおもわず腰を抜かしてしまったので、姫は姿をみられたことをたいそう恥じて、生まれたばかりの子どもを浜べに置いて海の道をふさいで竜宮に帰ってしまった。というのが海幸・山幸のハイライトです。

豊玉姫は八回両手を広げたほどの大きさのワニサメだった、というこは約14メートルはあったのでしょうか?。これにはさすがの山幸もびっくりしたことでしょうね。

それにしてももし、姫がこのとき海の道を閉じていなければ、世界遺産の屋久島ツアーとセットで竜宮城ツアーなんてのも大人気になったかも? タイやヒラメの舞踊りを見て、お土産に玉手箱付き!!! ただし開けるとたちまち老化現象が!!!!!

牛床詣所(うしどこもいしょ)

さて締めくくりはやっぱり神社。

島の人の本当の祈りの場所を案内してよ、といって案内してくださったところがここ。

島にはかつてこのような祈り場がたくさんあったそうですが、いまではここだけになってしまったとのことです。屋久島でも昔は山には女性は入れなかったので山の神にお参りする男たちを女性たちが祈りながら待っていたのが詣所(もいしょ)だということです。

それにしても牛床というのはなにか変な名前だと思ったのですが、。牛というのは方角を表していて、床というのはその場所を指す。つまりここは屋久島の北北西にあるのではということが帰ってからひらめきました。晴明さんに地図を調べてもらったらやっぱりそうでした。

この場所はいまでもちゃんと村の人たちに守られているようです。この詣所(もいしょ)で手を合わせてはじめて屋久島の山幸彦さまに出会えたなぁ〜という感じがしました。



海亀のオスとメスの誕生の秘密!

海がめの産卵場。
帰船まで少し時間があったので、宮の浦港のすぐ近くの砂浜に海がめの産卵場所に案内してもらいました。まるで大型ブルドーザーが砂浜を走ったような足跡が海から続いていました。

この終着地点が産卵場所だと思ったら大間違いだそうですよ。海がめは頭が良いので、産卵場所をごまかすためにバックをしてこのどこかに卵を産むのだそうです。

深い場所に産みつけられた卵はオスに、浅いところはメスに、雌雄は温度の関係で決まるらしいとのことですが本当でしょうか?。海がめの世界でもオスはメスより地中深い場所で育まれて地上に出てくるのにメスより苦労するようですよ。

古事記の中でも大国様は成人するまでいろいろ苦労したり、奥さんをもらうのに試練を課されたりしますね。カメさんたちも生まれて海に帰ってからもいろいろ大変な苦労があることでしょう。砂の中の赤ちゃんたち、みんながんばって生まれてね。そして大きくなって帰ってきてくださいね。


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