神の波動を感じて生きるC
アシリ・レラ/月間波動 2003/3月号
文・構成 宮崎みどり

すべては神のもの
人間のものは何も無い

アシリ・レラさんはアイヌの聖地、北海道日高地方の二風谷で生まれ育った。日高地方は北海道の中でもアイヌの人たちが一番多く居住する地区である。中でも沙流川添いの二風谷はアイヌの人口密度が最も高く、知恵の神オキクルミが降り立ち自然と共生しながら生活する叡智をアイヌたちに伝えた場としてユーカラの中に歌われている。

現在レラさんは、さまざまな事情で孤児となった子どもたちを手元に引き取り、アイヌの言葉や文化を学ぶアイヌ語学校を主宰しながら、魂の語り「カムイユーカラ」をチセ(茅葺の家)の中で語り聞かせている。また、実子・養子を含め10人以上の子や孫に囲まれて暮す肝っ玉母さんでもある。

カムイユーカラとは何ですか
カムイとはアイヌ語で神、生きとし生けるものすべてに存在する「たましい」のこと、ユーカラは、節をつけてうたう言葉「美しい叙事詩」の意味です。

アイヌの人々は文字を必要とせず、大切なことはすべて口伝えで伝承しました。ユーカラは文字を持たないアイヌたちが、民族の歴史や叡智を子や孫に語り聞かせるための伝承文学なのです。ユーカラには人として生きるための知恵、教訓、人間のあるべき姿などがうたわれています。

そして、必ずその母体にはカムイへの信仰心が流れているのです。ユーカラの節やリズムは決して文字では書き表せません。民族の生きた魂は文字ではなく言葉によって人から人へと語り継がれていくのではないでしょうか。全世界の原始共同体の民族は文字を持ちません。文字を持たないということがどれほどすばらしいことであるかということが最近ようやく評価され始めたようでうれしく思います。

レラさんが生まれた時の不思議なお話をしてください
母の陣痛の最中に激しい雷鳴が轟き始め、父の炭焼きの窯に雷が落ちるのと同時に私が生まれたそうです。アイヌの教えでは、雷と一緒に生まれた子は雷神(女神・カンナカムイ)が産んだ子だと言われています。そこで両親は生まれたばかりの私を一度家の外に捨て、雷神の子として神窓(天窓)から家の中に迎える儀式をしました。

両親は、この子はエネルギーが強いから悪い方向に使ったら大変なことになると心配し「人間(アイヌ)にとって何が最も大切で正しいことであるか」を徹底して厳しく教え込みました。父はたびたび私を山に連れ出し、薬草や毒草、食草の見分け方、山菜や木の実のことを教えてくれました。母はそれらの保存方法や料理の仕方、薬草の煎じ方、桜やこぶし、桃の木の枝を水に漬けておくと毒素を吸い取って浄化してくれること。また、本来は男の仕事であるチセ(かやぶきの竪穴式の家)の作り方まで父から習いました。

こうしてアイヌ(人間)として生きてゆく方法のすべてを周りの大人たちから学びました。私の中でアイヌとしての考え方が身についたのはこうした両親のおかげといえます。

アイヌの叡智について少しお聞かせください
アイヌという言葉には「人間」という意味があります。私たちは、カムイ以外のすべてのものは平等であり、強いもの、弱いもの、金持ちも貧乏人もない共同体の中で暮してきました。それが「アイヌ・ネヌアン・アイヌ」(人間らしい人間)として生きることだと両親から教わりました。

ところが人間が自然を支配するようになってからは私利私欲で川を汚し、木を切り、命すらお金で計算し始め、生きる意味さえ見失ってしまいました。多くの親たちは教育費を稼ぐために時間の奴隷になって必死で働き、子どもたちに「最も大切なこと」を伝えられないまま死んでいきます。

私たちは地球上のすべての生命が神の大地に生かされていることを知っています。アイヌの教えには国家という意識はありません。だから大地を所有したり、汚したりすることを固く禁じてきました。動物も植物も人間と同じ魂をもつ存在であり、ともに生きる兄弟(ウタリ)として互いに尊重してきたのです。特に子どもは「神から授かった無垢な存在」であると考え、大切に育てました。子どもたちは小さい頃から野山で自由に遊び、自分たちが自然の中で生かされていることを実感しながら命の大切さを体で学んできたのです。

二風谷は聖地だと伺いましたが…
日高地方は北海道の中でもアイヌの人たちが一番多く住んでいるところです。沙流川流域では昔は毎年、鮭が溢れるように昇ってきて川が銀色に光り輝いていたということです。少し山に入れば春には山菜、秋は栗やブドウ、コクワの実、マツタケなどがふんだんに収穫できました。熊笹や黄檗(オウバク)、さるなし(マタタビ)などの薬草の宝庫でもありました。私たちアイヌはこの二風谷の自然を聖地として昔から大切に守り育ててきたのです。

1997年、その二風谷にダムが建設されてしまいました。私はそれを黙って見過ごすことができずに反対運動のために立ち上がったのです。最初の頃は同じアイヌの人々からも過激派などというレッテルを貼られ嫌がらせも受けました。川は人間で言えば血管です。それをせき止めればどうなるか言わなくても判るはずです。しかし今では、みんな私の言うことが正しかったと判ってくれて、ダムの水門を開ける運動に参加してくれています。しかし、もう二度とあの美しかった自然を取り戻すことはできないのです。

レラさんの、子どもの頃のお話を少ししてください
小さい頃、私もアイヌの子としてさんざん嫌がらせやいじめに会い悔しい思いや哀しい経験をしてきました。しかし過去に起こった醜い争いや悲しい出来事は水に流し、アイヌがアイヌであることを嫌がらなければならないような時代は、もう私の時代で終わりにしなければならないと考えています。

その昔、北海道は自然と共存して生きる人間・アイヌたちの自由の天地でした。この大地は誰のものでもない、お互いがお互いを育みあいながら共生している共同体社会(ウレシパモシリ)なのです。ユーカラには、この地球に生きているものすべては兄弟なのだとうたわれています。すべての人が欲を捨てて本当の人間・アイヌになれば、地球上から争いごとは無くなるはずです。

アイヌの人々の祈りについて教えてください
アイヌの祈りのことを「カムイノミ」と呼びます。カムイノミの時には、まずイナウという祭壇が作られます。イナウは上部を削って飾りをつけた柳の木で作られています。柳の木はとても生命力が強いので、祈りが終わってそのまま大地に刺しておくと、やがてそのイナウから新芽が出て、また森が豊かになるのです。そのイナウを大地に突き刺して天と地が平安でありますようにとか、雨を降らせてくださいとか神に祈るのです。

しかし、時には神に向かって「貴方の子どもである私たちがこんなに苦しんでいるのに、神さま!どうしてこのようなことをなさるのですか! もっとしっかり守ってくれないなら、私たちも神さまをお祭りすることを止めますよ! と抗議するカムイチャランケ(神との話し合)いということも行われます。

私はユーカラを語る前にいつもこのように祈ります「私のことばをください。この人たちに生きてゆく知恵をください。私の言葉と体を借りて、ここに居る一人ひとりに必要な知恵を語らせてください」

カムイユーカラは心を鎮め、神(カムイ)の波動とつながって始めて語ることができるのです。

これからもこの地球で生きとし生けるものすべての「いのち」のために祈り、ユーカラを語り続けたいと思っています。
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