自動車は航空機の末裔

第二時世界大戦での戦車と現代の自動車はきわめて似ていると思う。ドイツは極端な性格を持つ戦車を作ったし、アメリカは性能は平凡な戦車を多数作った。イギリスは骨董品のような戦車を作った。残念ながら日本は金のかかる戦車よりも歩兵を重視したため、戦車の開発にはあまり熱心でなかった。ドイツは初期には軽戦車であるU号戦車、主力戦車であり、対戦車任務もできるV号戦車、V号戦車の支援を行うW号戦車があった。ポーランド、フランス戦で電撃戦の功労者はこれらの戦車であった。このころは戦車同士の戦いはあまりなく、むしろいかに歩兵を蹴散らすかを目標としていたため、初速度は遅いが殺傷能力の優れた榴弾(炸裂するとバラバラになってその破片で歩兵に損害を与える)を砲身の短い大砲から発射していた。一方、歩兵のほうは戦車を攻撃できる対戦車砲を持っていた。戦車の装甲をぶち抜くため37ミリと砲弾は小さいが砲身の長い大砲を持っていた。軽戦車には37ミリの対戦車砲を主砲とするものも多かった。3号戦車の主砲はF型までは37ミリであったが戦車の装甲も年々増加し、G型からは口径50ミリの主砲に変更された。W号戦車は75ミリの短砲身だったのがF型からは42口径という長砲身砲に変更された。これは明らかに戦車同士の戦いが増えたからでソ連のT−34中戦車の影響である。またパンタ−、ティーガ−というドイツの有名な戦車が登場するのも同時期である。ティーガ−は機動力には劣るが重装甲を施し、当時の世界のいかなる戦車の装甲をも貫くことのできる88ミリの56口径主砲を搭載していた。これは88ミリ高射砲を戦車用に改良したものである。速力の速い飛行機を撃墜するためには初速度も速くなければならない高射砲は絶好の対戦車砲でもあったのだ。パンターは機動力に優れ、88ミリ戦車砲に威力が同等の75ミリ長砲身砲を搭載し、装甲もティーガ−ほどではないが前面に至っては100ミリという強力なものであった。一方、アメリカの戦車は性能は平凡だが75ミリの戦車砲を装備していた。そのためドイツのティーガ−1輌にはM4シャーマン戦車3輌でやっと戦える程であった。しかしドイツ戦車には全く歯が立たなかったアメリカ戦車も日本軍には優位に戦った。日本は歩兵重視で対戦車砲も37ミリの九十四式速射砲を終戦まで使い続けた。戦車砲にいたっては大戦半ばにやっと57ミリの短砲身砲から初速度を速くした47ミリ戦車砲を載せ始めたほどである。そのためインパール作戦、フィリピン防衛戦などでは日本戦車は非常に苦戦する。硫黄島では戦車を地中に埋め、トーチカ代わりに使うほどだった。こうしてみるとドイツというのは極めて極端なことをする国である。今は世界の高級車を作っているダイムラーベンツは戦車を設計していたし、BMWは主力戦闘機Fw190のエンジン(BMW601)を製作していた。またトランスミッションメーカーとして有名なZF社(2001年モデル以降の3シリーズのAT車はトランスミッションはZF製、アルピナのATも全車ZF製)も戦車のトランスミッションを製作していた。極端という点ではE36318tiV84.4Lのエンジンを搭載した車両を作ったり、今秋発表される325tiなどであろう。日本車でいえばカローラクラスのボディにセルシオのV8を搭載した車両が市販されているのである。かなりのスピードが出るだろうがそれなりに補強をしないと大パワーに耐えられないはずであり、コストもかかるだろう。アメリカのキャディラックはどうだろうか。確かにサスペンションはふにゃふにゃで乗り心地がいいと思う人も多いようだが性能は二の次のようだ。タイヤはSR規格であった。これは適当なタイヤを履かせた、という感じであった。ハンドリングもパワステの油圧を極めて高くしているため日本車のようにくるくる回る。最小転回半径は最悪で6.4mと使いにくいことこの上ない。そもそも高級車はFRが多いのだがやはりスペースの取り方一つをとってみてもドイツは工夫に工夫をしているようだ。そりゃFFにすればスペースは稼げるがそれでは工夫したとはいえない。モデルチェンジにしてもそうだ。ドイツは少しでもいいとすぐに改良型をリリースしてしまう。そのためティーガ−戦車は厳密に型に分けることができない。初期生産型にも何種類かあり、極初生産型なんていうものもあるくらいだ。BMWもそうだ。2000年モデル後期からエンジンが変更になった。(6気筒のみ)トランスミッションもGM製からZF製に変更された。細かい部分はもっと変更になっているという。20015月からはM-sportのバンパーが変更となった。今秋からはマイナーチェンジを施したものが発表となった。車一つを取ってみてもその国の特徴が現れているから面白い。

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