「プロバイダー責任法」に関する覚書

T はじめに

 インターネット人口の増加に伴い、インターネットを利用した他人のプライバシーや名誉を侵害する情報の流通が問題とされている。また、インターネット上で権利者に無断で音楽を配信し、著作権を侵害する行為や雑誌やテレビでのタレントの写真・画像をホームページ上に掲載し、肖像権を侵害する行為も横行している。
 インターネットの誕生によって、個人が容易に情報を受信し、発信することが可能になった。このようなインターネット上の情報のやり取りのひとつの特徴として、個々のユーザーの匿名性が挙げられる。そのため、仮に違法行為を発見できたとしても、そもそも違法行為者の特定が困難である、という問題がある。
 その際に、他人のプライバシーや名誉、著作権を侵害する情報を発信した者のほか、こういった情報を仲介するインターネットサービスプロバイダー(以下、プロバイダー)に対して何らかの責任を負わせるべきではないか、という問題が、学説、関係省庁の間で議論されていた。例えば、文部省内(当時)の著作権審議会第1小委員会(現在、文化審議会著作権分科会)が、2000年12月にまとめた文書の中でも、プロバイダーの法的責任について検討課題に挙げていた。
 先頃、総務省は「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(以下、プロバイダー責任法)を国会に提出し、11月に成立を見た。そこで、ここではこの法律の内容について見ていき、若干の問題点について触れてみたい。

U プロバイダー責任法の内容

 この法律は、全部で4条から成り、大きく2つのポイントがある。ひとつは、プロバイダーの損害賠償責任に関するものと、もうひとつは権利を侵害する発信者の情報開示請求である。
 ここでは、著作権侵害行為を例として、法律の内容について見ていく。なお、以下では著作権者をX、プロバイダーをY、プロバイダーが設置管理するサーバーに侵害となる情報を保存した発信者をAとしている。

1 プロバイダーの損害賠償責任(第3条第1項)
(1)権利者に対する損害賠償責任(第3条第1項)
 Xに無断で著作物のファイルをアップロードした場合、Aは公衆送信可能化権の侵害によって損害賠償の責任を負うことになる。その際に、著作物がアップロードされたサーバーを設置管理するYは、どのような場合に損害賠償の責任を負うのかを第3条第1項では規定している。損害賠償の責任を負う要件として、@他の利用者がサーバーにアクセスできないように、Yが著作権を侵害するファイルを削除するなどの措置を講じることが可能なこと(第3条柱書)AYが設置管理するサーバーにのせられたファイルが著作権を侵害していることを知っている場合(第3条第1項1号)、または知らないとしても、知ることができると認められる相当な理由がある場合(第3条第1項2号)、を必要としている。なお、Y自身が、著作権を侵害する情報の発信者となっている場合には、適用されない(第3条第1項柱書但書)。この場合には、Y自身が、情報の発信者として責任を負うことになるためである。
(2)情報の発信者からの損害賠償責任(第3条第2項)
 Yが、Aからのファイルを削除した場合、Aから損害賠償を請求される場合も考えられる。こういった場合のプロバイダーの責任を規定しているのが第2項である。Aからの損害賠償の責任を負わない場合の要件として、@情報の削除が必要な範囲で行われていることAYが設置管理するサーバーにのせられたファイルが著作権を侵害していると信じるのに相当な理由がある場合(第3条第2項1号)、またはYがXから著作権が侵害されている旨の通知を受けた後、ファイルを削除するかどうかAに照会し、Aが照会を受けてから7日以内にファイルの削除に同意するかどうかの申出がない場合(第3条第2項2号)、を挙げている。

2 情報発信者の情報開示請求
 Xは、Yに対して著作権侵害をしているAの情報の開示請求することができる(第4条第1項柱書)。この開示請求できるのは@Xの著作権が侵害されたことが明らかなこと(第4条第1項1号)AXがAに対して損害賠償請求するのに必要な場合か、そのほかAの情報の開示を受けるのに正当な理由がある場合(第4条第1項2号)、としている。情報開示請求を受けたYは、原則としてAに情報を開示していいか意見を求めなければならないが、Aと連絡が取れない場合や特段の事情がある場合は除かれる(第4条第2項)。もし、Aの情報を開示しなかった場合、Xに生じた損害はYに故意または重大な過失がなければ、損害賠償の責任を負わない(第4条第4項)。この損害賠償の責任制限は、Y自身が、著作権を侵害する情報の発信者となっている場合には、適用されない(第4条第4項但書)。

V 問題点

 ここでは、若干の問題点について思いつくままに述べてみたい。
 この法律では、プロバイダーの損害賠償責任を規定していることから、民法709条の不法行為責任との位置付けが問題となる。つまり、本来責任を負うべきプロバイダーについて責任を制限したものなのか、本来責任を負わないプロバイダーについて責任を拡張したものなのか、ということである。このことは、次の点において具体的な問題を生じるものと思われる。
 ひとつには、主張、立証責任の配分の問題である。一般的な不法行為理論からすると、加害者の故意または過失、損害の発生、侵害行為と損害との因果関係が必要であり、著作権者である原告が主張、立証責任を負うことになる。さらに、このプロバイダー責任法上の要件である、プロバイダーによる管理可能性および侵害行為の認識の主張、立証責任を原告である著作権者が負うのか、被告であるプロバイダーが負うのか、という点が問題となる。仮にこの法律は、本来責任を負うべきプロバイダーの責任を制限する趣旨であるならば、プロバイダーの側に管理可能性がないことおよび侵害行為の認識がなかったことを主張、立証しなければならないことになる。一方、本来責任を負わないプロバイダーについて責任を拡張したものであるとするなら、原告である著作権者が一般不法行為の要件を主張、立証する他に、プロバイダーに管理可能性があったことおよび侵害行為の認識があったことを主張、立証しなければならないことになる。
 もうひとつは、損害額の算定について規定する著作権法114条が適用されるのかどうか、という問題である。著作権法114条では、加害者側が受けて利益を損害の額と推定とし(著114条1項)、権利者が受けるべき額を損害の額とみなしている(著114条2項)。仮にこの法律は、本来責任を負うべきプロバイダーの責任を制限する趣旨であるならば、114条が適用され、侵害行為は実際の侵害者(U章の例でいえばA)との損害について共同不法行為責任を負うものと位置付けられ、不真正連帯債務として損害の額を負担することになろう。一方、本来責任を負わないプロバイダーについて責任を拡張したものであるとするなら、著作権法114条は適用されず、実際の侵害者によって生じた損害とは別個の損害についてプロバイダーは負担することになる。
 この法律の成立によって、プロバイダーの運営に大きな影響を与えることになろう。この法律は、侵害された権利者の保護や発信者のプライバシー、広くは情報の流通といったさまざまな観点を含むものである。今後、さまざまな学説、運用解釈の議論が展開されることが望まれる。

(2001年12月20日) 

 

〔関係資料〕

著作権審議会第一小委員会まとめ
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/index.htm
毎日新聞2001年10月29日
プロバイダー責任法案の全文
http://www.mainichi.co.jp/digital/zenbun/provider-sekinin/index.html
毎日新聞2001年11月20日
プロバイダー責任法案/衆議院総務委可決、22日成立へ
http://www.mainichi.co.jp/digital/internet/200111/20/

 

 

 

 

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