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進士かおり(TOSS中学/三重アイリス)
2003年12月の向山型社会セミナーでの向山洋一氏の話をもとに授業化。
勇 眞氏が先行実践として向山氏の話をもとに授業化している。その追試である。
プロジェクターで土器の破片を提示する
発問1 土器のかけらです。これは何土器と呼ばれますか。ノートに書いてご覧なさい。
縄文土器である。
説明1 実はこれはエクアドルで発見されました。調査の結果、この土器は日本の
縄文土器と作り方や模様がとてもよく似ていることがわかったのです。
縄文土器とエクアドルのバルディビア遺跡で見つかった土器を並べて比較する。
指示1 エクアドルはどこにありますか。地図に指をのせてごらんなさい。
のせたらお隣と確認をします。
世界地図を使用する。エクアドルの位置をスクリーンで示す。
指示2 スクリーンで確認をします。エクアドルはここです。赤で○を書きます。
指示3 日本はここにあります。同じように○をつけます。
日本の位置もスクリーンで示し、地図に書き込ませる。
発問2 日本からエクアドルは約15000q離れています。なぜエクアドルで縄文土器が
見つかったのでしょうか。思いつくことを1つノートに書いてご覧なさい。
・日本人がエクアドルに縄文土器を持って行ったから。
・日本からエクアドルまで直接伝わったのではなく、国から国へと伝えられたから。
・日本とエクアドルとの貿易で土器が伝わったから。
・日本人がエクアドルに行って、作り方を教えたから。
・土器が日本からエクアドルに流されていったから。
説明2 10年前、さらにあることがわかりました。愛知がんセンターの田島和雄氏に
よるとエクアドルを含む南米のインディオのもつウイルスや遺伝子が日本の
太平洋側に住む人たちと同じ型だったのです。これは日本人とエクアドルの人
たちに強いつながりがあることを示しています。日本人がエクアドルまで移動
したことが考えられるのです。
発問3 日本からエクアドルまでの道は、現在2つの説が考えられています。
1つは氷河期に ベーリング海峡を歩いて渡った。もう1つは太平洋
を船で渡ったというものです。 陸地を歩いていったのか、海を船で渡って
いったのか、どちらだと思いますか。(挙手させる)
スクリーンで2つのルートを提示する。
説明3 これまでの多くの研究者は陸地を歩いていったと考えました。しかし現在、
海を渡っていったのだという説が注目されるようになりました。
陸地を歩いていったのではないという根拠が見つかったからです。
発問4 その根拠とは何でしょうか。予想してノートに書いてご覧なさい。
説明4 それは寄生虫です。約3500年前の南米のインディオのミイラからある寄生虫
の卵が発見されたのです。その寄生虫はアジアに多く存在し、寒さにとても弱
のです。大変寒いベーリング海峡を歩いて渡っている間に寄生虫は死んでいる
ずなのです。けれど南米では、この寄生虫の卵がたくさん発見されています。
このことから日本人が黒潮にのって船でエクアドルに来たという説が注目され
ようになりました。
縄文時代の船で太平洋を渡れるのか、実際に実験をした人もいます。
縄文時代と同じ手こぎの丸木船で太平洋を51日間で横断したのです。
私たちの祖先は遠い昔、広い太平洋を渡っていったのではないかということです。
今日の授業の感想を書きなさい。
《先行実践》
著者名:勇 眞,インターネットランド.1143046
参考文献 『海の古代史』吉田武彦著 (原書房)
『コロンブスが持ち帰った病気―海を越えるウイルス、細菌、寄生虫』
ロバート・S・デソウィッツ著 (
翔泳社)
『海を渡った縄文人』橋口尚武編著 (小学館)