★「表示」→「文字サイズ」→「」でご覧くださると制作者の デザインと一致します。

石田黙の描いた女

ミステリー作家折原一著「黙の部屋」(株・文芸春秋)の中に、石田黙 の油彩画が30点余り載っていて、そのうちの10点ほどに人物が描かれ ている。人物画はあまり見た記憶がない。これらは1970年代前半の 数年間に描かれているが、丁度バブル経済と呼ばれる時期で、絵の モチーフにも画商の注文があったことが察せられる。

裸で腕組みして立つ女(星座)は大腿部が腰よりも太く、実際の人間 よりも重心がぐっと低い。膝から腰までの間は画家の好んで描いた 卵型になっている。肌は岩石のようにごつごつしていて、身体のそ こここに矢の的のような同心円やモワレ模様が描き込まれている。 頭部は30頭身!ほどに小さい。目の部分は影になっていて表情は 分からない。画家はこの女を、一つの静物として描いたかのように も思える。…(1)

太いローソクを握って石に腰掛けた裸女(炎)も大腿部が太く大きく、 頭部は夏みかんほどに極端に小さい。両手両脚の曲げ角度で、がっ しりした構図にまとめている。脚部に同心円模様は少し見えるが、 「星座」の人物と違って肌の下に血が流れているのが透けて見える。 これも眼は黒い影に隠れて感情は分からないが、倦怠を感じさせる 姿勢と、太いローソクの暗示するものに心理的な興味を持つ向きも あるかもしれないが、私には小さい頭が気になる。…(2)

「伝説U」もスケッチは黒塗りを省略したが実物は背景は黒。全体が 怪奇的な設定になっていて、ここにいる4人は人間と同じ四肢を持つ が人間の姿に近い別の生き物のように思える。首が長く、その上に 載った頭は極端に小さく、図版が小さくてよく分からないが不気味 な顔だ。大きい二人は髪の長さで男と女とすれば夫婦か。正面を向 いて椅子に腰掛けた二人はそれぞれ子どもを抱えていて、女の脚が わずかながら男と反対の方向を向いているのが女の心理状態を反映 表しているような…。それに2人の子の頭はつるっとした白い卵に なっていて、もちろん毛髪はない。…(3)

本には制作年が記されていないが、「浅い夢」と題された、白い薄 衣をまとって仰向けに横たわるF10号の美しい女性像は、デフォルメ されていないことから、早い時期の作と私は推測する。しかし目は閉 じられ、顔の上には腕が載っていて鼻も唇も見えない。…(4)
右の「夜光時計」の裸女は顔の部分には、テレビ放送でのモザイクの ように沢山の水玉模様で隠されている。…(5)

(4)(5)なぜ顔を隠す?/(1)〜(3)なぜ顔が極端に小さいのか?

▼折原一著「黙の部屋」より、石田黙作品をスケッチ/加藤義郎

(1)▲星座(F6)

(2)▲炎(F10)

(3)▲伝説U(F20)
(4)省略

(5)▲夜光時計(F15)

画家が女の顔を隠す理由はなんだろう。彫刻には「トルソー」という胴体だけの表現があり、 頭が無いことによってかえって肉体の美が強調され、観る方にとっても、顔の表情に惑わされ ることなく作品の意図を鑑賞できる。しかし絵画では、生きている人間に頭が付いていないな どという妙なものは認められない。顔を隠そうとした理由はさて置き、彼女自身の腕で、ある いはモザイクで隠すのは邪道とは言えない。

全裸で腕組みして立つ「星座」の女を、画家は壺か花瓶のように描いた(とも思える)とすると、 顔にはどんな感情を表すのが相応しいのか。無表情でも眼はものを言う。しかし顔を描かない わけにはいかない。それで頭部を極端に小さくしたのではないか。F6号でこの比率では、容貌 も表情もほとんど分からない。

過去に例が無いほど頭を小さく造形された人物像だが、「炎」では顔の輪郭、鼻も口もはっきり 描かれている。ただ眼だけが黒く影になっていて、感情は隠されている。石田黙の描いた女性像 から、彼が言葉に残していない「女性を、人間を、人生をどう思っていたか」などと想像するの も愉しいかも知れない。(2005.5.14.一部改定)