『ABCをこの場所で』




「僕は常々太一さんとセックスがしたいと思ってるんですが」

 ―――それは、よく晴れたある日の出来事。
 
「………」

 相談があるんですと持ちかけられたヤマトは、開口一番光子郎が切り出したセリフに、こんなところ(駅前の喫茶店。しかも屋外)までのこのこやってきてしまった自分を激しく悔やんだ。 
 愕然と固まってしまっているヤマトに、光子郎は「おや」と首を傾げる。
 まさかそれが自分の発言のせいだとは露ほども思わず、光子郎はとんとんと軽くテーブルを叩いてヤマトの覚醒を促す。
「ちょっとヤマトさん。目を開けたまま寝ないで下さいよ、鯉じゃないんですから」
 しょうがない人ですね、とこれっぽっちの優しさもなく紡がれたセリフに、ヤマトはようやくハッと我に返った。
「いや……わ、悪い。つい、ちょっと……その……人目が気になっちまって……」
 ていうか、こんな公衆の面前でいきなりセックスなんつう直接的な単語を吐くんじゃねえ。
 ヤマトのこめかみに刻まれた血管は、そんな彼の憤りを明らかに示していた。
 しかし光子郎はそんなことに気づいた様子もなく(彼の注意力や優しさ、その他人間的に優れた美点は、八神太一もしくは彼の両親、(稀にテントモン)の前でくらいしかアピールされない)「あんなに派手なバンド活動をしているわりには肝が小さいんですね」とぬけぬけと言ってのけ、ずずっとアイスティーをすすった。
(うわー……こいつ殺してぇ…)
 ヤマトはそんなプチ殺意を抱きつつ、冷静に冷静と呟きながらコーヒーを啜った。
「それでですね。……僕は常々太一さんの柔肌に吸い付いて色々してみたいなあと」
「あー!! もういいもういい! 具体的表現は避けろ! 人として、もっと婉曲な表現をしろ!」
 そして、また光子郎の口から紡ぎだされた爆弾発言を懸命に遮り……げっそりと疲れた様子で息を吐き出した。
「……で……、何なんだ結局? お前は……なんつーかその……俺に性生活の相談を持ちかけているわけか?」
 何が哀しくて、ホモの性相談に乗らなくてはならないのだろうかとヤマトは頭を抱えたくなる。
 光子郎は「まあ、概ねそういうことですね」と鷹揚に頷き、アイスティーを優雅にテーブルに戻した。
「そのような外見のヤマトさんだったら、性情報にも精通していることだろうと思いまして相談させていただきました」
「……そのような外見ってどういう……、……いや、いいや、話を続けよう」
 周囲の人々の視線も何だか気になるよう、とヤマトは内心密かに半泣きになった。
 ああ、早くこの場から逃げ出したい。その一身で、ヤマトは光子郎の傍若無人な態度にもあえて目を瞑った。
「……で? お前と太一はどこまで進んでるんだよ」
 ヤマトはまた一口(気持ちを落ち着かせるために)コーヒーを啜って、光子郎に訊ねる。
 ……八神太一と、泉光子郎。
 この二人がどうやら恋人関係とやらになったらしいと聞いたのは、確か数ヶ月前だったように思う。
 その話を聞いたときは、思わずその場にへたりこんでしまいそうなくらいに大ショックを受けたものだったが。
(まさかこうやって相談を受けた挙句、こんな質問をする羽目になるとは……)
 世の中は分からないものだと、ヤマトはうんざりして眉を寄せた。
「全くもって清らかな関係です」
 光子郎はあっさりと答を投げ返してきた。
 ……苦渋に満ちた様子で、きつく眉を寄せてはいたが。
「……はあ。…全くキヨラカな関係?」
 お前は一体どの時代の人間だ、と思いながら、ヤマトは光子郎のセリフをそのまま繰り返す。
「ええ、そうです。それこそCもBもAも皆無の関係です」
「……はあ…、ていうか今どきAだのBだのって……」
 ヤマトは光子郎の言い方に思わず苦笑してから……「は?」と眉を寄せた。
「……Aもまだ?」
「……ええ」
 断じて駄洒落ではない。
 ヤマトは(おいおいおい、マジかよこいつら…)と顔を引きつらせつつ。
「……お前ら、付き合い始めて何ヶ月だっけ…?」
 と訊ねてみる。
「……およそ3ヶ月ほどでしょうか」
 光子郎も苦渋に満ちた顔つきでそれに応じた。
「あー……3ヵ月……ねえ」
 その間、セックスなし、ペッティングなし、キスもなしとは。
「……清らかな関係だな」
 ヤマトはそれ以外に言葉を探すことが出来ず、眉を寄せた。
 その言葉に、だんっと光子郎は耐えかねたようにテーブルを叩く。
「ええ。……でも、……僕はもうこんな関係に耐えられない……!」
 ヤマトはそんな後輩の様子に、びくっと身体を戦かせた。
 やばい。またセックスだの柔肌だのと大声で連呼されたら、さすがに一般人としての世間体が危うい!
 そう判断したヤマトは、とにかく光子郎を宥めようと「そ、それならいいアイディアがあるぞ!」と光子郎を我に返らせるためにダンダンとテーブルを叩いてみせた。その音のせいでまたうっかり衆目を集めてしまったが、これはやむない犠牲と割り切ることとしよう。
「なあ、光子郎…お前、車の免許持ってたよな?」
「はあ。まあ、何とか」
 その曖昧な物言いがヤマトに小さな不安を感じさせたが……まあいい、と彼はその不安にも目を瞑ることにした。彼は鞄の中にいつも突っ込んでいる都内の地図を取り出して、テーブルの上に広げてみせる。
 さあ、早くこの場を切り上げて、家に帰ろう。今夜はタケルが遊びに来るって言ってたから、早くカレーライスの材料を買ってこなけりゃ。
「それならさ、ほら、ココのインター沿い。この辺に、結構安くて設備のいいホテルがあるらしいんだよ」
「…ホテル……?」
「あー、その…ほら、アレだよ……その…ファッションホテルというか」 
「……ふむ」
 光子郎はヤマトに受け取った地図をまじまじと見つめ、真剣な表情になる。
「まあ…いきなりホテルっていうのは早いから、もう少しじわじわ攻めた方がいいだろうけどさ。あいつも男なんだから、逆に分かりやすい態度に出てもいいかもしれないぜ」
 勿論、最初からラブホテルというのは、いくら男でも(いや男同士だからこそ)いきすぎだと思うが。
「……わかりました。相談に乗っていただき、ありがとうございます」
 それが分かっているのかどうかは不明だが……とにかく光子郎は何かに納得した様子で立ち上がり「あ、伝票持っていきますね」と今日初めての笑顔を見せた。
「あ、ああ、さんきゅ…」
 ヤマトはそんな晴れやかな様子の光子郎に、やはりどこか不穏なものを感じつつも……解放されるという事実が嬉しくてホッと一息ついた。
「お先に失礼しますね、今日は本当にありがとうございました」
 先ほどまでの傍若無人っぷりが嘘のような様子で、光子郎は意気揚々と立ち去っていく。
「分かりやすい態度……つまり勢いってことですね……」
 そんなことをブツブツと呟いているのが、不気味といえば不気味であったが。
「……」
 ヤマトは何となくその後姿を見つめ。
「……」
 何となく、青い空を見上げた。
(俺はもしかしたら、太一に対して恐ろしい裏切りをやってしまったんじゃないだろうか)
 そんなことを、ぼんやりと考えた。
(……まあでも、あいつら愛し合ってるらしいし。……大丈夫だろう……。……多分)
 そして、そんなこともぼんやりと考えて……。
「あ、すみません、コーヒーのお代わりお願いします」
 とりあえず、コーヒーを飲み直すことにした。


 ―――流れる着信メロディは、何故か津軽海峡冬景色。
 太一はつらつらと流れてきた渋いメロディに「お、光子郎だー」と携帯電話を手に取った。
「はい、もしもしー?」
 どうして人は電話をとるときに「もしもし」と言ってしまうのか。
 そんな唐突な疑問を胸に抱きながら出た電話だったが、やっぱり太一は普通にもしもしと言ってしまった。
『あ、太一さんですか。突然すみません、光子郎です』
「俺の携帯なんだから俺しか出ないし、着信音でもお前だって分かってるって。……で、何?」
 つい3ヵ月前に告白されてから、光子郎と太一は恋人という関係を保っている。
 滅茶苦茶死にそうな顔で告白されて、ああ絶対これ断ったコイツ死んじゃうという使命感から半ばオッケーしてしまった太一だったが、その3ヵ月光子郎を見つめなおすうちに「ああ、恋人同士って結構楽しいかも」と思えるようになってきた今日この頃だ。
『今週の土曜日はあいてますか?』
「ん? んー…ちょっと待てよ」
 太一は自室のカレンダーを確認し「あいてるぜー」と応じる。光子郎はその答に安堵したように「そうですか」と言った。
『でしたら…太一さん、その日に僕と出かけませんか? 車、出しますから』
「え、マジで? おう、行く行く〜! あ、じゃあ、その日俺んちまで車で迎えに来てくれよ」
 太一は、光子郎の提案にはしゃいだ様子で、ごろっとベッドに転がった。そして、そのままごろごろ寝っころがりながら、甘えた発言をする。
『……僕と太一さんのマンションって…それこそ、目と鼻の先じゃないですか?』
 光子郎の苦笑する気配に「いーじゃん」と太一は笑う。
「今日は一日エスコートしますよってお迎えにきてくれよ? がちゃってドア開けて、助手席に座ってさ〜。まさにデートの黄金パターンじゃん?」
 それがいささか少女漫画テイストすぎるパターンなのは、ついさっきまでヒカリから借りた漫画を読んでいたせいだろうか。
『………ッ…』
「……? どうかしたのか? 光子郎」
 電話の向こうからくぐもった雑音が聞こえてきた。
 うぐっとか、うっとか、とにかくそんなような呻き声だ。
『い、いえ、何でも……』
「ふーん? …あ、何時に行くんだ、それ?」
『えっと……そうですね、12時前後には到着するつもりなので…10時半には迎えに行きますよ。ですから、お弁当はちゃんと用意しておいてくださいね?』
「おう、分かった。んじゃ、日曜の10時半になー」
『はい、よろしくお願いします』
 じゃあなー、と軽く声をかけて、太一は電話をプチっと切った。
 光子郎が電話の向こうで太一の発言の愛らしさに悶えていることなど、無論知る由もない。
「日曜に車で遠出かあー」
 太一はうきうきと起き上がり、足を投げ出してにまーっと笑った。
「何処につれてってくれんのかなあ」
 ……その子どもじみた期待は、数日後ガラガラと見事に崩れ落ちることとなる。
 だが、このときの太一は勿論そんなことは知らずに……無邪気に約束のときが来るのを待ちわびていたのだった。

*     *     *     *      *

 準備は万全。
「ええーと、お弁当の用意は太一さんがまとめてしてきれてるっていうし……、ああ、僕幸せだなあ、おっと今はそうじゃなくて、よし、ガソリンオッケー、免許オッケー、地図オッケー、ゴムオッケー、潤滑オイルオッケーと……」
 そう。ある特定の事態に備えた準備は限りなくオッケーなのだ。
「さて……太一さんを迎えに行きましょうか」
 光子郎はふふふ、ととてもとても幸せそうに微笑んで、ぶるると車のエンジンを入れた。
 まだ高速に一人で(しかも無免許の人と一緒に)行くのは不安があったが、この際そこは愛の力でカバーするしかないだろう。
「もう……こんな目と鼻の先なのに迎えにきて♪≠ネんて、太一さんってばもうもうもう!」
 相当興奮気味である。
 光子郎は興奮のあまり、一人ガンガンとハンドルを拳で叩いていたが……、はっと時間に気づき、呼吸を整えて車を発車させる。
「太一さん……僕は……僕はやりますよ! 今日こそ、貴方との清らかな関係に終止符を打つために!」
 彼の脳内では、既に太一は裸に剥かれて色々とシミュレートされている。
 今日のこの日のために、ネットで色々と偏ったお勉強もしてきた。体位も研究してきた。
 まさに今ならテントモンを(暗黒)進化させる自信満々の、知りたがりの泉光子郎(19歳)である。
 彼はウッキウキ&ドッキドキの心境で、キキッと太一の住む棟の前で車を止めた。ちょっと勢い余って予定していた場所よりも先に行ってしまったが、そこはご愛嬌だ。
「よう、光子郎! 早いなー」
 車の音を聞きつけたのか、太一がタイミングよくマンションから出てきた。
 肩から提げたバッグは部活用のソレだが、本日は二人分の弁当が入っているはずだ。(それを考えると、光子郎はまたがんがんがんがんとハンドルを叩きそうになった)
「おはようございます、太一さん」
 光子郎は一瞬前の激しい動悸を押し隠して車から出ると「さあ、どうぞ」と車のドアを開けてみせた。
 太一はくすぐったそうに笑い「おっじゃまっしまーす」と呟きながら車に乗り込んだ。
(……さあ、あとはラブホテルに行ってラブを育むだけだ!!!)
 光子郎は胸中で高々と叫びながら、太一に続いて車に乗り込む。
「へへ、張り切って作りすぎちまった。ま、きっと腹減るだろうから平気だよな?」
 順調に車を発進させた光子郎の横で、太一が照れたような口調で話しかける。光子郎はその愛らしさにくらくらしながらも「ええ、余裕ですよ」と男らしく応じた。
(激しい運動の後は、お腹がすきますからね…)
 そんな本音を、微妙に押し隠しつつ。

 道のりは明るく、とても楽しかった。
 久しぶりに光子郎と二人きりで話せてはしゃぐ太一に、そんな太一が愛らしくて車線を相当間違えそうになっている光子郎。
 二人は些細な冗談に笑い合い、流れる景色に目を楽しませた。
 そして、そろそろ景色にも飽いてきたかなというタイミングで……ようやく目的地が見えてきたのだ。

「……アレ?」
 太一は、きょとんとした。
「なあ、何でこの道に入るんだ? 次に降りるトコは、まだ先じゃないのか?」
 訝しげに、不審な道に入っていく光子郎をきょときょとと見やる太一。
 光子郎はそんな太一ににっこりと笑いかける。
「平気ですよ。道は間違ってません」
 2+1は3なんですよというかの如き当たり前の口調で、光子郎は太一にそう告げた。
「……そうか? …何かさ……どんどんあやしい看板が増えてきてるっつーか……そんな気がするんだけど」
「そうですか?」
「………」
 太一は訝しげな表情で、首を傾げる。
 ……つい目的地を確認せずに光子郎と出かけてきてしまった太一だったが……ここに来て、彼は初めて不安を覚えつつあった。
 そう。通常、男だったら持たなくてもいいはずの不安。
 いわゆる、貞操の危機、というやつだ。
「……」
 太一はぼんやりと眉を寄せ、平然とした顔で運転している光子郎を見た。
(……いや、いくらなんでも)
 ようやく手をつないで歩けるような段階になった二人だ。
 まだまだ親密度は初心者レベルなはずの二人だ。
(………まさか、いくら何でもこのままホテルに直行ってことは……)
 太一は眉を寄せ、前を見て、回りを見て、また光子郎を見た。
 彼は相変わらず平然としたいつもの表情だ。……しかし、何故だかどんどんスピードが上がっていっている気がするのは……それこそ、気のせいなのだろうか?
「な、なあ光子郎……?」
 太一はもぞっと身じろぎをして、光子郎に問いただそうとした。だが、やはり狼狽していたせいか、腕がドアポケットにぶつかり、中のものを少し出してしまった。
「あ」
 太一は慌てて出てきてしまった袋を中にしまおうとしたが……、その袋を何となく見つめ、ぎくっと固まる。
 それは、明るい家族生活のための夜のお供。
 これさえあれば、避妊オッケー病気の予防もオッケーの優れもの。
(コッ、コンドーム!!!)
 太一の背後に、稲妻という名の亀裂が走った。
「なっ、なあ、光子郎!! コレって! コレってー!?」
 ちょっと勘弁してくれよオイオイオイ! と半泣きになった太一をよそに、加速した車はアヤシイ通りをどんどんつっきっていく。
「あ、あそこかな?」
 光子郎は横で半泣きになっている恋人に気づかず、明るく独り言を呟いてぎゅるるるっと駐車場に突っ込んでいく。
「ちょっ、光子郎っ…なあ、なあってば!」
 太一は本気で半泣きだ。
 光子郎はそんな太一にはまだ気づかず、恐ろしい勢いでハンドルを切り、車を一発で車庫入れした。とても初心者の技とは思えない代物だ。
 彼は満足げに笑い、先に車から降りると。
「……さあ、太一さん?」
 がちゃりとドアを開けて、掌を差し伸べた。
「………」
 嗚呼、神様。
 太一はその掌をとることも逃げることも出来ず(免許持ってないから)シートベルトをしたまま呆然と光子郎を見上げる。
 お腹が減るからお弁当。
 遠出するから車。
 週末の土曜日。
(そういうことかよ、この大馬鹿野郎ッッ……!!!!)

 ――…勿論。
 今更気づいても、後の祭りなのであった。


「ちょうどフリータイムでよかったですね〜」
 光子郎はのんきなことを言いながら、すたすたと太一の前に立って歩く。
 太一はぐったりと「男二人でラブホ……男とラブホ……」などと呻きながら力なく光子郎に牽引されていた。
 車で、人里離れたラブホテルへ連れ込まれて。
(ああ、何か素人向けのエロビデオみてぇ…!!)
 太一は胸中で血涙を流しつつ、光子郎の後に続く。気分はもはやドナドナだ。
「205……ああ、ここかな?」
(いやもう205でも505でも何処でもいいっての……)
 でもうっかり別の部屋で、しかも最中だったらやだなーとか思う太一。
「ほら太一さん……。……怖がらなくて、いいですから。…ね?」
 光子郎は優しく太一を牽引しつつ(相変わらずドナドナ)部屋の中に招き入れた。
「な、…中は案外普通なんだな?」
 無闇にびくびくしている太一をとてもいとおしく感じながら、光子郎も「そうですね、かなり普通ですね」と微笑む。
(……あ、でもベッドが滅茶苦茶でかい……)
 太一はそれに気づき、愕然とした。
 本当にここは、ラブを行うためのホテルなのだと。
「さ、て……。……太一さん、とりあえず座りましょうか?」
「……お、おう」
 太一はもぞもぞと光子郎の手にひかれて、ぺたんと巨大ベッドに座った。
 まさにこれはキングサイズ。
 太一はぽふぽふと弾むベッドに、むむっと表情を変える。
(ここで飛び跳ねてみてぇ……!)
 だが、さすがに成人式を迎えた男性が口にすべきことではないだろう。
 太一はなけなしの分別でもってそれを耐えた。
 一方の光子郎は、無防備にベッドに座る太一にまたも激しい誘惑を感じつつも(駄目だ駄目だ駄目だ! 耐えろ、耐えるんだ光子郎! 順番に……順番にいくんだ!)と必死に言葉を唱え、それに耐える。
「……太一さん…」
 光子郎はぎしっ、とベッドのスプリングをきしませて、手をついた。
 太一はその音とベッドのきしみにぴくっと反応し、恐る恐る光子郎を見る。
「な、なんだよ……」
 ラブを行うためのホテルのベッドで、二人座って見詰め合って。
 ああもうこれはラブをするっきゃないのでしょうかと、かなり脳内がぐるぐる状態の太一。
 まだ、少し乾いた感じのする光子郎の唇とキスもかわしていないのに、このままラブってしまうんでしょうか俺たち、と更にぐるぐるしてしまう太一。
「……あの」
 しかしそんな太一の覚悟とは裏腹に、光子郎は「なんだよ」と返されて、反射的に固まってしまった。
(なんだよってコトは、何の用だよってコトで……ええと、僕は何の用があって太一さんを呼んだんだろう? 太一さんキスしていいですかって? ああでも駄目だって言われたらどうしよう。ショックです。それはかなりショックを受けてしまいそうです僕)
 まさにフリーズ状態だ。
 太一は動きの止まってしまった光子郎を不審そうに見つめ、ぱちぱちと瞬きをした。
 目と鼻の先では、光子郎の乾いた唇が開いたり閉じたりしている。
(鯉か、お前は)
 その間抜けな様子にちょっとだけ余裕を取り戻した太一は、小さく苦笑した。
 そして、小さな悪戯をするような気持ちで、そっとその唇に舌を伸ばす。
 ぺろり。
「!!」
 びきーん! 再起動です!!
 光子郎は太一が触れさせてきた舌の感触に、早速再起動した。
(キスしていいですかはどうやら聞かなくてもいい模様。この行動を、太一さんのセックス肯定ととりますか? とります! 承認! オッケイ、再起動!) 
 そして再起動した光子郎は早かった。
「わっ、わわ、おい、こら待てっ……んぅっ!」
 躊躇いがちに触れてきていた舌先をとっつかまえて引き戻し、唇を重ねて舌を絡めて。
 太一の後頭部を大事に支えて、腰を掴んで一気にベッドへ押し倒す。
 その間、およそ5秒。
「んっ、んふぅっ……ん、んーっ!」
 やだやだ苦しい苦しい、と太一の足が光子郎の身体の下でじたばたした。
 しかし、やがてそのじたばたはがくがくに変わり、次第に小刻みに震えるのみと変化していく。
「んっ……ぁ……ふっ…はぁ」
 ようやく唇と唇が離れる頃には、唾液が糸を引いて唇の後を追い、太一は虚ろにぼんやり瞬きをするという凄いことになっていた。
「……すげ…、気持ちいい……」
「……それは…、ありがとうございます」
 元より快楽に忠実な傾向のある太一だ。かつて女の子と分け合っていた口内の快楽が、光子郎に与えられるとこんなに凄まじいものになるとは全く予測もしていなかったのもあったせいか……、彼はすっかりキスに夢中になった。
「んっ……んぅッ…!」
 光子郎の首にしっかり腕を回してもっととねだれば、光子郎は当然の如くいくらでもキスを与えてくれる。
(やっべ…、これはマジでハマりそうだぞオイ…)
「…ンっ……ン、んんッ……ふっ…ぅうんッ…!」
「ん……っ」
 角度を変え、舌を追い、絡め、幾度キスを交わしただろうか。
 太一はもぞもぞと足を擦り合わせ「…ぅん」と甘い鼻息交じりの吐息を吐き出した。
 僅かに上気した頬に、半開きの唇。それが全てがひどく扇情的で、光子郎はヒートアップする下半身を押さえて、鼻も押さえた。
(ま、まだまだ……! 順番ッ…、順番ですよ、僕……!)
「なあ……光子郎ぅ…」
 キスはぁ? と鼻にかかった声で訊ねられ、光子郎は「はいっ!?」と声を裏返らせる。
 すっかりキスに夢中になってしまったらしい太一は、軽く背中を浮かせて光子郎の唇にちゅっと唇を押し当てた。
「なあ…、もっと…しようぜ? キス…」
 僅かに潤んだ目元が、たまらなく色っぽかった。
「は、はい……!」
 光子郎は思わずそのまま力強く頷いてしまい、また激しいキスを再開する。
「んっ…んんんぅっ…! んふっ…」
 ぎゅううっと光子郎の背中に回された腕に、力がこもる。
 ぴったりとくっついた身体と身体が、太一の下半身にも変化が訪れていることをたやすく教えてくれた。
(え、ええーと……次は……びー……あーえーっと…ペッティングか!)
 要するに触りっこというやつだ。
 光子郎はもぞもぞとキスをかわしながら、太一の下半身に手を伸ばす。
「んっ…んん……、…ん?」
 キスに朦朧としていた太一が、光子郎の掌の不審な動きに、ぱちっと目を瞬かせた。
(まずい、ここで嫌だとか言われたら僕はどうしたら――!)
 光子郎は先ほどと似たような胸中の叫びを発しながら、ジャッと太一のズボンのジッパーを下ろして中に掌を差し入れた。
「やっ…!」
 太一がとたんに身を捩り、唇を離して小さな叫び声を上げる。光子郎はその叫びに慌てて「い、痛かったですか!?」と訊ねるが、太一は恍惚とした表情でふるふると首を振るだけだ。
「いや…。今のすごく……気持ちよかった……」
 もー、俺本気でやばいぞおいと呟きながら、太一はよろよろと身を起こす。
 そして、少しばかり照れくさそうな顔で、ずるっとズボンを下ろした。
「な…、た、太一さん!?」
 確かに今光子郎もそうさせてもらおうかと思っていたのだったが……まさか自らやってくれるとは!
 太一はするすると下半身裸になってしまうと「いいからお前も脱げよ」と光子郎を上目遣いに睨む。
「は、はい!」
 完全に立場逆転じゃないですか、これと何処かでぼんやり考えながらも、光子郎もいそいそとズボンと下着を下ろした。
「……」
「……? ……あの、太一さん……?」
「……お前、でっけえのな」
「……。……あ、そうですか?」
 そういえばこんな風にお互いまじまじ観察したことはなかったので(実は光子郎はこっそり観察していたのだが)太一は軽く衝撃を受けた。
「よ……よし、光子郎…!」
 だがしかし、何はともあれこのままではにっちもさっちもいかない。
 キスだけでは射精できないのが、男の現状だ。
 太一は「ど、どーすればいいんだよ」と光子郎を睨みながら、行動に迷っている。
(僕が導いてあげなくては!)
 光子郎はとりあえずそんな結論に達し「じゃあ、まずは……」と太一の身体をまたベッドにひっくり返して、頭と下半身がそれぞれさかさまになるように太一の身体に覆いかぶさった。
「ぎゃっ!」
 いきなり目の前に光子郎のペニスを突きつけられ、太一の口から情けない悲鳴が漏れる。
「お、お前、まさかコレ舐めろって言うんじゃねーだろーな!?」
 それはいくらなんでもちょっと! と叫ぶ太一に光子郎は少し切なさを覚えながら「いえ、普通に擦ってくれればいいですから…」と応じた。そして、お手本とばかりに彼は早速太一のペニスに優しく触れる。
「ひゃっ…!」
 太一の腰が衝撃にびくんと跳ね、光子郎は口元をほころばせる。
「どうですか…? 気持ちいいでしょう?」
「ん……うん……、やば……気持ちいいよぅ……」
 竿や睾丸をじっくりと愛撫しながら、光子郎は太一のほどよく筋肉のついた腰がひくひくと震える様を見て愉しんだ。
 太一も掌でおずおずと光子郎の愛撫を始めてくれてはいるものの、実際その手の動きよりも、太一の反応の方が光子郎に反応させていると言っても過言ではないくらいだ。
「あ、ああ、やっ……んんッ……」
 はあはあと太一の吐息が光子郎のペニスにかかる。その息の熱さに光子郎は「うっ」と身体を震わせ、僅かに先走りをもらした。
「んッ……ん、あ……ああっ、……へ、へへ……ざまみろ……」
 光子郎の反応に、太一はくすくす笑って身を捩らせる。
「……いけない人ですね」
 その小悪魔のような笑い声に光子郎はゆっくりと笑い、やおら太一のペニスをぱくりとくわえ込んだ。
「アァッ!」
 生暖かい口内に包まれた快感に、太一の喉から甲高い声が迸る。
「アッ……や、やだっ……駄目、それだめだ、光子郎……アッ……ああッ…!」
 その激しい快楽に、太一はたまらず光子郎のペニスから手を離して身を捩った。腰がびくびくと震え、つま先がきつく反る。
「う、んんッ……アア……は、ッァん……! ん、んく……あ、…駄目だ、駄目……やばッ……」
 切れ切れの意味を成さない言葉が、太一の限界を告げていた。
 出していいんですよ、と促すように、光子郎は太一を一気に追い上げる。
「アッ! あっ、あ、……アッ……もう……あっ、あっ、アッ……は、…だめだ……アアッ!」
 太一の声が一際高く上がり、背中を大きくそらせた。
 そして、光子郎の中で勢いよく精液が弾ける。
「んぁぁ……ん……はぁっ……、はあ……ぁん…」
 太一は絶頂の余韻にひくひくと身体を震わせ、大きく身をくねらせた。
 光子郎はそんな太一を満足げに見下ろし、口の中に含んだ彼の精液をごくんと飲み込む。
「……。……お前…なんつーもん飲み込んでるんだよぅ……」
 太一の脱力したような呟きにもかまうことなく、光子郎はちゅっと太一の唇に軽くキスをした。
「いいじゃないですか。貴方の出したものなら、僕は何だって平気ですよ?」
「……それ、多分お前だけだから。……俺は無理。絶対に無理」
 愛があっても出来ることと出来ないことがあります、と太一は絶頂の余韻に身を震わせながらも可愛くないことを言った。光子郎はむっと眉を寄せ「じゃあ、この僕のおさまりきらない分身はどうしてくれるんですか?」と太一に自分のペニスを示した。軽く変態だ。
「!」
 太一は眼前につきつけらた、まさに臨戦態勢のブツにひくっと顔を引きつらせる。
「な、なあ……手じゃ、駄目?」
「駄目です。…さっきだって、イカせられなかったでしょう?」
「だ、だってさっきは……」
「触りっこだったはずなのに、貴方は自分だけイッて僕はほったらかしにするんですか? …それはちょっとひどいんじゃないですか?」
「う、……うう」
 それを言われると、ぐうの音も出ない。
 太一は困ったように眉を寄せ、そっと眼前のペニスに唇を寄せようとしたが……。不意に、そのペニスが遠ざかった。
「……全く、仕方ないですね」
 不思議に思って見上げると、そこでは光子郎が満面の笑みを浮かべている。
「な、何が仕方ないんだよ……?」
 ぜってーこいつ今朝と性格変わってる、と思いながら、太一は舌をひっこめて尋ねた。すると、光子郎は「せっかくだし、最終段階にいってみようかなと思いまして」と微笑み、ベッドサイドに置かれた鞄からごそごそと何かを取り出してくる。
 ……しかし、どうでもいいが、下半身すっぽんぽんの状態で鞄を漁る姿は、何処をどう見ても間抜けでしかない。
(…俺、上も脱いじゃおうかな)
 太一は光子郎の間抜けな姿を見つめながら、ぼんやりとそんなことを考えた。
 やがて、探し物は滞りなく発見されたらしく――光子郎は意気揚々とベッドに戻ってくる。そして、そこで太一がもぞもぞとトレーナーを脱ごうとしていることに気づき「そ、そんな自ら!?」と何やら焦ったような声をあげた。
「……光子郎も脱いじゃえよ。下半身だけ裸って、何かみっともないぜ?」
 そんな光子郎に、太一は照れくさそうに笑ってぽいぽい、と上着とシャツをベッドの外に放り投げた。光子郎もそれにつられたように慌ててスッ裸になり……にこっと笑う。
「嬉しいです……太一さん」
「ん?」
「……ちゃんと僕が本当にしたいこと……わかってくれてたんですね?」
「……んん?」
 光子郎はにっこり笑って……そっと太一にあるものを見せてくれた。
「ちゃんとこれをよく塗りこんであげますからね?」
「…………んんん?」
 それは、潤滑剤だった。(クリーム状)
「………………んんんん?」
 太一は再び覆いかぶさったきた光子郎を見上げ、首を傾げた。

 カーン、と何処かでゴングを叩く音がする。

 ………第二ラウンドの、始まりだ。

END





この小説を書くために「ファッションホテル」で検索かけて調べたよー、と友達に言ったら「お馬鹿!」と一蹴されました。
ええー、そんなー!(愕然)
しかしそんな思いまでして調べて情報ですが、殆ど使いませんでしたね!!(爽やかに)
ていうかホテルでヤる意味があんのかって感じです。この小説だと。アハハン。
第二ラウンドまではゆきませんでしたが、ちょっと続きがかけなかったのでこのままアップです。

未だかつてないくらい太一さんが快感に忠実な気がします……。
まあ光子郎がムッツリなのはいつものこととして。(オイ)

モドル