――『アドベント』――

 

 

「……わらいごえをー…、ゆきにまけばー、あかるいひかりのはなになるよーっ♪ …ジングルベールっ、ジングルベール、すずがーなるー♪」

 ――…もりにー、はやしにー。

 ――――いかにも浮かれきった歌声は、次々と白いかたまりになって空に昇っていく。

「……ひかりの、わ、が、まーうっ」

 ………公園の真ん中でクリスマスの歌を口ずさみながら、太一は耳も掌も真っ赤にしてせっせと雪を固めていた。

 その唇から漏れる歌声は、前述の通り、明るく軽やかなものだが……その光景はどこか寂しい。

 そのわけは、きっといつも賑やかな友達に囲まれている太一が、小さな公園に一人きりでいるからだろう。

 そして、一人ぼっちの太一を包むように、未だひんやりとした雪がしんしんと降っているからだろう。

「……じんぐるべーる…」

 太一はもう一度そう呟いて、ぺちっと手の中の雪玉を軽く叩いた。…そのままそれを、ころん、と雪の積もった地面にころがす。

「………………もうちょっと」

 掌はじんじんと痛くて、ああきっとしもやけになるなあとぼんやり思う。

 それでも太一はその雪玉をころころ、ごろごろと転がし始めた。

 彼の周りには既に出来上がった…、少しいびつな雪だるまが五つ並んでいる。

「…………あと、みっつ…」

 はあっ、と吐き出した息は、白い。太一はその息を自分の掌に吹きかけて、真っ赤な顔でまた雪だるまを作り始めた。

 

 

 ――――――……あのね、はちにんなの。

 

 ことの始まりは、妹のヒカリのセリフ。

 ベッドの中で、小さな顔を熱で真っ赤にしながら、それでも様子を見に来てくれた兄をとても嬉しそうな目で見て。

 

 ――――はちにんと、はっぴきなの。みんなで、いっしょに、あそぶの。

 

 ……とてもたのしいゆめをみたのと、幸せそうに言うから。

 

「まってろ」

 

 そう言って、頭を撫でて、つい飛び出してきてしまった。

 風邪で倒れたヒカリ。小さなヒカリ。大事なヒカリ。

 ヒカリの夢に出てきた“はちにんとはっぴき”がどういうものか知らないけれど、せめて八個の雪だるまでも作ってやろうと思って……しんしん雪が積もる中、一人で街に飛び出した。

 防寒具はマフラー一つ。すぐにできるさと高をくくったのがまずかった。

「いてっ…!」

 六つめの雪だるまの頭を作ろうと雪をすくったら、思い切り雪の下の固い地面を引っかいてしまった。

 太一はしびれたようにジンジン痛い指先をくわえて、横目で雪だるまを睨む。

「ちぇっ」

 彼は小さく舌打ちすると、また雪だるまを作ろうとよく積もった部分の雪を探す。

 ―――と、その目前に。

「……はい」

 どこか淡々とした声と共に、雪玉が差し出された。

 マフラーに、帽子に耳あて。……やけに着ぶくれした中にのぞく真っ黒な目だけが、妙に目立つ。

 太一よりも小さい、見たことない子供が立っていて。

「……さんきゅー」

 おまえだれ。

 そう訊く代わりに、太一は素直に雪玉を受け取った。

 太一よりも小さい子供……多分少年だろう……はそのまま首を傾げて。

「………いくつつくるんですか」

 妙に大人びたような、子供らしからぬ口調で尋ねてくる。

「――――こいつできたら、あとみっつ」

 だが太一は特に気にもとめず、ぽんぽんと受け取った雪玉をかるく固めながら答えた。

「……そうですか」

 少年はその答えに、傾げていた首を戻すと。

「こっちに、もっときれいなゆきがあります」

 すたすたと、公園の奥の方まで歩いていく。

「……」

 太一はこれまた素直に従って、その後ろについていった。

 

 ――――とくちょう:……おれよりちびで、まっくろのめ。

 

 そんなことをぼんやり考えながら、太一ははあっと掌に息をふきかける。

 ……少年が案内してくれたそこは、確かにキレイな、手付かずの雪が残っていた。

 太一はそのまま、おまえだれと聞かずにその少年と一緒に黙々と雪だるまを作った。

 

 ………手袋のはめられた小さい手は、太一よりも器用に雪を丸めていく。

 負けるもんかと、太一もころころごろごろ雪を転がした。

 ――――そうして、いつのまにか夕方。

 ぼんやりと暗くなる景色の中で、太一はようやく「ありがとな」と少年に言った。

「………………いえ、べつに……」

 少年は面食らったように口の中で何かもごもごと呟く。

 太一はそれに構わず、はあっとまた掌に息を吹きかけた。

 ――少年はそんな太一の仕種に今更気づいたように「さむいんですか」とたずねる。

「あたりまえだろ」

 太一はそう言ってから、ぴた、と少年の頬に手を当てた。

「……つめたい」

 少年はひどく驚いたように言ってから、雪に濡れた自分の手袋を外して、太一の手に押し付ける。

「つけてください」

「―――え? でもさ…」

「……つけてください」

「――……」

 ――――びしょびしょに濡れた毛糸の手袋は、濡れた手に余計冷たかったけれど。

 ……太一は素直に受け取って、にっこり笑った。

「………ありがとな」

 ――少年の目元が、ぱっと赤くなる。

「……なあ、おまえ…」

「――――もう、かえります」

 しかし、今度こそ太一がちゃんと名前をきこうとした途端、少年はそれだけ言ってさっさと走って行ってしまった。

 太一はそれをぽかんと見送って。

「――――ヘンなやつ」

 ぽつりと呟き、濡れた手袋をつかんだまま、くるりと家に向かって走っていった。

 

 

 

 ――――――あれから、八年。

 

「……ヒーカリー」

 …一応受験生のはずの太一は、もうすぐクリスマスだとはしゃぐ妹とパートナーデジモンをつれて、街に出ていた。

「―――ちぇっ、しょうがねーなあ。ヒカリのヤツ…」

 あれほどはぐれるなって言ったのに、と舌打ちする太一の手に、さっきまでしっかとつながれていた妹の掌の感触は既にない。どうやらこの人ごみの中ではぐれてしまったようだ。

「テイルモンもいるんだから、ヘイキじゃない〜?」

 眠いのか寒いのか、太一のコートの中にもぐりこんで歩いていたアグモンが顔を出し、大きな欠伸をする。

「でもなあー」

 太一はそんなパートナーの態度に対し、不満げに唇を尖らせた。

「タイチってー、シスコンだよね〜?」

「……〜〜っ!」

 そんな太一をアグモンはニヤニヤと見上げ、からかうようにクスクス笑う。

「うっせえなー!」

 太一はそれに顔を赤らめ「ま、確かにヘイキだろ! タケルも大輔もいるし!」と拗ねたようにずかずか歩き出す。

 ぬくぬくのコートにおいていかれたアグモンは、大慌てでその後に続いた。

「まってよ、タイチ〜」

「遅いヤツはおいてく!」

「ひどいよ、タイチ〜」

 一人と一匹は、いつものように子犬が牙を立てずに噛み合うようなじゃれあい会話を続けながら、緑と白と赤に彩られた街を突っ切っていく。

 

 ――――ふわり。

 

 ――…ふと、先頭を切って歩いていた太一の目に、白い羽根のようなモノが映った。

「タイチ〜…?」

 不意に足を止めたパートナーを、アグモンは不思議そうに見上げた。

「……雪だ」

 太一はその声に応えるように、地上にゆっくりと降りていく白いカケラを見つめて――――……ふっ、と、瞬きをする。

 

『………あのね、はちにんと、はっぴきなの……』

 

 ―――…耳元に蘇る、幼い妹の声。

 

『――――ヘンなやつ』

 

 ――――薄暗いグレーの色に囲まれた公園で、赤い夕日がとっくに沈んだ公園でぽそっと発した自分の言葉。

 ――――浮かび上がる八つの雪だるま。

 ――――……ぱたぱた走っていく、小さい背中。

 

 掌はじんじんと痛くて冷たくて。

 ――――その手にはぐっしょり濡れた手袋と、雪まみれのマフラー。

 ………名前を聞きたかった、あの、ヘンなやつ。

 ……………なあ、おまえ……。

 

 

「――――太一さん!」

 

 ……はっと、太一はその声に、ようやく我に返ったような顔をして……振り返る。

「―――…コートだけじゃ、寒いんじゃないですか?」

 ……そこで、少し呆れたような顔で立っていた少年は。

 貴方はいつもそうですねと、苦笑混じりにふわりとマフラーを首にかけてくれた。

 ……少しかじかんでいた指に、手袋をはめてくれた。

 ――――自分にはいつもとても優しい笑顔の、いつのまにか大人びていた年下の恋人。

「…? どうかしたんですか? 太一さん」

「――ホンマやー? なにボーとしてはりますのや、タイチはーん?」

 どこかぼんやりとしている太一を心配そうに、光子郎とそのパートナーであるテントモンが見やる。……アグモンも心配そうに、パートナーを見上げた。

 それらの視線に囲まれて……太一はやっと……ゆっくりと、呟く。

「―――……八人と…、八匹……?」

 そしてますます不思議そうな顔をする一人と二匹に向き直って、また光子郎に向き直って…――にこっと、困ったように笑った。

「おまえさ…、ちっちゃい時、手袋をそっくりなくしたコトって……ない?」

「――――はい?」

 唐突な問いかけに、光子郎の目が丸くなる。

 ……けれど、太一はもう半ば確信していた。

 

 ――――きっとあれは、僕たちにとって、全ての事柄の“始まる前(アドベント)”。

 ――――八人と八匹。

 ――――いっしょにつくった雪だるま。

 ――――かじかんだ指を確かにあたためてくれた、濡れた手袋。

 

「……ありますけど……それが――…?」

 そう尋ねかけた光子郎の口が「あ」という形で固まる。

 太一は、にこり、と笑った。

「――――きっと俺んちにあるぜ? ……真っ黒の目ぇした、チビの手袋!」

 彼はその笑みを、みるみるいかにも楽しそうな笑いに変えて……「はしれ、そりよー♪」と口ずさみながら、歩き出す。

「あー、タイチィ、まってよー」「コウシロウはーん、どういうことなんでっか〜?」

 依然として不思議そうなパートナーらと一緒に歩きながら、光子郎はくすくす笑って。

 ―――ぎゅうっと、後ろから不意打ちに、思い切り……初恋のヒトを抱きしめた。

 

「――――今は、もうチビじゃないでしょう?」

 

「……ちょっとくらいでかくなったからって、えばるんじゃねーよ」

 

 その耳元でそっと囁いた得意げなセリフに、太一はフンと小さく鼻をならしてやった。

 

 

 ――――とりあえず、クリスマスまで秒読み開始な冬の今日。

 まだキョトンとしたままのパートナーをつれて、ツリーでも見に行こうか?

 

 ツリーの星がキレイだとか。雪がまるでハネみたいだとか。

 たのしいコト、うれしいコトをめいっぱい集めて。

 そなえようか、おまつりの日(クリスマス)に。

 

 ――――それもまた、僕らのアドベント。

 

 

END.






クリスマス待ち小説。
夢見がちにもほどが。