『そうでなければ生きられない』



「お前さん、生き急いでないかい?」

 彼は唐突にそんなことを言った。
 僕は、その言葉に困ったように微笑んで返答する。

「…突然何かな? 瀬戸口って、なんかセリフが若者っぽくないよね」
「おいおい。そりゃあんまりじゃないか、ぼうや」

 ぼうや。
 彼と僕の年の差は、確かたった二つだったと思うのだけど。

「むしろ親父臭いっていうのかな」

 僕は肩をすぼめて、そう言ってやった。
 瀬戸口はそれに、少しだけ嫌な顔をする。

「…まあ、そんなことはいいや。なあ、速水。お前さんは、一体何がしたいんだ?」
「……何がって」

 僕は目の前の仕事の手をやめないまま、言葉を返す。
 機体とのマッチング、Gの調整。ほぼ完璧に整えられているのは、相棒である芝村舞が優秀で勤勉というのが大きい。だから、そろそろ満足して帰ってもいいのだけど。
 時刻は既に、0時を回っている。夜空に浮かぶ二つの月も、中天を過ぎたことだろう。テントの中は相変わらず薄暗く、外の具合はいまいち判別がつかないのだが。
 
「帰らないで、まだ仕事を続けるのかい?」
「…うん。そうだね」

 そう言う瀬戸口こそ、仕事もせず延々と僕に張り付いて、何がしたいんだか。
 僕はあまり手を加えるところの見当たらない機体を見下ろし、小さくため息をついた。
 万全の機体。万全の状態。
 それでも気持ちはおさまらない。

(早く幻獣が襲ってくればいい)

 不謹慎にも、そんなことを胸中で呟いてもみる。
 現在、幻獣との戦況は、膠着状態だった。辛うじて人類側が優勢であると言ってもいいが、まだ幻獣の勢力は残っているはずだ。

(そうしたら、一気に一掃できる)

 僕は機体を触れる手に力を込めるように、あるいは、機体から漏れる声に耳を澄ますようにして目を閉じる。
 想像の中で、シミュレーションの中で、僕は幻獣を狩る。まぼろしのような獣。まぼろしでしかないはずの獣。

「……速水」

 しかし、その空想のときを、瀬戸口の低い声が遮った。

「………。なにかな?」

 僕はため息をついて、彼に向き直った。
 その先で、瀬戸口はひどく真剣な目をして、僕を見つめている。

「おまえは」

 そして、彼は言葉を捜すように口をつぐんだ。
 しかし、結局何も見つからなかったのか。
 彼は小さく笑って。
 苦笑するみたいに、悲しいみたいに、中途半端に笑って。
 
「速水。ひとは、愛がないと生きていけないんだ」

 僕の髪の毛に、頬に、緩く指先をさまよわせてから、からかうように、けれどひどく真摯な口調で言うのだ。

「ひとは愛がないと生きていけない生き物だから。水がないと生きられない。食べ物がないと生きられない。…それと同じように、愛を欠いては生きていけないのさ」

 …僕は返答に困って、ただ眉を寄せた。

「それは、瀬戸口の持論なの?」

 そして、曖昧な笑顔を浮かべる。他に、どんな顔をしたらいいのかわからなかった。
 それは、瀬戸口の言葉は、僕の中にない言葉を、反応を求めているようだったから。

「いいや」

 彼はそれを見守るような、癪に障ることに、ひどく大人な顔で笑って見つめてから。
 僕の手をとって、冗談めかして笑ってから。
 それでも、ひどく真剣で。真摯で。大切なことを口にするように厳かな口調で、言うのだ。

「…世界の真理さ」









2004/01/31 表日記にて
タイトルセンスゼロにてこんにちは。愛の伝道師の助言に、速水はという話。まんまだ。