『雨の日に』



「ああ」

 彼はぼんやりと、前髪の先から滴り落ちる雫を見つめて息を吐く。
 校門にさしかかる辺りで唐突に降り出した雨は強く、彼の前髪どころか、全身を濡れ鼠にしてしまうのに十分足りるほどだった。
 生憎なことに傘は持っていない。
 このまま歩いて帰るのも億劫だしと生徒玄関まで引き返し、ただぼんやりと降り注ぐ水を眺めている。
 たらりと流れてくる雫が、体温でぬるまっているのが少し気持ち悪かった。取り出したハンカチで拭うのだが、到底追いつかない。
 彼は早々に努力を放棄し、諦めた様子で外を眺める。
 雨はやまない。

「なにしてんの」

 そこへ、ふと声がかかる。
 立っているのは、彼は友人だと認識しているクラスメートの一人。

「あ。…雨が、やまないんだ」
「……。ああ。なるほどね」

 少年は空を見上げて小さく舌打ちしてから「行くぞ」と彼の首にラリアットを食らわすようにして歩き始める。

「ぐぇ」

 かなり苦しいと訴えたくてそう呻くが、少年はお構いなしだ。

「ど、どこいくんだよ…」
「自転車置き場。今日、自転車で来たから」
「な、なんでおれもいくの…?」
「むしろ感謝しろよ? 一緒に乗せてってやろうってんだから」
「なに、それ……」

 ざあざあ降り注ぐ雨粒の中、濡れる制服にお構いなしで少年は彼を引きずっていく。

「おら。こげよ」
「……それで運転するのは、やっぱりおれなんだね…」
「当然」

 数十メートルも歩くと、そろそろ雨に濡れるのもどうでもよくなる。
 彼は大分投げやりな気持ちで、少年が示した自転車に乗ってペダルに足を置いた。
 少年も自転車の金具に足を乗せて、彼の肩に手を置き、位置を安定させる。
 降ってくる大粒の雫が、睫にかかって彼は小さく瞬きをした。ぽたりと落ちる雫と、頬を伝っていく雫の感触が、何故かくすぐったいような気がして彼はそのまま笑う。

「何笑ってんの」
「……ううん。なんでもない」
「だから何が」
「…ボッシュがいてくれてよかったなあって。ちょっと思っただけ」
「は?」

 少年は「何を今更」と息を吐き出したようだった。

「当然だろ」

 そうして笑いもせずにふんぞりかえっているのだろう気配を感じ取って、彼はますますわき腹が苦しくなるのを感じた。

「じゃあ、出発するよ? 準備いい?」
「坂道はスピード出さないとリンチ決定」
「…事故っても知らないよ?」
「そしたらお前も道連れな。おら、とっとと走れよ」
「……はいはい」


 雨はますます強くなるばかり。

 彼はとうとう口の中に入ってきた雨水に笑い出しそうになりながら、その衝動を押さえる必要がないということにようやく気づいて大きく笑った。


 ―――準備完了、出発進行!

 行き先はとりあえず、虹の根元まで。








2003/09/11 表日記にて
猫井さんのイラストに激しく触発されまして。雨は萌えでいっぱいですね。ムハ。