『ぶれっくふぁすと!』


「光子郎、ちょっとコンビニまでおつかいお願いできるかしら?」
「あ、はい」

 光子郎はキーボードから手を離して、パソコンの画面をスタンバイ状態にした。
 部屋のドアのところで、彼の母親がにこにこと待っている。

「いつもの、お願いね」

 光子郎にお願いするコンビニへの買い物といったら、いつも決まっている。
 彼は母親ににこりと笑いかけて「僕が勝手に選んでいいんですよね」と一応確認した。
 返事は、母親の満面の笑顔。
 あとは行ってきますと笑いかけるだけだ。


*     *     *     *      *

「あれ、光子郎じゃん」

 コンビニまでの距離は、大体10分ほど。
 てくてくと歩いているところに、どうやら部活帰りらしい太一と出くわした。

「あ、太一さん。お疲れ様です。今日も部活ですか?」
「おう。今日もひたすら筋トレばっかだよ。やっぱり一年ってキツイな」

 そこで太一はふと、光子郎の向かう先を見て「コンビニ行くのか?」と尋ねた。

「はい。ちょっとおつかいで」
「ふーん。俺も行こうかな。今週のジャンプ立ち読みしてぇし」

 太一は光子郎の横に並んで歩き出しながら「で、光子郎は何買うんだ?」と問いかけた。
 光子郎は「はい」とごく当たり前の様子で答える。


「ちょっと、朝ごパンを」


 太一が。
 ……こくん、と首を傾けた。

「…あさごはん?」
「いいえ」

 光子郎が律儀に否定する。

「朝ごパン、です」
「……」

 太一は傾けた首を違う方向に倒し「…ええと」と呟く。

「…朝食べる、パンのこと、…か?」
「はい、そうです」

 こくんとうなずいてから、光子郎は少し嬉しそうに続けた。

「よかった、分かってもらえて。太一さんちでもそう言いますよね? 朝ごパン。なかなか伝わらないんですよ、朝ごパンって。この間も京くんに…ああ、京くんってパソコン部の後輩なんですけど、彼女に朝ごパンを買いに行くって言ったら、三回も聞き返されちゃって」

 光子郎のセリフは、始まると結構長い。

 太一はそれをぼんやり聞き流しながら、いつどうやって「朝ごパンが決して常用語でないこと」を突っ込もうかと考えていた。

(光子郎んちって、違う日本語が横行してんのかな…)

 そんな失礼なことを、ひそかに考えつつ。


 夕陽がじわじわと街を染めていく時間。


 太一はジャンプを立ち読みに。
 光子郎は朝ごパンを買うために。


 かみ合わない会話を続けながら、コンビニまで歩いていった。








2003/08/20 表日記
あさごパンって言いませんか! と言い続けて数週間。最近「パラダイスキス」という漫画で同様の単語が出たことが発覚。