――『僕らの道のり』――
 
 
 ―――近くの家の夕暮れのカーテンがたなびき、どこかから小さな子供のあどけない歌声が聞こえてくる。
「小学校だな」
「そうですね」
 その声に気をとられた貴方のふと呟いた言葉に、僕は微笑んで頷いた。頷いてからちょっと思いついて、僕はそっと貴方の耳元に囁く。
「手をつないでも?」
「……」
 その囁きに、貴方の顔が夕暮れに負けないくらい一気に赤くなって。
 ああ可愛いなって思ってくすっと笑ったら、きっと睨まれた。
 ああ、怒ったかなまずいかな。
 ちょっぴり焦った僕に、太一さんが「ん!」って言って、掌を差し出してきた。
「……手、つないで帰るんだろ」
 …なんて偉そうに言って「しょうがねえな」とそっぽを向いてるけど。
 ……その耳たぶは、ほんのり赤くて。
 僕はまた思わずくすくす笑いそうになるのを懸命にひっこめて、貴方の手のひらをぎゅっと握った。
 僕の差し出した右手が貴方の左手に包まれる。
 貴方の差し出した左手が僕の右手に包まれる。
 
 このまま手と手をとりあって。
 
 どこまでも歩いていけたなら。
 
 ………きっと、それ以上にシアワセな事なんて、ないんでしょうね。
 
◇      ◇      ◇      ◇
 
 昼間の教室。…もう少しで昼休みになるかという、火曜の四時間目。
 ――――先生の書いた公式を黙々とノートにとる、この時間がきっと一番退屈なんだろうな。
(……皆にとっては)
 でも、僕はそうひっそりと心のなかで付け加えた。
 ノートをとり終わって、次に出るはずの問題をかたっぱしからさっと解いてしまえば、これ以上に快適な時間はない。
 それは何故か。
 ピーッ…と校庭の方で笛の音が響いた。
 僕は不自然ではない程度に身体を傾けて、窓の下に視線を移す。
 ――――今日は50メートル走みたいだ。
 新学期の最初の体育はたいていスポーツテストで占められる。それはどうやら本日も例外ではなかったらしい。
 僕は探す必要もないくらいにキラキラ輝いている、可愛くてかっこいい僕の恋人を目で追った。
 イキイキと動く身体。
 体操をしている時ですら、運動神経の発達した太一さんの身体はしなやかに動く。
 意外と細い手首。
 今はジャージに包まれているけれど、ほどよく筋肉のついたキレイな足。
 人懐っこいような、けれどどこかでなかなか気を許してくれていないような、何かひどく綺麗な猫科の動物を連想させるような瞳。
 ……全てが魅力的で、僕はふうと吐息して、瞬きをした。
「それじゃあ問3を前に出て解いてくれ。じゃあ、この間はいったん出席番号の最後までいったから……問3の@を浅田さん、Aを相原さん、Bを伊藤くん、Cは泉くん、Dは江藤さんに」
 ……しかし、もう少しで太一さんが走るかという頃合に、僕は折悪しく名前を呼ばれてしまった。
 僕は溜め息をつきながら、ガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。
「…なあ泉、Bってコレでいいのか?」
「……はい、そうですね。僕もその答が出ました」
 だったらせめてとっとと黒板に答を明記して席に戻り、太一さんの姿を拝もうとした僕に隣の席の級友が確認のために話しかけてくる。
 …そのスキに、校庭でピーッという音が響いた。
 窓際に座っていたクラスメイトたちがひそかにざわめく。
(ああ、太一さんの番なんだ)
 僕は思わず舌打ちしそうになりながら窓の外を見た。
 他の走者なんかみるみる引き離して、太一さんが走り抜けていく光景が、かろうじて目に入る。
 当然一着だ。……まあ、これはタイムを計るためのものだから順番は関係ないんだけど。
「かっこいいよね、八神先輩って」
 窓際に座っていた女子がそっと呟いて、友人と夢見るような目をして太一さんを見た。
「……」
 僕はそんな少女たちの言葉にまた舌打ちしそうになりながら、黒板の方まで足早に向かう。
 授業が終わるまではまだ間がある。きっともう一回走るはずだと思って。
 
 
 ―――僕たちの夏の冒険から、もう六年が過ぎた。
 最年長の丈さんは現在大学に入るための受験勉強中で(いつもあの人に受験勉強をしているイメージがあるのはどうしてなんだろうか)いつも一緒だった太一さん、空さん、ヤマトさんの三人組も高校に入学した。
 しかしその三人の進路はばらばらで、空さんは服飾関係のデザインを学べる都内の学校に進学し、ヤマトさんは進学率の高い進学校に進んだ。
 そして太一さんは、スポーツ推薦の話を蹴って……僕が以前から入学する予定だった、この高校に進路を定めた。
 ……僕は勿論、まだ誰にもこの高校に入りたいなんて言ってなかったから、まさか僕と同じ高校に入りたいからなんて理由じゃないだろうと当然太一さんにどうしてなんですかと尋ねた。
 実際太一さんに来ていたスポーツ推薦の話はかなり条件のいいもので、太一さんがこの高校に入りたいと家族や学校側に告げたときはまた一騒動あったらしい。
 僕の当然の疑問に太一さんはちょっと笑ってこう答えた。
 
『…英語を勉強したいんだ』と、一言。
 
 ……僕らが今通う高校は、コンピューター関係と、語学面に重きをおいている。
 
『あいつらと、もっと一緒にいるために』
 
 太一さんはそうも続けて、また笑った。
 その笑顔はすごく優しい笑顔だった。
 ……嫉妬深い僕はその…「彼ら」のために浮かべた笑顔にさえ嫉妬して。
 けれど、僕も思わず笑ってしまった。
 僕も「そのため」に、もっと深くデジタル面のことを学ぼうと思っていたから。
 
 
「よー、光子郎」
 ―――今日は少し風が強い。
 それでも太一さんはそんな風にすらも好かれてるみたいに、強い風に吹かれて気持ちよさそうに笑っている。
「危ないですよ」
 屋上の水が入っているタンクの上。
 にひひなんてチュシャ猫みたいに笑ってあぐらをかいている太一さんに、僕はハラハラしながら忠告する。
「平気だよ」
 太一さんは軽く笑って、とんとタンクから飛び降りた。その身体をまた風がぶわあっと撫でていき、ひらひらと無造作に着込まれた太一さんの制服やワイシャツをめくりあげる。
「ハイ、あ・な・た♪」
 勿論太一さんは相変わらずそんな風には頓着しない様子で持参してきていた小さな鞄から包みを一つ取り出して僕に差し出した。
「今日のおかずは大奮発☆ 愛しい光子郎くんのために朝5時から起きて支度しちゃった♪」
「それはどうもありがとうございます」
 僕はそんな可愛い太一さんの悪ふざけにもかまわず、今日はプログラミングのために朝早くから学校に登校したためにお母さんから受け取り損ねたお弁当を受け取った。
「お前の反応ってつまんねーの」
 そんな僕にちぇー、と子供みたいに舌打ちして、太一さんは鞄からもう一つお弁当を取り出して僕の隣に座る。
「本当に太一さんが手作りのお弁当を毎日作ってくれるんなら、もっと面白い反応を返しますが?」
 僕はそんな太一さんに笑って、掠めるようなキスを鼻先に落とした。
 太一さんは「それは無理だな」と苦笑してことん、と僕の肩に頭を乗せた。
 ――――昼休みの屋上。
 本来なら危険だということで生徒が入れないように鍵がかかっている屋上だけど、僕がちょっとした鍵開けの技術を持っていたために毎日二人きりのお弁当タイムを満喫できる絶好のポジションになった。
 ただし、まだ春先のため、少し冷たい風が吹いているというところが若干の難点だ。
「寒いんですか? 太一さん」
「…んー、少し」
 すりっと猫みたいに身をすり寄せてくる太一さんが可愛いなと、僕はひそかに相好を崩して。
 ことん、とお弁当を膝に下ろすと、ぎゅう、と太一さんの肩を抱いて意外と柔らかい太一さんの茶色い髪の毛に顎を乗せた。
「あたたかいですか?」
 尋ねると、太一さんは顔を少し赤くして「おう」と呟く。
「……そうですか」
 僕はその答にまたちょっと笑い、囁いて、ちゅ、と頬にキスをした。
 牛乳を毎日毎日飲み続け、ついでに小魚を一日三回食べていたおかげだろうか。(お母さんにも大分協力してもらいました)
 がっしりとした、というわけにはいかないけれど、僕もどうにか身長が伸びてくれて。
 やっぱり平均的に成長していた太一さんを、どうにか腕の中に抱きしめられるくらいの身長を得られた。
 瞼にキス、目尻にキス、耳たぶにも、首筋にもキスをして、最後は柔らかい唇にそっと僕の唇を重ねて。
「んっ…ふ……」
 甘く吐息をもらしながら、太一さんがぎゅっと僕の服の裾をつかんだ。
 僕はそれに図に乗って、太一さんの背中を背後のタンクに押し付けるようにして深いキスを続ける。
「んっ…ん、んんっ……」
 太一さんの眼がゆっくりと霞んできた。…僕の服の裾を握りしめる掌が小さく震える。
 僕はますます夢中になって、態勢をのしかかるようなそれに変えようとした……が。
「バ、馬鹿!!」
 どん! と肩を強く押されて、思わず唇を離す。
 太一さんははあはあと息を荒げながら、多分反射的な仕種なんだろう、自分を守るみたいにぎゅうっと両腕を交差させて肩を抱くと「こんなトコで何する気だよ、馬鹿!」と真っ赤になって僕を睨みつけてきた。
 その唇は先ほどまでのキスのせいでてらてらと濡れていて、僕を睨みつける瞳もどこか潤んでいる。
 そんな激烈に色っぽい表情に触発されて、僕はまたついつい毛を逆立てた猫みたいに怒っている太一さんの唇に触れるだけのキスをしてしまった。
「!! だ、だからやめろって言ってるだろうが、馬鹿ー!!」
「あ、すいません」
 僕は我ながら悪びれずに謝って、にっこり笑った。
 それだけでまた真っ赤になってしまう、他の人の前では見せられない太一さんの可愛らしい表情。
 それを独り占めできる、こんな昼休みが好きだと思う。
 
 
 ――――ガラリと教室のドアを開けると。
 激しい夕暮れの朱色の中、ぼんやりと机に頬杖をついている太一さんが目に入った。
 その机の上に置かれているのは、英語の教科書で。
 ふと、中学校の時の。
 夕焼けの中、他のメンバーが帰ったっていうのに、一人だけグラウンドに残ってどこまでもボールを追いかけていた、太一さんの面影が浮かんだ。
「……今日は部活はないんですか?」
 ふと僕に気づいてこっちを向いた太一さんの顔が、夕暮れの逆光でよく見えなかった。
 太一さんの笑ったような気配が伝わる。
「昨日言わなかったっけ? 今日は下のグラウンドは調整してるから、部活休みだって」
 太一さんは相変わらずサッカー部に所属している。
 これだけはやめらんねーやって、この間もボールを追いかけて笑っていたっけ。
「今日やってるのは陸上部と野球部だけだってさ」
 そう呟いて、また頬杖をつく。
「誰かを待ってるんですか?」
 胸に響く、たまらない無力感。
 逆光で見えない太一さんの表情を見たくて。
 どうしてか太一さんが寂しそうで、切なそうに見えることが悔しくて。
 足早に太一さんの机まで近づいて、不思議そうに僕を見上げる茶色の瞳をとらえる。
「……泉光子郎くんを待ってたんだけどな、俺は」
 やがて太一さんはちょっと困ったように笑って、多分切羽詰まった顔をしている僕の掌をそっと握った。
「お前以外に、誰を待つっていうんだ?」
 浮かべた笑顔は、優しい苦笑。
 しょうがないヤツと言いたげな、そんなカオ。
 僕はその笑顔にすら安心できなくて、教室のカーテンを勢い良く閉めた。
 ジャッと音を立てて、一気に厚いカーテンが夕焼けの朱光を遮断する。
 ……そして唐突に訪れた薄闇。
 太一さんは不思議そうに僕を見ていた。
 ああ、やっと表情が見える。
 僕は我ながらそんな子供みたいなことに安心して。
 片手を机に置いて、頬杖をついていた太一さんの掌の上に掌を重ねて。
 まだきょとんとしたままの太一さんの顔に自分の顔を近づけて。
 ――――そっと、その唇を奪う。
「ん…」
 やがてそっと離れた唇。
 太一さんは不思議そうに首を傾げて「光子郎?」と呟く。
 ――――僕がこんな風にキスを仕掛けることは、実はしょっちゅうで。
 けれど…今みたいに不安に駆られたことをあらわにしたキスなんて、あまりないから。
 太一さんは不思議そうで。……不安そうで。
 …「こうしろう」と名前を呼ぶ。その響きすら愛しくて……不安。
 ねえ、太一さん。
 
 ――――本当に「ココ」は、貴方が望んで得た未来なんですか?
 
 
「……はぁっ……ぁん、……ふぅっ……」
 木造の、教壇の上に押し倒して。
 ワイシャツを思い切りはだけて晒した肌に顔をうずめて。
 カリ、と乳首に軽くかみつくと。
「ひっ…やぁっ!」
 甲高い悲鳴が迸った。
 夕焼けの満ちる教室にその声は硬質な広がりを見せつけて反響し、僕はくすりと笑って、耳元で囁く。
「誰か、来ちゃいますよ?」
 …そんな声、出したら。
 ……甘く低く囁く声に、太一さんは紅潮していた顔をさっと青ざめさせて口元を覆うけど、ねえ。
 そんなこと、僕が許すと思っているんですか?
「……ひゃうっ…ぅぅんっ…!」
 舌で転がしながら、時々イタズラに噛み付くと、太一さんはそれだけで身体を震わせて首を振る。
 ぎしぎしと軋む木の香りがする教壇に背中を思い切り押し付けて、しなやかに背筋をそらして甘い吐息で教室をいっぱいにする。
「やだ、やだってば!」
 胸元から肩口に戻って、まだ抵抗を見せる太一さんの肩にかみついた。
「大丈夫ですよ」
 誰かに見られたらどうするんだと声を震わせる太一さんの言葉を、僕は軽く笑い飛ばす。
「鍵がかかってますし…この時間なら皆部活か帰宅してます。…太一さんのクラスはいつもそうでしょう?」
 ――カーテンでびっちりと締め切られた学び舎の一室で、いけないことをしようと仕向けるのはいつだって僕。
 ――でも、そのいけないことを仕向ける僕の囁きに抗えないのも、いつだって今僕の腕の中にいる太一さん。
「い、いつもって…! や、やぁんっ…!」
 僕のいつも、というセリフで何を思い出したのかみるみる顔を赤らめる太一さん。
 教室の中はとっくに暗くなっていて、これだけ至近距離じゃないときっと顔も判別できないくらいじゃないだろうか。
 でも、幸か不幸か、僕らは二人とも夜目がきく。きっとあのデジタルワールドの冒険のおかげだろう。
「や、やだ…いやだっていってるだろ! なんで、おまえ、こーいうトコでばっか! ……ぁああっ!」
 首筋、肩口、うなじ、鎖骨、胸元、脇腹。
 太一さんの肌は呆れるくらいに敏感で、全身に性感帯があるんじゃなんて、たまに思う。
 どこに唇で触れても身を震わせる太一さんが毎度のことながらひどく可愛くて、僕は夢中になって赤い痕を散らした。
「はっ、ぁあっ、うぅんっ…」
 太一さんの口の端から、つつっと唾液が伝う。僕はそれを舌先で拭って、太一さんの全ての唾液を飲み干すように口付ける。
「ん…ふっ、ふぁんっ……ふ…ぅっ」
 太一さんは悦楽のあまり朦朧とした眼差しで僕をとらえ、もう諦めたのか、僕の背中に腕をまわしてきてくれた。
 それが嬉しくて、つい、僕は太一さんの口内をメチャクチャに攻め立ててしまう。
「んんぅぅっ…! んむ、んぁ、んふっ……ぁぅっ……!」
 太一さんはきつい口付けから無意識に逃れようとしてか、背中を預けた教壇をガタガタと揺らした。
 無意識にか、僕の足にからみつけられてきている細い足も、腰もがくがくと震えている。
「……っんはぁっ……ぁあっ…、…はぁっ……」
 僕がようやく唇を解放すると、太一さんは唇を震わせながら何度も大きく息をついた。
 その上気した頬と吐息をからかうように、僕が「もう達っちゃいましたか?」と囁くと、潤んだ目できっと睨まれる。
「バ、バカっ!」
 …本人は意識してないんだろうけど。
 こういうときの太一さんのなじる声は、どこか甘く、まるでそれすらも睦言みたいに響く声で。
「そうですね。きっと馬鹿なんですよ」
 僕は優しく微笑んで、答えた。
 
 
 いきなりこんなところで行為を仕掛けて。
 
 ひどいことばかり言って。して。
 
 ……それでもあいしているんですと。
 
 掠れた声で囁く。
 
 
「……こんなに愚かな男は、きっと世界中を探しても僕だけですよ…」
 僕は戸惑ったように僕を見上げる太一さんの髪の毛に、恭しくキスをした。
 太一さんは困ったように僕をしばらく見上げてから…。
 ……そっと半身を起こして。
 ――――僕に優しいキスと抱擁をくれた。
「俺はそれでも…お前が好きだよ」
 俺のこと疑うなよ、と優しく告げてくれながら。
 
 
 ……――――くちびるからもれるあまいあまいこえ。
 
「あっ…ぁぁあっ…!」
 がくがくと身体を震わせて、必死に僕にしがみつきながら揺さぶられている太一さん。
「ひっ…や、やだ……ぁっ」
 その抱きしめてみるとよくわかる細身の身体を僕は深々と貫いて、至上の至福に浸る。
「っ……太一さん…」
 たいちさん。
 はあはあ、とみっともなく乱れる僕の吐息。
 きつく抱きしめたせいで、太一さんの陽に焼けた首筋にひっきりなしにその吐息がかかる。
 太一さんはその吐息にすら身体を震わせ、僕の律動に身を任し、僕の足にからめられた両足に力をこめた。
「あ、あ、あ、あぁっ! こうしろうっ…光子郎ッッ!!」
 ぐっと、僕が太一さんの一際奥深くをえぐる。太一さんの声のオクターブが跳ね上がった。
「あ、あっ、ああっ……あ、あ―――ッ…!」
「うっ……、太一さんッ…!」
 ……それ以上の言葉は、意味を持つものにはならなかった。
 僕らはそのまま、頂点まで一気に駆け上がる。
 太一さんの背筋がピンと張り詰めて、晒された喉がひくひくと震えた。
 僕は荒い息をついたまま……無防備に晒された首筋に甘く噛み付き、口づける。
 
 
 ………それはまるでなにかのぎしきのよう。
 
 ……――――ふるえるといき。おとをたてるきょうだん。あせのにおい。
 ……――――たちこめる、あなたのあせとぼくのあせのにおい。
 
 …ああ、このまままじりあって、どこまでもとけていきたい。
 ………このまま……ほねも、にくも、こころさえも。
 
 …………そう。ほんとうに、こころさえもとけあえたなら。
 
 
「……こんな風に、不安に襲われることもないのかもしれませんね…」
 
 …僕は、ぐったりと僕の腕の中でまだ荒い息をついている太一さんに口付けながら、独りごちるようにそう呟いた。
 
◇      ◇      ◇      ◇
 
 …ゆうやけこやけでひがくれて、やまのおてらのかねがなる。
 ……どこかの子供が歌う唄。
 太一さんは掠れた声でそっと口ずさんで、少しおぼつかない足取りで僕の隣を歩きながら、軽く僕を睨んだ。
「お前ってー、絶対鬼畜だよなー」
 わざとらしく語尾をのばして「絶対変態だ」と意地悪く笑って。
「…ひどいこと、言いますね」
 僕はちょっと傷ついたふりをしながら、太一さんの掌を握る手に力をこめた。
 ……いつもの帰り道。
 手をつないで、夕焼けの残骸みたいな遠い朱色に身体を包まれながら。
「……」
 
 ――――ここは、本当に貴方の望んだ未来なんですか。
 
 ――――それは決して口に出せない疑問。
 ――――埒もない下らない疑問。
 
 ――――けれど消えない疑問。
 ――――どこまでも付きまとう違和感と、理由も見つからない罪悪感。
 
 ――――――これだけシアワセな今が嬉しい反面。
 ――――――どこかで辛い坂道が待っている気がして。
 
 
 ……僕は太一さんの掌を握る手に、また力をこめた。
 痛いと太一さんが呆れたように呟く。でも太一さんはつないだ手を離そうともせず、そのままつないでくれている。
 
 ……どうかこのままはぐれないで。
 ……そのままつないでいて。
 ……このままどこまでも歩いていきたいから。
 
 
「光子郎」
 
 …ああ陽が沈む。
 夕日の優しい最後の輝き。
 そのひかりに抱きしめられるみたいにして帰りながら、太一さんが僕の方を見て、僕の名前を呼んだ。
 
 僕の差し出した右手が貴方の左手に包まれる。
 貴方の差し出した左手が僕の右手に包まれる。
 
 
 それはとてもシアワセなこと。
 でもつないだ手はずっとそのままではいられない。
 手と手の持ち主が違う人間である限り。
 この掌がつながれたままであることは、決してありえないこと。
 
 でも。
 いや。…だから?
 
 太一さんは優しい薄闇の中で、照れたように笑って、軽くつないだ手を振ってこう言った。
 
「明日も、手、つないで帰ろうぜ」
 
 ……ただそれだけのことだよなんて。
 僕のことなんてお見通しみたいに、優しく言ってくれた。
 
 
 不安なときは手をつなごう。
 ――――心をつなごう。
 それでもたりないときは、身体をつないで。
 ――――もっと深く心もつないで。
 掌がはなれても、次の日にはまた掌つないで歩こう。
 ――――そしてそのままどこまでも歩こう。
 
 ……きっと僕たちはそんな風に。
 坂道も、下り坂も、歩いていくんだろう。
 
 ああ。
 
 ……僕は吐息した。
 
 ――――…なんてシアワセな、僕たちの道のり。
 
――END.


※高校生になって光子郎と太一さんの進路が変わっちゃうというのは切ないなーと思い、
独断と偏見で同じ高校に行かせてみました。
以前作った本の中で友人が光&太漫画を描いてくれたのですが、
その中で、それぞれの未来を見つめるヤマトと空とは違って、
未だデジタルワールドとの将来を見つめている光子郎と太一さんが描かれてました。
そこからの影響も強いっすね。(苦笑)
……そういやミミちゃんはどうなってしまったんでしょう…??(最悪)
光子郎さんの一人称で触れられないことは多いっスね☆(ごまかすな)
こんなモノでよろしければ受け取ってやってくださいませ、ハルカさん〜;;

モドル