『ゴールは見えない』
「ちょー、眠い」
キャロルは半眼で呻いた。その言葉に、フューネラルはただ無言で、そして無表情に首を傾ぐ。
「もうマジ眠い。最悪。つうか何でこんな遅くまでおきてなくちゃなんねえわけ。肌も荒れちまうよ、このキャロル様の玉のお肌がサー! 雪国育ちのさらさらお肌が!」
「……」
特に返事を求めているわけではない。しかし無視するには少々大きすぎるキャロルの独り言を、フューネラルは慣れた様子でやり過ごす。
フューネラルに比べるとやや小柄な体をいっぱいに伸ばし、ぶつぶつと文句を言っているキャロル。
彼は今更のように尋ねた。
「…眠いのか」
「…だーもう! さっきからそう言ってるだろうが!」
「……。…この仕事を持ってきたのはお前だ」
「しょーがねーだろ、だってこの仕事超楽そうに見えたんだもんよ! 朝まで倉庫を見張ってりゃいいんだろ? 何だか狐だか盗賊だか誰だかが倉庫を荒らすってんで」
「……狐はこないぞ。ここは街だ」
「もののたとえよ、もののたとえ! あーもう、おまえって本当に冗談が通じないヤツなー」
「…おまえの冗談が分かりにくい」
「う、わあ! ナニソレ、ちょっと訂正しろよー!? このキャロル様を捕まえてつまんないたー何事だよ!」
「……つまらないとは言ってない」
「大体つまんないっていったら、おまえに負けるもんはいないだろ、フュー」
「………」
「無口・無愛想・無表情! この三拍子が揃ったお前に、勝てる奴いないって」
「………」
「…って、まーただんまりかよ。あーもうヤダヤダ。何でこんな男と一緒にいんのかね、俺は」
「キャロル」
「あー? 何だよ」
フューネラルはおもむろに腕を上げ、真っ直ぐに倉庫の扉を指した。二人が雑談していた門から少し歩いたところにあるそれは。……大きく、開かれていて。
「……あ」
「やられたな」
キャロルはぎょっとしたように扉まで走り、中を確認し、そしてうなだれる。
頭上には煌々と二つの月が輝いていた。そろそろ三つ目の月が昇る頃合だ。
「…昔から、注意力が散漫だ。キャロルは」
「…う、うるせえなーもうっ! ほら、行くぞフュー! まだ近くにいるかもしんねえしー! 久々の仕事なんだ、絶対にはずせねえー!」
「……もう外しただろう?」
諦めるべきだと、俺は思う。
そんなことをやけにきっぱりと呟くフューネラルに、キャロルは地団駄を踏んだ。その動きを追いかけるように、うなじの辺りで一つに結ばれた焦げ茶の髪が揺れた。
「そーいう無駄に達観したとこが、嫌なんだよおまえはー! わかったよもー! 俺一人で追っかけてくる! フューはそこで見張ってろ!」
「…それは無理だな」
「はあッ!? 何でだよ!」
夜半過ぎ。
赤く光る月が、ゆっくりと山並みの合間に姿を見せた。その光を浴びてなお、青く輝くフューネラルの青銀髪を眺めるキャロルの前で、彼は当然のように言う。
「危なっかしいからな。一人にはできん」
そのままてくてくと、呆気にとられるキャロルを素通りして「行かないのか」と無表情にこちらを眺める。
ああ行くさ馬鹿、と呟いて、キャロルはがしがしと頭をかく。
「お前に心配されるようじゃー、俺もオシマイだよな。ったく…」
「……」
ぽっかり浮かんだ三つの月が、笑って二人を見下ろす街で。
キャロルは腰に携えた剣を軽く揺らし、物陰に見つけた怪しい人影目がけて勢い良く駆けていく。
――結局それは何処の誰とも知らない無関係の人物で、久方ぶりの仕事はすっかりパアになってしまうのが分かるのは、もう少し後。
「あーもう! ぜってー、お前のせい! あそこで残って見張ってりゃあ、もう少し被害も少なくてすんだんだよ」
「……」
もうすぐ雪が降りそうな空の下。走り始めたばかりの冒険者な二人は、そんなことを言い合いながら次の仕事を探すのであった。
2003/10/22(Wed) 表日記にて。
昔々書いていたオリジナル小説のメインキャラ二人。いつか本編をアップしたいなんて夢のまた夢。