『銀河鉄道の夜』
――列車はひかる夜空、黒と白の景色の中を走っていく。
「わあ、きれいだ。ボッシュ、見てご覧よ! あの景色といったらない。なんてきれいなんだろう。まるで星空の中を走っているようだ」
「…ようだ、じゃなくて実際そうなんだよ。相変わらずばかだね、お前」
「ああ、そうか。…ふふ、そうだね。ボッシュは相変わらず、頭がいい」
ボッシュの皮肉げな笑みに、リュウはしかしとても嬉しそうに笑う。
だって、とても久しぶりだったのだ。ボッシュと、こんな風に笑いあうのは。
(…ううん、どうして久しぶりなのだろう? わからない。だって、おれたちはもうずっとこうして笑いながら、ふたりで列車に揺られてきたのではなかったのだろうか)
そんな小さな疑問と、違和感。けれどリュウはすぐにそれを忘れた。
何故なら、隣にはボッシュがいるのだ。彼の、無二の友達がいる。
少し意地悪だけれど、とても優しい彼の友達が。
「…ああ、しまったな。スケッチも、水筒も忘れてきちまった」
「? スケッチ?」
ぼそりと呟かれたボッシュの言葉に、リュウは乗り出した体勢から座席に戻った。
「次は白鳥の停留所なのさ。どうせなら、スケッチをしてみたかった。…ま、いいけど。ただ見るだけでも、そう悪くないだろうさ」
「そうなんだ。…わあ、ボッシュどうしたんだい? その地図は。大層きれいだねえ。それは黒曜石でできているの?」
リュウと違って、座席に座ったままだったボッシュは、その手に丸い板状の地図を手にしていた。彼はそれをくるりと回し、停留所を確認しているのだ。
黒曜石の上には、色とりどりの美しいひかりがちりばめられており、そこには泉や、川や、林まで描かれている。
リュウはそれを息を呑むようにして見つめ、ため息をついた。
「…ほんとうに、きれいだね。ねえボッシュ、これは一体どこでもらったんだい?」
「…? 何言ってんの。お前。銀河ステーションでもらっただろ?」
「ええ? うそだ。おれ、もらわなかったよ」
「ふうん。じゃあ、お前だけ仲間はずれにされたんだよ。鈍くさいから」
「……ええ、そんな」
リュウはその言葉に悲しくなって俯きかけるが、ボッシュはしかしそれを笑う。
「…ばかだね。どうせ、一個で十分なんだよ。俺とお前、二人でひとつを見ればいい。さあ、隣に座れよ」
「……」
その言葉に、リュウはぱちぱちと目を見張ってから、うん、ととても嬉しそうに頷いた。
彼らがそうして、二人顔をつき合わせて座っていると、窓の外できらきらと何かが光った。
二人はきょとりと顔を上げ、窓の外を眺める。するとそこには、さらさらときらめいて流れる河原があった。
青白く光る銀河の岸に、すすきの銀が一面風に揺れている。
水の中には橙や、青や、紫など、さまざまな色たちがひかりさざめき、時折虹のようにきらり、反射するようだった。
「ああ、とてもきれいだねボッシュ! あの河原は月夜だろうか」
「月夜なわけがあるか。銀河だから光るんだよ、リュウ」
「ああ、そうか。そうだねえ」
ボッシュの言うことは、いつも正しい。
リュウはそのことが嬉しくて、くつくつ笑った。
「おれたち、もうすっかり天の野原にきたんだね。あの川は、先生が言っていた天の川なんだろう」
「…見てみろよ、リュウ。りんどうの花が揺れている。もうすっかり秋だな」
「本当だ。…本当に、なんてきれいなとこなんだろう」
リュウはこの美しい景色にすっかり感じ入り、ため息をつくばかりだ。美しい天上の野原。そこを抜けて、列車は緩やかに進んでいく。
「…かあさまは、俺を許してくださるだろうか」
不意に、ボッシュがそう呟いた。
窓の外に広がる銀河。露みたいに、きらりきらり光る星の中で、リュウはその言葉にはっとなる。
(ああ、そうだ。今頃、ニーナも、リンも、あの遠い橙のちりみたいになっている三角標のあたりにいて、おれのことを考えているのだった)
リュウはそのことに気づいて、ぼんやり黙り込む。
「俺は。…かあさまが本当に幸いになるためだったら、何でもしてやりたい。けど。…一体何が、本当にあのひとにとっての幸いなんだろう? ……俺にはわからないんだよ、リュウ」
「…えっ、そんな。だって、きみの母さんは、何にもひどいことないじゃないか…!」
「……。…俺にはわからない。どうなんだろうな。…かあさまは、幸いだろうか?」
ボッシュの、聞いたことのないような思いつめた呟きに、リュウはまごついてどもりながら答える。
「…おれ、わからない。……だけれど、誰だって本当にいいことをすれば、幸いなんじゃないだろうか。…だから、そうしたら、ボッシュの母さんも幸いなんじゃないだろうか?」
「……」
リュウの言葉に、ボッシュは「じゃあ、そうしたらかあさまは俺を許してくださるだろうか」と呟いた。
けれど、リュウはその言葉に答えられなかった。
ボッシュの言うことは、時々とてもむつかしい。
そう考えながら、リュウも遠くの空の下にいるニーナのことを考え、彼女の幸いとはなんだろうかと思った。
…それから、幾つか停留所を通り過ぎ、ボッシュとリュウはいろいろな話をたくさんした。
話は尽きなかった。
リュウはとても幸せで、楽しくて、嬉しかった。
彼らのそばに、何度かひとが座ることもあった。
ただただずっと、鳥を取っている男。鷺や、雁をつかまえている男にも会って、話をした。
停留所で降りたときは、そこで作業工たちにいくつも指示を飛ばしている学士の青年にも会った。
ボッシュとリュウは、本当にずっと昔からそうしていたように笑い合い、ふざけあった。
二人の笑う声、話す声は、さざめくひかりのように座席にちりばめられる。
「…苹果(りんご)のにおいがする」
ボッシュが、不意にそう呟いた。くん、と鼻を鳴らし、首を傾げる。
「今、苹果のことを考えていたせいか? …リュウ、おまえは?」
「…うん、そうだね。苹果のにおいがする。それから、野茨のにおいもするよ」
二人がそうして首を傾げていると、唐突に黒い髪の毛をして、ぶるぶる震えている六歳ばかりの男の子が現れた。
彼の手をしっかりと引いているのは、背の高い黒い服の青年だ。彼は風に思い切り吹かれているけやきのように、そこに立っている。
その後ろからは、目の茶色な十二歳ばかりの可愛らしい女の子がひとり、青年の腕に縋るようにして立っていた。
「あら、どこでしょう、ここは。何だか、とてもきれいだわ」
青年はその疑問に応えるように、女の子を見下ろして微笑んだ。
「そうです。私たちは、神さまに召されているのです。ここは天上のしるし、天への道。さあ、もうなにも恐ろしいことはないのですよ」
そう言う青年の額には、けれど苦渋と疲労の皺が深く刻まれている。彼は無理に笑いながら、小さな男の子をリュウの隣に、女の子をボッシュの隣に座らせた。
「…ううん、ぼく、おおねえさんのところにいくんだよう」
男の子は座らせた途端、ぐずるように声をあげ、通路の向こうに座った青年を見つめる。
それに、青年はとても辛そうな顔をして、ボッシュの隣に座った女の子もしくしくと泣き出してしまった。
けれど彼女は涙を拭いて、弟らしい男の子に話しかける。
「お父様や、ねえさんにはまだいろいろお仕事があるのです。それより、お母様はどんなに永く待っていらしたことでしょう。早くいって、お母さんにお目にかかりましょうね」
「ううん、でもぼく船に乗らなきゃよかったよう」
「…さあ、お外をごらんなさい。ツインクルツインクルリトルスター、を歌ってあげたでしょう? あんなに夜空が光っています。美しいでしょう?」
青年は、二人に優しく語りかけた。
「大丈夫です。もう何にもかなしいことなんてないのですよ。わたしたちは、こんなにきれいなところを通って、じき神さまのところにいきます。わたしたちの代わりにボートに乗れたひとも、皆今頃はおとうさまやおかあさまのところに帰りつけたことでしょう」
青年はそう言って二人を慰めると、あなた方はどちらからいらしたのですか、という隣の男の質問に「船に乗っていたのです」と答えた。
「船が、氷山にぶつかってしまって。霧の深い夜でしたから、あかりもよく届きませんでした。船は沈没します。わたしは、このひとたちについていた家庭教師でしたので、せめておふたりだけでも助けようと思って、ひとをかきわけ、小さいひとたちを乗せてくれるように頼んだのです。ですが、船は既にほかのちいさいひとや、ご家族でいっぱいでした。…それでも、わたしはそのひとたちを押しのけてでもこのひとたちをお助けするのが役目だと考えたのですが」
彼はそこで、泣きつかれてうとうとし始めた男の子の髪の毛を、手を伸ばしてそっと撫でた。
「…だけれど、そうしてまでお助けすることが、このひとたちにとって本当の幸せではないのではないだろうか。そんなことを考えているうちにも、船はどんどん沈んでゆきます。子どもにキスをたくさん送っている母親や、家族に手を振る母親を見て、腸がちぎれそうな思いでいながら、せめて少しでも浮かんでいようとこのひとたちを抱きかかえて目を閉じました。…そうして、少ししたらここに立っていたのです」
青年の言葉に、彼の隣に座った男は言った。
「何かしあわせかはわからないのです。ほんとうにどんなつらいことでも、それが正しい道を進む中でのできごとなら、峠の上りも下りも、みんなほんとうの幸福に近づくひと足ずつですから」
「…ああそうです。ただ、ほんとうの幸いにいたるために、色々のかなしみもみんなおぼしめしです」
青年は、祈るようにそう答えた。
リュウは二人の会話を聞きながら(おれは、その出来事を知っている気がする)と思ったのだけれど、そのまま黙っていた。
そうして暫く経つと、うとうととし始めた姉弟の素足に、白いきれいな靴があらわれていた。
二人はそれをぼんやり眺めていると、青年の隣の男が二人に苹果を渡してくれた。ふたりが感じたにおいは、この馨りだったのだろう。
それは大層いい馨りがした。
がたりがたりとゆれながら、列車は進んでいく。
リュウはいつの間にか自分もうとうとしていたことに気づいて、はっと目を開ける。
気がつくと、前の席に座ったボッシュと女の子が、外の景色を見て、親しげに話をしているようだった。
何だかそのことが面白くなくて、リュウはもう少し眠ったフリをしていようかと考える。
しかし、ボッシュがリュウのまぶたがひくりと動いたのを見咎めて「起きてるなら、外を見てみろよ」と声をかけた。
リュウがしぶしぶ目を開けると、外には一面の赤い光が広がっていた。
ちらちらと燃える炎は、川岸を赤く染めて、あたり一面をちらちらと光り輝かせている。
「…あれは一体何の火だろう? 何があんなに燃えているのだろう」
「……。蠍の火だよ。リュウ」
「蠍?」
「あら、蠍の火なら、わたし知っているわ」
女の子がにっこりして、そう言った。
「蠍の火って何なの?」
「蠍が焼けて死んだのよ。その火が今でも燃えてるって、何べんもお父様に聞いたの」
「え、蠍って虫だろう?」
「虫でも、いい虫だわ」
「そんなことないよ。おれ、前に博物館でアルコールにつけてあるのを見たことがあるよ。尾にかぎがあって、それで刺されると死ぬって」
「そうよ。だけど、いい虫だわ。お父さん、言ったのよ。むかしのバルドラの野原では、いっぴきの蠍が小さな虫なんかを殺して生きていたんですって。けれど、ある日いたちに捕まえられて食べられそうになったの。蠍は一生懸命抵抗したけれど、とうとう逃げられなくなってしまった。そのとき、前に突然あらわれた井戸に落ちてしまったの」
そして蠍は井戸に落ちて、溺れながら、祈ったという。
ああ、わたしは今までどんなに小さないきものたちの命を奪ったかわからない。だけれど、自分の命が奪われそうになったとき、わたしは懸命に逃げた。だけども、結局井戸に落ちてしまった。ああ、なにひとつあてにならない。どうしてわたしは、いたちにわたしの身体をだまってくれてやらなかったのだろう? そしたらいたちも一日生き延びられただろうに。
「どうか神さま、わたしの心をご覧ください。こんなにむなしく命を捨てずに、どうかこの次からはみんなのまことの幸いのため、わたしの身体をお使いくださいって、蠍はそう祈ったの。そしたらいつか、蠍は自分の身体が真っ赤な美しい火に燃えて、夜の闇を照らしているのを見たって。…そうして、今でも燃えているのよ。ほんとうに、あの火がそうだわ」
女の子はそう言って、微笑みました。ボッシュも「そこらの三角標は、ちょうど蠍の形に並んでるな」と呟いて、指をさしてみせる。
リュウはそれをぼんやり眺めて、ため息をついた。
毒虫であるはずの蠍が、とても切なく、かなしく、そして美しいように思えたのだ。
リュウの横にいた男の子も、気がつくとリュウにぴったり身体をつけてその話を聞いていた。
蠍の火を追いかけるように、子どものくるくるしたまなざしが光っている。
――そのときちょうど、通路の向こうから青年が声をかけた。
「もうじきサウザンクロスです。降りる支度をしてください」
男の子は、その言葉に「ぼく、もう少し電車に乗っているんだよ」と眉をへの字にする。
女の子も、悲しそうにボッシュとリュウを見た。彼らと離れたくない様子だった。
「…ここでおりなきゃあいけないのです」
青年はきちっとした調子でそう言うと、二人に言い聞かせるように「支度をしてください」ともう一度いった。
リュウは、あまりにも悲しそうな姉弟の様子に、もう少しで「おれたちとずっと一緒に行こう」というところだった。
それができる切符を持っているリュウは、そう叫んで悲しそうな姉弟を引き止めたかった。
けれど、二人のことを、二人のお母様が待っているのだ。
リュウはそのことを急に思い出して、結局口を噤んだ。
ボッシュは何もいわず、さよなら、と告げて降りていく三人を見送っていた。リュウは今にも泣き出したいのを堪えるようにして、精一杯微笑みながら「さよなら」と言った。
「…おれたち、また二人きりになったね」
「ああ。そうだな」
リュウは窓の外を見つめてため息をつくと、思い切っていっぺんに言った。
「ねえボッシュ。おれは、もうみんなの本当に幸せのためなら、おれの身体なんて百ぺん灼いても構わないよ」
彼が思い切って言ったその言葉に、ボッシュは見たことのないくらい優しい目つきで「そう」と答えた。
それから、リュウの身体をぐいと引き寄せて、しっかりと抱きしめる。
「…ボッシュ?」
どうしたのだろう、と首を傾げるリュウをつよくつよく抱きしめて、ボッシュはまだ少し冷たい指をリュウの背中に立てるようにして「なんでもない」と呻いた。
「……。ああ、リュウ。何だか、俺も蠍のようになってもいい気分だよ。何べん灼かれたっていいんだ。……それがほんとうに、かあさまや、おまえのしあわせになるっていうんなら」
ボッシュは、リュウよりもずっと思いつめたような声で言う。
「…俺はもう、何べんだって燃やされてもいい。構わないよ」
その声の響きに、リュウはじわりと胸が熱くなるのを感じた。たまらなく嬉しくて、さいわいだと思った。
「……あ、ボッシュ見て。あれはなんだろう。…黒くて、暗い。穴が見えるよ」
「ああ。…そいつは石炭袋だ。空の穴だよ」
リュウは、しっかり抱きしめあっているはずのボッシュの声が遠のいた気がして、一瞬首をかしげた。
しかし、彼はどうしても暗い宇宙でなお暗い石炭袋から目を離せず。
「…ねえボッシュ。おれはもう、あんな暗闇の中でも怖くないよ。きっと、みんなのほんとうのさいわいを探しに行くんだ。…そうして、どこまでもおれたち一緒にいこう?」
「そうだな。行こう、リュウ。…ああ。ほら、見てみろよ。あそこの野原がひどくきれいだ。
お前の好きな、りんどうの花が咲いてる」
「…? りんどうの花? ボッシュ、おれには石炭袋しか見えないよ…」
「……そうか、じゃあ俺がとってきてやろうか?
ほらリュウ、かあさまが手を振ってる。おまえにもだ」
リュウはボッシュの言葉に首をかしげながら、何かを予感して、縋るように呟いた。
「ねえボッシュ、おれたち、どこまでもどこまでも、一緒に行こうねえ」
――だけれど、そうして見下ろした腕の中には、リュウの身体しか、なかった。
リュウは鉄砲玉のように立ち上がって、ボッシュの座っていた座席に黒いびろうどしか光っていないのを見た。
そうして、彼は窓の外に向かって叫んだ。
誰にも聞こえないように、叫んだ。
そして窓の外に身を乗り出し、激しく胸を打って、泣き叫んだ。
もう、そこいらがいっぺんに真っ暗になったように思った。
*****
リュウは目を開いた。
彼は、倒れこんだ元の丘の草の上で、すっかり寝入ってしまっていたのだ。
胸は奇妙に激しく火照り、ほほにはつめたい涙が流れている。
リュウはそのままばねのように起き上がり、駆け出した。ついさっきまで夢の中にあった、あの天の川は、見上げた空でまだ白くぼんやり光っている。
遠い遠い、空で、うっすらと流れているようだ。
突然、リュウは、彼の大切なニーナが、夕飯も食べずに彼を待っていることを思い出す。
牛乳だ。おれは牛乳をとりにいかなけりゃあ。
リュウは牛乳屋の黒い門をくぐり、中の人にこんばんは、と声をかけた。
今度はすぐに牛乳を渡してもらえたので、彼はまだ熱い乳の瓶を両手のひらで包むようにして駆けていく。
そうして大通りを暫く駆けて行くと、橋の上が何だかやけにざわざわしているように思え、彼はどきりと足を止めた。
「何があったんですか」
彼は近くで立ち止まっていたひとに、思わず叫ぶように聞いていた。
「こどもが水に落ちたんですよ」
そのひとがそう言ったか言わないかのうちに、リュウは橋のほうへ走り、河原へ降りた。
ひとがたくさんいる。巡査や、大人が、たくさん出ている。
リュウはその中に、級友を一人見かけた。彼は、リュウの元に走り寄ってくると、真っ青な顔で言う。
「…リュウ、ボッシュが川に入ったよ」
「……、どうして、いつ」
「別の子が、船の上から烏瓜のあかりを流してやろうとしたんだ。そのときに船が揺れたもんだから、川に落っこちて。ボッシュがそれを助けてくれたんだけど、今度は彼が浮かんでこなくなってしまったんだ」
リュウは、指先がどんどん冷たくなっていくのを感じた。
あのとき感じたボッシュの指は、ほんとうに冷たかった。それを思うと、自分の身体にあたたかい血が流れていることすら厭わしいようで、リュウは冷えた指先を擦り合わせる。
級友に導かれてほかのみんなが集まっているところに行くと、そこには既にボッシュの父がいた。
彼はただ黙って、時計をじっと見つめていた。
リュウはその近くで水面を見つめながら、ボッシュはもうあの銀河のはずれにしかいないような気がしてならなかった。
そこへ、ボッシュの父がきっぱりと、時計を見て言った。
「もう駄目だ。落ちてから、四十五分経った」
その言葉に、リュウは思わず彼のそばに駆け寄った。
そうして、おれは彼のいる場所を知っています、さっきまでおれは一緒に歩いていたのですと言おうとしたのだが、胸がつかえてうまく喋れない。
それを彼は、リュウが挨拶にきたのかと思ったのか「きみは、リュウくんだったか。…今晩は、ありがとう」と丁寧に話しかけた。
「…そうだ。きみの父上は、もう帰っているか?」
「いいえ」
リュウはかすかに首を振った。それだけでやっとだった。
「そうか。私のところには、一昨日たいへん元気な便りがあったのだ。…もうじき、きみたちのところにも便りがくるだろう。本人も帰ってくるに違いない。…リュウくん。明日の放課後は、ほかの皆とうちに遊びにきてくれるか」
彼はそう言って、また川下の。
特に、銀河がよく映っているあたりを、じっと、見つめた。
リュウは、もうそれ以上何も言えなくなって、早くニーナとリンに父の帰りを伝えてあげようと一目散に駆け出した。
振り返らなかった。
振り返れなかった。
彼の耳元で、風がびゅんびゅん唸る。
空では、あのとき見た蠍がきらりと赤く光ったが、リュウの目には入らなかった。
そうして彼は、ボッシュが彼にりんどうの花を摘んできてくれるのはいつなのだろうと考えて、きらめく銀河の下、家まで真っ直ぐに走っていくのだ。
というわけで、長々と続いてしまったコス企画もこれにて(一応)終了…です…。
なにやら最後のネタは「やっちまった!」感が拭えない……です……。賢治先生のコスとか…ありえない…。
ですが、ボッシュ→カンパネルラ、リュウ→ジョバンニ、はいつかやりたかったネタなので、しあわせでした。
……ボッシュがいろいろありえなかったですけど、勘弁してください。
あと、その他のところがいまいちドラクォキャラに当てはめ切れませんでした……。む、むり。
個人的に、ザネリのほうがとてもボッシュだった気もするんですが、そこのあたりはいまいち実力不足でした…。むり……。
いろいろと無理ばかりのコス企画ですみません……。
何はともあれ、このような素敵な企画を提供してくださった漣いつきさんに心より御礼申し上げたいと思います。
ドラクォばんざーい!