――『永遠に終わらない夏色の日々』――

 

「ユメってさ」

 太一が不意に言った。

 ――――八月一日。

 彼らがサマーキャンプに行った、あの日。

 長くて短い、冒険の始まった日。

 太一、ヤマト、空、光子郎、ミミ、丈、タケル、ヒカリ。

 八人の子供たちは、ぼんやりと、青くて高い空を見上げて。

 まるで、何かを待っているかのように、ぼんやりとしていた。

 ……あの冒険の日々から、もう二年が過ぎて。

 太一、空、ヤマトらも小学校を卒業して。

 中学生という「大人」のスタート地点に立ちかけていて。

 ……太一は、少し窮屈そうにみじろいでから、もう一度呟いた。

「ユメってさ。どこからユメ≠ノなるんだろうな」

 その瞳は、相変わらず上空を見つめている。

 ぼんやりというには、いささか凛としすぎているその眼差し。

「……どこからって…、どういう意味ですか?」

 その言葉に、訝しげな反応を返したのは光子郎だ。

 それを皮切りに、他の子供たちも、まるで呪縛が解けたかのように上空を見上げていた眼差しを、彼らの仲間たちに向ける。

「将来のユメとか、夜見るユメとか…色々あるじゃん。ユメって。……そーいうのの境目ってさ、どこなんだろうな」

 だが、太一は依然として上空を見上げている。

 まるで、空の彼方にある何かを睨みつけているかのように、じっと。

「……少なくとも、俺たちにとって……あの冒険は夢じゃなかった」

 それに低い声で返したのはヤマトだ。

 彼は青い瞳を眇めて、遠くを見るようにプルースハープを見つめる。

「そうよ! 楽しくて、悲しくて……あんなにいっぱいの気持ちが詰まった毎日だったもの!」

 ミミも、若干強い口調で続けて……ふっと目を伏せた。

 悲しいわけではない。ただ、雰囲気の穏やかさに、自然と従ってしまっただけだった。

「……太一は、どうしてそんなことを言い出したの?」

 そんな中、空が静かな口調で尋ねる。

 静かな、穏やかな空気。まるでそれを守るように、静かに。

「……ん」

 太一はそれに小さく笑って。

「おにいちゃん?」

 そっと、袖をひっぱる妹にその笑顔を向けた。

「ユメとゲンジツの境目って……すげー曖昧だなあって、思ったんだ」

 そんだけ。

 太一はそう軽く言い放って、静かに笑う。

 それはひどく大人びた笑いで。

 近くにいたヒカリやタケルは、一瞬、どこか不安そうな目になった。

 

 ――――ピーターパンは、今日も彼らを迎えにこない。

 それは、僕たちがオトナになろうとしているから?

 

 じゃあ、僕たちはどうすればいいんだろう?

 

「………このまま、忘れちゃうなんて……ないよな……?」

 丈が、ふと呟いた言葉。

 それは皆の中の不安を、ダイレクトに代弁した言葉で。

 打ち消そうにも打ち消せない言葉で。

 ……子供たちはふっと俯く。

 それぞれが、それぞれの表情で。

 ――――しばらく、沈黙が流れた。……だが、不意に。

 

「でもね。……ボクは信じてるよ」

 幼い、タケルの声が、その空気を破った。

「……信じて、頑張って……そうしたら、かなわないコトなんてなかったもの。パタモンにだって、もう会えないと思ったけど、また会えた。
……きっとそうだよ。また会えるよ……!」

 ボクたちの、友達に。

 タケルは澄んだ言葉でそう一同に告げ、またひたむきに空を見上げた。

 

 今日も、明日も、明後日も。

 今年も、来年も、再来年も。

 信じる気持ちなら、希望なら、ほら、いつでも胸の奥で光っているから。

 

「……あのね。時々、笛の音が聞こえるの」

 ふわりとした、幼い少女の声が、少年の声に元気付けられたように続く。

「テイルモンが鳴らす、ホイッスルの音。……だから、そのたびに思うの。私たちだけじゃないって」

 ――――信じて。

 ――――待って。

 ――――会いたいと、焦がれているのは。

 きっと、この世界という大きな鏡の向こう側にいる、大事な友達も同じ。

 

「やっぱさあ。自分で探すしかねーのかなあ」

 

 太一が何気ない口調で言って、勢いよく、草地から、跳ねるように立ち上がった。

 そのカオに浮かんでいるのは、どこかワクワクしているような笑顔。

「ピーターパンが迎えに来ないんなら、自分たちで探しに行こうぜ?」

 まるで、冗談みたいな口調で。

 澄んだ声音で一同を促す。

 

「………ユメとゲンジツ、ですか」

 光子郎は、どこか眩しいような天気の中、薄く笑って。

「境目がないんなら、いっそリンクさせてしまう。それも一つの手ですね」

 彼も冗談めかした口調で、膝の上のノートパソコンを見つめた。

 

「ハーモニカだけは持ってかねーとな」

 ヤマトも勢いよく立ち上がり、やはりぴょこんっと立ち上がった、あの頃よりも大分背の高くなった弟を見守る。

 

「私ね、いっぱいいっぱい話したいコトあるの! 一日、二日なんかじゃたりないくらい!」

 ミミがうーんっと背伸びをするように立ち上がって、きらきらした瞳で宣言した。

 

「会いたくて……元気かどうか確認して……おしゃべりして……いっぱい遊んで。でも、これじゃまだ足りない。…贅沢ね。私たち」

 コレも子供の証拠かしら?

 そう言って、空が楽しそうに笑う。

 

「今の僕を一番見せたいのは、やっぱりゴマモンだよ。……それから、今のゴマモンを一番見たいのも、僕だな」

 丈が穏やかな笑顔で笑った。

 その笑い声に、子供たちは頷いて、笑いあう。

 

 ――――信じよう。

 ――――ユメは、まだ終わっていない。

 

 ――――君が僕の中で笑うかぎり。

 ――――僕が君の中で笑うかぎり。

 

 ――――僕たちが信じるかぎり。

 

 ――――そして、探しに行こう。

 ――――僕たちの終わらない夏≠。

 

 ――――僕たちが手にした宝物は、とてもキラキラしていて。

 

 ――――大事に大事にしまっているけれど、でも、思い出だけじゃ、つまらない。

 

 ――――僕たちは、まだ、ワガママで無邪気な子供だから。

 

 だから、きっと、また会えるね。

 

 コドモでいるかぎり?

 

 ――――ううん。

 

 ――――――君たちと僕たちの心が、つながっているかぎり。

 

 

 ………僕たちの、夏色の冒険は、終わらない。

 

 

END






UPしてもはや数日が過ぎていますが、今更コメントを。
私、ピーター・パンとデジモンのイメージがなんか重なるんですよね。
…というか、「子供たち」の世界であるネバーランドと、デジタルワールドが。
ウェンディたちはピーター・パンが迎えにきてくれなかったから、
結局彼らのことをおいて、大人になってしまった。
だったら、ゲートがいつ開くか、いつ開くかって待ち続けてる彼らは、彼ららしくない。
なんかそんな風に思ったんですね。
だからこーいう話を書いてみました。
しかし、執筆所要時間一時間弱ってどうよ。
UPできたのが8月1日本気でギリギリってどうよ…?
(本気でギリギリでした…。だって、8月1日の11:59に転送したから…;;)