【きっと今日も川べりで、膝を抱えていることでしょう】




 ――子どもの頃、アルフォンスは大層な泣き虫だった。


 オレと一緒に遊びに行くときも、オレと本を読むときも、いつもオレの後をついてきて、べったりと離れない。
 母さんがいるときもそうだった。
 母さんが洗濯物を干しているところにちょろちょろと纏わりついたり、料理を作ったり、繕いものをする母さんのエプロンを追いかけるように、アルフォンスは家の中でぱたぱたと駆け回った。
 そんなアルフォンスを、おまえ、ひよこみたい、とオレはよくからかった。

 ぴよぴよ、ぴよぴよって、ひよこはニワトリのあと、ついてくんだぞ。
 おまえもひよこだ、ひよこアル!

 ……そう言ってからかうと、ボクひよこじゃないもん、とむくれて膨れたアルフォンス。
 いいや、ひよこだよ、ぴよぴよアル! ひよこみてえ、とぷっくり膨れた頬をつついてからかうと、アルフォンスは一層むきになった。

 ひよこじゃないもんひよこじゃないもん!

 ……けれど、オレが外に遊びに行くと、アルフォンスはいつも当然のようにオレの後にくっついて、何処までもついてきた。
 何処までも、何処までも。
 ウィンリィと遊ぶときも、それ以外の友達と遊ぶときも、アルフォンスはいっつもオレについてきた。

 にいちゃん、きょうはどこいくの。

 どこでもいいだろ。

 うん、じゃあボクもいくからまっててね。

 なんで。アルもついてくんの?

 うん。にいちゃんのいくとこなら、ボクもいきたいもん。

 ……ああ、そんなやり取りを何度繰り返したことだろう?
 本当は、口で言うほど嫌がってたわけじゃない。
 ひよこみたいなアルフォンス。
 お前が、オレの後を何処までも、何処までもついてくるのは、鬱陶しくて、それでいてどこかくすぐったいものだった。
 オレのアルフォンス。オレの弟。
 わざと意地悪をして、アルフォンスがパジャマのうちに、家を出たことがあった。
 すると、案の定アルフォンスは大慌てだ。
 まだ歯磨きも終わってないくせに、オレの後を追って、ばたばたと飛び出してきた。まだパジャマだった。
 やだやだ、にいちゃんおいてかないでぇって泣きながら、ちっちゃいアルフォンスはオレにしがみついて、わんわん泣いた。
 ちょっとした悪戯のつもりが、こんなに大泣きされて、うわどうしようってうろたえたことは覚えている。
 アル、アル、泣くなよアル、置いてったりするもんか、にいちゃんちょっと外に出ただけだ、ちゃんとお前を待っててやるよ、とオレはしがみついて泣き続けるアルフォンスに、必死で言い聞かせた。

 大丈夫、大丈夫。泣くんじゃない、泣くんじゃないよアルフォンス。

 丸みを帯びた、小さな身体。
 それがびくびく震えながら、にいちゃんにいちゃんって泣くのがいとおしくて、オレは何度も言ってやった。
 にいちゃんはお前を置いてったりしないよ、お前だけおいてくもんか、だから泣くなよ、泣くなよアル、って。



********



 身長がオレよりでかくなってからは、幾分生意気になったし、喧嘩も強くなった。
 けれど泣き虫なのは相変わらず。ウィンリィほどじゃなかったけど、あいつは相変わらずつつけばびいびい泣き出してしまう、弱弱しい涙腺を持っていた。
 喧嘩のときも、あいつは最後には泣き出して、ぼろぼろでかい涙の粒をこぼしてしまう。
 それが面倒で、けれどオレも仕方なく、あいつを慰めてやらなくちゃなる。だって、オレはあいつのにいちゃんだから。
 何が原因かなんていちいち覚えてないけど、オレたちはちっちゃな喧嘩をたくさんしたから、そのたびアルフォンスはぼろぼろ泣いた。
 声をあげて泣くんじゃない。悔しそうに、声を押し殺すみたいにして泣くんだ。
 何より悔しいのは、さっきまで喧嘩をしていたオレが慰めにかかることらしい。
 泣くなよってオレが溜め息混じりに言うと、泣いてなんかない! と怒鳴られる。
 じゃあそれなんだよと指差せば、違うもん、と首を振る。
 ひよこひよこ、とからかったときのように頬を膨らませ、首を振るのだ。
 オレが仕方なく譲ってやって、こうして慰めてやっているというのに、アルフォンスはそうして意地になって、「なんだよにいちゃんなんてどっか行っちゃえよ!」と怒鳴るもんだから、オレも「ああ、行ってやるよ、ばーか! お前なんて知るか!」と捨て台詞。
 するとアルフォンスはますますびいびい泣きながら、どこかに走っていってしまう。
 オレはそれを憤然と見送り、あんなやつ知るか! とそっぽを向くのだ。
 ああ、しょうがない奴。オレの弟は、本当に、子どもで、ガキだったのだ。
 最近ではあんなどでかい鎧になっちまったせいか、妙に落ち着いてしまった。挙句、昔よりずっと生意気になった。
 腹が立つことに、周りの連中も皆、これじゃあどっちが兄貴か分からないなんて言いやがる。

 そんなの決まってる。

 全くもって当たり前のことだ。……オレが兄貴に決まってるじゃないか?
 オレが兄で、あいつは弟だ。
 分かりづらくなっただけで、あいつは今でもガキで、泣き虫のアルフォンスだ。
 そう。今だって、拾ってきた猫にこっそりミルクなんてあげてるもんだから、オレたちは猫を飼えないんだ、とっとと捨ててこいと言ってやったら、そんな言い方ないだろ兄さんのばかー! とがしゃんがしゃん走っていってしまった。
 ああ、ほんとに。昔から何にも変わってない。
 皆、分かってないんだ。……アルフォンスが子どもで、弟だってことを、分かってないんだ。


 子どもの頃、大層な泣き虫だったオレの弟は、今でも相変わらず泣き虫だ。
 オレには分かる。にいちゃんだから、分かるんだ。
 猫を腹に抱えて、今だってきっと、川辺で膝を抱えてやがるんだ。
 兄さんのばかとか言いながら、分かりづらくて分かりやすい鎧の面で、今も泣きべそかいてるに違いない。
 仕方ない奴。仕方ないアルフォンス。
 仕方がないから、オレがそろそろ迎えに行ってやろう。
 アルフォンス。アルフォンス。そうしていちいち泣くんじゃない。
 オレが手を引いてやるから、何にも怖いことなんてないんだ。
 猫は、……しょうがない。一緒に飼い主を探してやるから。
 オレたちは、自分たちのことで精一杯だから、猫の世話をできる余裕はないって分かってるだろう?
 泣けないアルフォンス。オレの弟。
 本当は泣き虫の、でっかい鎧の弟。
 大丈夫だ。にいちゃんがついている。オレは知っている。お前が泣き虫だって、子どもだって知ってるから。
 さあ、にいちゃんが手を引いてやる。


 だから、一緒に帰ろう。――子どもの頃、約束したように、一人になんてしないから。
 

















にいちゃんぶったかんじで。
この二人は、お互いにお互いのことを「自分がいなくちゃだめなんだから」とか思ってたらいいと思います。