『ハッピーエンドの行く先に』




 結婚は人生の墓場。
 …太一はそんな言葉を思い出して小さく笑った。

 ――かたかたと走るたびに揺れるランドセル。
 ――中でがちゃがちゃとうるさいペンケース。

「太一さん」
 小学生たちが、わあっと歓声をあげて走っていく。
 それを楽しげに眺めていた太一は、かけられた優しい声に振り向いた。
「よう、光子郎」
 穏やかな返事。
 光子郎はその声に、にこりと笑う。
「いきましょうか」
「ああ」
 …どこに、とも。何をしに、とも問う必要はない。
 ふと脳裏に思い起こされるのは、遠い日の、戻らない思い出たち。
 そしてなくさない思い出たちのこと。
 どちらからともなく手をつないだ。
 微笑んで、手をつないだ。
「光子郎、背ぇ伸びたなあ」
「そりゃあ努力しましたし」
 たわいのない会話をして、また笑う。


『――ずうっと、ずうっと。…永遠にそばにいるなんて、不可能なんですよ太一さん』

 かつて、そう、寂しそうに断言した少年。
 ありえないことなんです。
 それは厳然たる事実なんです。
 
 小学生には不釣合いな小難しい言葉を使って、どこか冷ややかにも告げた少年。


 ……きらきら光るゲートをくぐって。
 2人は手をつないだまま、緑の大地に降り立った。
 もう、10年も昔。
 この大地で築いたかけがえのない思い出たちが、言葉を交わさずとも2人の脳裏をゆっくりと巡っていく。
「太一さん、この頃から無鉄砲でしたよね」
「光子郎はこの頃からひねくれてたよな」
 お互いにお互いをけなして、くすくす笑う。
 意地っ張りだった子どもたち。
 1人1人、手放せない大切なものを抱えて。
 それを守るための手段を、ずっとずっと探していた、あの夏の日々。

「おめでとう、タイチ!」
「おめでとさん、光子郎はん!」
 手をつないだまま、ゆっくりと芝生を踏みしめて2人は歩みを進めた。
 そんな2人に祝福をこめて、オレンジ色の恐竜と赤い色のテントウムシが花びらを撒く。
「さんきゅ、アグモン」
「ありがとう、テントモン」
 2人はそれぞれくすぐったそうにその祝福を受け止めて、また歩みを進めた。
 ――上空からふわりと降ってきたブーケ。
 それをしなやかに受け止めて、太一は軽やかに笑う。
「なんだ、やっぱり俺が花嫁なのかよ」
 冗談めいたその口調に、ブーケを投げた本人である空が「関係ないでしょ。花嫁でも、花婿でも、幸せになれれば?」とやはり冗談めかした祝福を投げかける。
「なんだったらヴェールもつけてやろうか?」
 ヤマトが冗談めかそうとして失敗したような、そんな複雑そうな顔で太一に言葉を投げかけた。
「ヤマトの手作りヴェール? なんだか口うるさくなりそうだから、俺は遠慮しとくよ」
「よくいうぜ」
 太一はつないだ手をそのままに、反対側の手でヤマトと拳をぶつけあう。
「おめでとう、光子郎さん」
 草と花でできたアーチの反対側で、タケルがにこにこ笑って光子郎に手を振った。
「太一さんをいじめたりしたら承知しないからねー? ね、ヒカリちゃん?」
「まさか言うまでもありませんよね光子郎さん?」
 笑顔の裏で何を考えているのやら、というタケルが無邪気に手を振る横で、ヒカリは笑顔の裏の怒りを隠そうともせずに冷ややかに告げる。
「幸せにしてください。それ以外の選択肢を選んだら、すぐさま連れ戻しにいきますからね」
 少女のその言葉に、光子郎は真顔で「心得ていますよ」と頷いた。
「幸せにします。後悔なんて、絶対にさせないくらいに」


『永遠はないのか?』
 幼い日。
 冷たくて、寂しそうな光子郎がかわいそうで手を伸ばした。
 ずうっとそばにいてやるから、そんなつらそうな顔をするなよ。
 ずうっと、ずうっと一緒にいるから、寂しいなんて言うなよ。
 そう言って、手を差し伸べたら、ずっとなんて、永遠なんて軽々しく口にしないでくださいと手を振り払われた。
『ありません』
 あったらいいのにと、そうつぶやく太一に光子郎はどこまでも冷ややかだった。
『世界は、有限なんです』と、冷たく答えて。


「光子郎くん! 今幸せー!?」
 パートナーと一緒に花弁を撒きながら、ミミが高らかにたずねかける。
 光子郎は僅かに苦笑した。
「ええ、とても」
 するとミミは鮮やかに笑う。
「じゃあ、もっともっと幸せになってねー!!」
 2人で、幸せを2倍にするのよと、高らかに笑う。
 太一と光子郎は顔を見合わせて、大きく笑った。

「病めるときも、健やかなるときも、ともにいると誓いますか?」
 こほんと咳払い。
 アーチの出口で待っていた丈が、牧師の真似事をする。
 しかし手にもっているのは聖書ではなく参考書というあたり、彼の精一杯のユーモアがみてとれた。
「はい」
「誓います」
 2人は神妙に告げながら、丈の真面目くさった顔に目配せし合う。
「えー、それでは、指輪を交換してください」
 丈はそんな2人に気づきながらも、あえて何も言わずにぱたんと参考書を閉じた。
 2人は向かい合い、互いの指輪を交換し合う。


『世界には限りがあるし、永遠はない』
 太一は困ったように笑って、光子郎の頭をぽんぽんなでた。
『でも、それは寂しいことじゃないと思うぞ、俺』
 笑ったまま、光子郎に告げる。
『どうして』
 光子郎は尋ねる。
 いつか必ず壊れてしまうもの。
 それのどこが寂しくなくて、辛くないというのだろうと。
『だってさ』
 太一はにっこりと笑う。

『それまでの間、幸せで、楽しくて、ずーっと一緒にいればいいんだろ』

 彼はなんでもないことみたいにそういった。
『永遠じゃなくてもいいよ。ゴールがあってもいいよ。それまで、おまえが寂しくなければ、ずーっと一緒にいられれば、それでいいじゃないか』
 そう言って、笑った。


「今でもそう思ってますか太一さん」
 微笑んで尋ねた光子郎に、太一は当然と言って笑う。
「永遠じゃないから、俺はできる限りお前と一緒にいたいって思ったんだよ」
 
 おめでとう、おめでとうと、仲間たちが言祝ぎをささげる。
 2人は幸せのシャワーの中、ゆっくりと口付けをした。
 
 まるでヴェールのように、太一の頭上に花が降りてくる。
 その優しさにくすぐったそうに笑って、太一は高らかにブーケを投げた。

END.


大変遅くなりましたが、ハルアキさんに捧げるウェディング小説でございますー☆
……本当に遅くなりました。
本当に遅くなりました……。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい〜!!!!!!!;;;;;
ま、また懲りずに遊びにきてにゃ??? きてにゃ????(上目遣い)(←殺)

モドル