『お菓子よりも悪戯よりも』


 ポケットには、飴がざらざら。
 口にもいっぱいチョコをほおばって。

「…オトナって、カンタン」

 ボッシュは大きな帽子を被りなおしながら、独りごちた。通りすがったショウウィンドウに映る姿は、小さな魔法使いといった具合に。ほどよく可愛らしく、そしてほどよく怖そうに決まっている。
 せっかくのハロウィーンですから、と召使が見立ててくれた服装は、少し重くて、けれどまあ、それほど悪くもなかった。
 けれど、わざわざ他の連中と連れ立って歩き回るのも面倒くさい。

(あんな子どもっぽい連中に、足並み合わせてやることもないだろ)

 そう結論を出して、ボッシュは手始めにご近所さんをぐるぐると回った。
 これでも外面は、そう悪くはない。生まれて十年三ヶ月とちょっと。にっこり笑って礼儀正しく挨拶してやれば、大抵の大人は満足して「いい子ね」とお決まりの好印象を口にしてくれるのだから。

「……」

 西日が背中に当たって、暖かい。少し、暑いくらいだ。
 その熱を、もう大分冷たい秋の風がなぶるようにさらっていく。ボッシュは急に冷えた唇を、ぐいぐい手で拭った。その手にはチョコがべったりついてしまって、彼はそのままちょっと眉を寄せる。汚くて、べたべたするのが嫌なのだ。

「……お菓子くんなきゃ、いたずらしちゃうよー!」

 その背中に、ばふりと何かがぶつかってきた。
 なんだと訝しく振り返れば、そこには芸もなく白いシーツを頭からかぶって、にこにこ笑う同い年くらいの子どもがいて。

「リュウ」
「うん。こんにちわー。ボッシュは、それ、まほうつかい? かっこいいねー」

 少し舌のおぼつかない口調でそんなことを言いながら、リュウはにこにこと幸せそうに笑っている。
 近所よりは、少し遠く。空色の家、とかいう孤児院で暮らす子どもで、いつもこうしてにこにこ笑っているか、ぼんやり空を見ているかのどちらかの様子しか、ボッシュは見たことがなかった。
 
「かっこいい、っつーか。まあ、今日はまず怖くなくちゃ駄目だけどな。ほら。怖いだろ」
「んー? どうだろ。だってボッシュはボッシュだし…」
「なんだそれ。…つまんねえやつ」

 リュウは何故だかボッシュに随分懐いていて、今も邪険にされているというのにちょろちょろと近くを歩き回ってニコニコしている。

「ね。おれは? おれのは、怖い? 怖そう?」
「つか、ダサイ」
「ださい? …うーん。ださいのは、やっぱり怖いのとは違うよね…?」
「バーカ。大違いだよ」

 おれのはね、シーツお化けなんだよ、とリュウはにこにこして、そうだー、とボッシュに冷たい菓子の欠片を差し出してきた。

「今日、皆で焼いたんだよ。クッキー」
「…はあ。で、なに。それ」
「ボッシュにもおすそわけ。だって今日はお菓子の日だし」
「ちげーよ、馬鹿。ハロウィーンだ。ハロウィン」

 ボッシュは呆れ果てた様子で説明するが、リュウは聞いた風もなく、そのまま両手を差し出したままだ。
 いびつな形のクッキーに、ボッシュはやがてため息をついて。

「ホントに食えるのかよ」

 柔らかいリュウの手から、その冷たい欠片を受け取った。リュウがにこぉと笑う。

「食べられるよ。おいしいよ? だから持ってきたの。ボッシュ、あまいもの好きだから」
「まずいのは論外」
「まずくないよ。おいしいよ」

 ふふふ、と嬉しそうにしながら、リュウはぱたぱたとボッシュの周囲を小走りに歩く。

「夕焼けだね。もうじき、暗くなるね。…おれもう、帰らなくちゃ」

 そして、不意にそう思いついたように呟き、ボッシュに向かって「あー」と声をあげる。

「いたずら忘れてた。ね、ボッシュボッシュ、いたずらとお菓子、どっち?」
「…。別に菓子くらい、くれてやるよ」

 思い出したようにハロウィーンの風習を口にするリュウに、ボッシュはまた嘆息して、あいている方の手でポケットを探った。そして片手で器用に包装紙をといて「口あけて」とリュウに指示する。
 リュウは素直にぱかりと口を開け、ボッシュの手から甘い欠片が放り込まれたことに、また嬉しそうにくふくふ笑った。

「ありがとー、ボッシュ!」
「…もういいから、とっとと帰れよ。俺も帰る」
「うん!」

 リュウは甘い欠片を味わいながら、ぱたぱたと走りかけ、また「あー」と声をあげて戻ってきた。そして、今度は何、とうんざりするボッシュの頬に、ちゅ、とその柔らかい唇を触れさせる。

「な。…な、なんだよソレ。いたずらは、菓子やったから、ナシだろ」

 ぎょっとして後ずさるボッシュに向かって、リュウは「おれいだよー」と笑った。

「いたずらじゃないよ。お礼。じゃ、また明日ねー」

 ばいばい、とシーツお化けが手を振る。
 ボッシュは何とも脱力した気持ちで、手を振り返した。

「どんなお礼だよ…。何教えてんだ。あの孤児院は」

 うんざりしながら、足を自宅の方に向ける。
 ひんやりした風が、また背中を撫でた。いつの間にか赤い夕陽は沈んで、辺りは大分暗くなっている。
 ボッシュはぶる、と身じろぎすると、掌に握ったままだった冷たい欠片に気づいて、それをぽいと口の中に放り込んだ。

「…硬いんだよ。馬鹿」

 用心深く噛み砕いたクッキーは、恐らく、リュウの手作りのものなのだろう。
 ボッシュはそれを疑わず、じっくりと噛み砕くと「砂糖入れすぎ」と呟いて。

「俺がいくら甘いもの好きだってさあ。…限度ってもんがあるだろ」

 ――だからおまえは馬鹿なんだよ。

 暗く冷たい帰り道で、魔法使いの子どもは小さく苦笑した。








2003/10/26 (Sun.) 02:11:38 交換日記にて。
…そういえばハロウィン創作って初めて書いた。しかし空色の家って。…怪しいなあ。名前。