『幸いなるかな、春麗らかにて』




「気持ち悪い」

 ――こめかみにぐりぐり指を押し当てて呻くボッシュに、リュウはおろおろと立ち尽くす。
 偶然手に入れたテーマパークのチケット。
 面倒だのなんだのとうるさいボッシュをつれて、二人で訪れたテーマパーク。
 空青く、風も暖か。
 春うららかな気候の中、(文句が多かった割に)次から次へと絶叫物を選んで乗り回していたボッシュは、すっかり気持ち悪くなってしまったらしい。
 ぐったりとベンチに座り込んで、背もたれにべったり背中を押し付けている。
「……大丈夫?」
 だからフリーフォールの後、コーヒーカップに乗るのはやめようと言ったのに。
 胸中でそう呟きながら、リュウは買ってきたジュースを手渡す。
「オレンジと、コーラ。どっちがいい?」
「おまえさ。…気持ち悪いって思ってる人間に、炭酸持ってくるか。普通」
「え、……ま、まずかったかな…」
「…も、いい。ちょうだい」
「あ、うん。……あ、えっと、オレンジでいいんだっけ…?」
「……」
 ボッシュはぎゅうと眉を寄せて、ぐっと半身を起こすと、リュウの手首をきつく掴む。
「――え? え、え」
 そして戸惑うリュウを引っ張るようにして、ぐいっと自分の隣に座らせる。
「わ、わわ」
 ぱちゃっ、とオレンジと黒が揺れた。
「……いいから、もう。おまえ、座ってろ」
 疲れたような、そんなボッシュの声に、リュウは困ったように眉を寄せて隣に座る。
 手首は未だ、ボッシュの手につかまえられたままだ。
 ……それきり、ボッシュは言葉一つ発しないまま。こめかみにを押さえて、俯いてしまう。
「……。……」
 リュウは困惑しきった様子でしばらくぼんやりしていたのだが……やがて、ぎゅと握られていた手首を、ちらと眺めた。
 それから、指先でそっとボッシュの手に触れる。
「……」
「――膝」
「…?」
「ひざかして」
「…え。……ちょ、ボッシュ……わっ?」
 慌てて両手を挙げ、ジュースを頭上に掲げた。ちゃぷりとまた雫が揺れる。
 その膝に、どさ、と音を立ててボッシュの頭が降りてきた。サラサラとこぼれる金色の糸が、柔らかくリュウの膝をくすぐる。
「……」
 公衆の面前で、貴方は一体どういうおつもりですか。
 リュウはかける言葉が見つからず、口をパクパクさせた。
 ボッシュは黙ってリュウの腹に顔を押し付け、軽い寝息すら立て始める。
「……。………」
 見上げた空は青く、眼下に広がるボッシュの金髪に、サラサラと光がさざめいた。
 軽く、溜め息。

(――仕方ないから)

 幸せそうに、苦笑と溜め息。

(ボッシュが起きるまで。……少し恥ずかしいけど、このままでいてあげるよ)

 テーマパークのすみっこで。
 賑やかな人ごみから離れて、ぼんやりと。
 二人限定、春うらら。
 微笑んで、二人で。











2003/04/01(Tue) 19:38 裏掲示板にて。
ただし、下書きはとあるお方の家にお泊りしているときに。ネタはだろさんとの会話から。