―――『君にあの星空を・中編』―――
――――太一が『幼児状態』になってから、二日が過ぎた。
子供たちは今までと明らかに勝手の違う『太一』に戸惑いながら、サーバ大陸に出航する準備を進めている。……とはいっても、まだ食糧収集の段階だが。
「こーしろーっ、こーしろーっ、みてみて、これ!」
「どうしました? 太一さん」
光子郎は丈と二人で食糧配分を計算している途中、てってっと太一とタケル、それにアグモンが走ってくるのに気づいて顔を上げた。
「えへへ、これねぇ、太一さんとボクとで集めたんだよっ! ぜーんぶ食べられる木の実なの!」
「へぇ〜、そりゃお手柄だ! しかもこんなにたくさん」
タケルと太一、それとアグモンはにこにこしながら両手いっぱいに抱えた木の実を丈と光子郎に見せる。(タケルはデジタマも抱えていたので、少ししか持てていなかったが)丈はそんな二人と一匹を素直に誉めて、歓声をあげた。
「おっ、確かにみーんな食べられるやつやわっ! あんさんら、ようやりよったなぁ、なー光子郎はん?」
博識なテントモンの保証をもらって、二人と一匹は笑顔を交わしあう。
「ねー、ねーっ、丈〜、オイラおなかすいちゃったりなんてして……?」
ゴマモンはにへら、と表情を崩して丈に話しかけ「おいおいゴマモン…」と丈も苦笑した。……だが。
「……二人とも。どうやって、この木の実が食べられるものだって確認したんですか?」
光子郎は少し難しい顔で二人に確認を求める。
タケルは「えっ?」と首を傾げ、太一はぱちぱちと目を瞬いた。アグモンがおずおずと「ボクがそうだって言ったんだけど…」と挙手すると、光子郎は「そうですか」と頷く。
「ねえ……光子郎さん、どういうこと?」
タケルが眉を寄せて、光子郎に説明を求めた。見るからに不満そうな顔に、丈たちはハラハラと二人を見守る。
「いえ。あまりにもタケルくんの言い方が確信に満ちていたので、ひょっとしたら毒見をしたんじゃないかと不安になっただけです」
「……ふーん」
「…………たける? どうしたの?」
意味は分からずとも、何やら不穏な雰囲気を察した太一が、心配そうに二人を見た。
「何でもないよっ。さっ、太一さん、向こうに行こっ!」
「……? うん?」
太一は首を傾げながらも素直に頷き、駆け出すタケルの後を追う。
残された二人と二匹は、何とも言えぬ気まずさを感じたが……テントモンは、複雑な表情で走り去っていく二人を見ている光子郎に声をかけた。
「光子郎はーん…さっきの言い方はあきまへんて。タケルはん、かなり気に障りよったんとちゃいまっか」
「……そうかもしれませんね」
「なあ、光子郎……? お前、何か苛々してるのか?」
「…………苛々? してるように見えますか?」
光子郎の低い切り返しに、丈の方がびくっと震える。
「あっ、いや! そんな、確信を持って言うわけじゃないけどさ!」
「丈〜……」
「うわっ、何だよゴマモン! その目! その白い目!」
丈とゴマモンがいつもの凸凹会話をはじめる横で、憮然と俯く光子郎。その目には、タケルと仲良く笑い会う太一の姿が映っている。
テントモンは何ともいえない様子で首を傾げてから、ちょこちょこと光子郎に近寄った。
「光子郎はん。気持ちは分かるんやけど……その、少し大人げないんとちゃいまっか?」
「……気持ち? 僕の何が分かるっていうんですか」
光子郎はテントモンの言葉にも冷ややかな対応を返す。テントモンはその対応に戸惑って「あー、いや、その…」と頭をかくような仕種をしたが……光子郎はすぐにそんな自分の態度に自己嫌悪をおぼえたらしく。
「………すみません、テントモン。僕、やっぱり苛々してるみたいです」
「あ、ええんですわ、謝らんくても!」
テントモンは慌てて手(足?)を振り、ふっと俯いて、こう続ける。
「その……わて、光子郎はんの気持ちは分からんかも知れへんけど〜…」
「……」
続きを促すでもなく俯き続ける光子郎に、テントモンはおずおずと告げた。
「太一はんは……光子郎はんに喜んでもらいとうて、あの木の実もってきたんちゃいますか…?」
「…………」
光子郎は、ぎゅっと服の胸の辺りをつかみながら、苦しそうな表情で黙り込んだ。
「こ、光子郎はんっ?」
「いえ……何でもありません」
慌てるテントモンに、光子郎は眉を寄せながら呟く。
「ただ――――胸が苦しいだけです」
「…………むね?」
テントモンは怪訝そうに首を傾げたが、もう光子郎は答えなかった。
ただ……どこか疲れたような表情で、地面に目を落としているだけだった。
「もぉっ、光子郎さんたら失礼しちゃうよね! ボクだってそれくらい分かってるもん! もし、万が一毒だったら困るから、迂闊に木の実を食べちゃいけないってことくらいさ!」
「タケル〜、ほら、コウシロウも悪気があったわけじゃないよ、きっとー。ねえ? タイチ」
「……? わるぎってなに?」
「え、ええっとぉ……悪いことを考える気持ちってことだよ! ……多分」
「………わるいことって、なに?」
「ぅえっ? え、ええっとぉ、わ、悪いことっていうのはぁ………」
タイチの疑問に何とか答えようとするアグモンだが、考えれば考えるほど答が見つからない。
「………。わるいって、たいち、よくわからない」
「ぼ、ボクも……わかんなくなっちゃった。え、えーとっ……タケルは、分かるー?」
「ええっ? ボ、ボクだってわかんないよぉ!」
悩む一人と一匹(+デジタマ)を前に、太一は不思議そうな顔をしながら……しかし、不意に不安そうな顔でタケルに確認をした。
「たける、こうしろうのこと、きらいなのか?」
「えっ…?」
「だって。……おこってた。こうしろうに」
『太一』の言葉は、拙いゆえにストレートにぶつかってくる。
どこか非難するような太一の眼差しを避けるように俯いて、タケルは「嫌いってわけじゃ、ないけど……」と呟いた。
――――人気のない川のほとりのせいか、妙に言葉がはっきり聞こえる。
「んっとね……。嫌いじゃないんだ。ただ、ちょっと腹が立っただけ」
「はら?」
「怒ったってこと」
「…………きらいだから?」
「そ、そうじゃないよ! あのね、嫌いだから怒るんじゃないんだよ。……どっちかっていうと、好きなほうだから怒ったのかなあ? でも、ボク光子郎さんとはあまり話さないし……どうかな」
「…………きらいなのか?」
「う、うーんっ……」
いつもは兄のヤマトたちを困らせる側のタケルだが、今回ばかりは困る側だ。
「タイチはどうなの〜?」
すると、今まで黙っていたアグモンが、太一にそう尋ねた。
「コウシロウに喜んでもらいたかったんでしょ? タイチは……」
「うん! こうしろうに、ほめてもらいたかった」
「でも……光子郎さんは何にもいってくれなかったよね」「…………うん」
太一は悲しそうに俯く。
タケルとアグモンははっとなって「ご、ごめん〜」と口々に謝った。が、太一は気にした様子もなく、またぱっと顔を上げた。
「でも、たいちはこうしろうのこと、すきだよ」
そして、にこっと、満面の笑みを浮かべて。
「だいすき。だから、またきのみ、とりにいく。きっと、つぎはよろこんでくれる」
とても嬉しそうに言うのだ。
「うん、そーだねぇ。また行こうよタイチ〜っ」
同じくにこにこと笑うアグモンに対し、タケルは何やら不機嫌な顔になっている。
(………ボク、やっぱり光子郎さん嫌いかも)
思わず胸中に浮かんだセリフは、幼い嫉妬ゆえかもしれない。
◇ ◇ ◇ ◇
「こーしろーっ、ほし、きれーだよ〜っ」
太一は両手を広げて満天の星空を見上げた。
……太一の『幼児退行』現象から三日目の夜。相変わらず彼を治す方法が分かるわけでもなく、無責任に情報のみを与えて消えたゲンナイから連絡が入るわけでもない。
「太一さん。あんまり焚き火から離れちゃ駄目ですよ、ほらっ」
今夜の見張りは光子郎からだ。昨晩も、その前の晩も、ちょうど太一が熟睡していた時に見張りが回ってきていたために何とか一人でも見張りが出来たのだが、ちょうど太一が眠ったばかりだった今夜は逃げられなかった。
『こうしろう、どこいくんだ?』
不安そうな顔でしがみつかれて『一緒にいて』と懇願されては、光子郎でなくとも断れる筈がない。
「テントモンっ、アグモンも! 君たちが寝ちゃってどうするんですか!」
しかも、二人のパートナーは揃って夢の中に旅立ってしまっていた。
――――しかし、光子郎と頭を働かせていたテントモンが疲れているのは分かるが、殆ど太一と遊んでいただけのようなアグモンまでもが熟睡しているというのはどういうことだろうか。
光子郎は半眼で、黄色い爬虫類型デジモンを睨みつけた。
「えへへ〜、こうしろう〜っ」
「えへへじゃないですよ……全く。いいですか、焚き火から離れちゃ駄目ですからね」
太一はうきうきと光子郎の膝にしがみつき、小動物のような仕種ですりすりと頭を擦りつけてくる。どうやら、昼間は忙しそうな光子郎がかまってくれるのが、嬉しくてしょうがないらしい。
「なー、こうしろうは、ほし、すきじゃないのか?」
「そうですね。太一さんほど好きじゃありませんよ」
光子郎は何とも無邪気に懐いてくる太一に苦笑を向けながら、ぎこちない手つきで髪の毛を撫でてやった。
硬いかと思った髪の毛は、存外柔らかい。光子郎は気持ちよさそうに光子郎の掌に頭を押し付けてくる太一に、ちょっと微笑んだ。
「知ってましたか? 太一さんの肩にも、お星様がいるんですよ」
「え? かたってなんだ? たいち、そんなのもってない?」
「肩っていうのは、ほら、ここのこと。見えますか?」
光子郎はきょとんと自分を見上げてくる太一の肩をぽんぽんと叩き、太一の肩口についている服の柄を示してやる。
「あー、ほんとだ! ほしー! たいちのほし!」
太一は顔を驚きと喜びに染めて、もっとちゃんと自分の肩を見るために首を傾げた。
「あれ?」
だが、不自然な態勢をとったせいでバランスを崩して、ばたんっと地面に倒れてしまう。光子郎は慌てて太一に駆け寄り、助け起こそうと手を伸ばした。
「大丈夫ですか? 太一さん」
「うん。へいき」
太一はこくんと頷いて、自分よりも小さな体格の光子郎にもたれて、夜空を見上げる。
「太一さんは、本当に星が好きなんですね」
「うん。こうしろうのつぎにすきだよ。こうしろうはいちばんだから」
「……ありがとうございます」
光子郎は複雑な、だが嬉しさを隠せない表情で呟いた。
(……一番か。こんなこと“元の”太一さんだとしたら……言ってくれるだろうか?)
多分、確実に言わないだろう。
そもそも、一番好きな相手、というのは……あの、全てにおいてある意味公平な、太一の中にいるのだろうか。
(ヒカリさんとか…空さんとか。……ヤマトさんとか)
光子郎は眉を寄せて、自嘲するような溜め息を洩らした。
――――初めて会った時から惹かれつづけてきた相手だ。
この人の“一番”になりたいと、ずっと願ってきた相手だ。
その願いを口に出したことは一度もないし、自覚したことすらごく最近の、この想い。
同性であり、先輩でもある相手に抱くような思いではない。禁忌の想いだ。
(それが……まさか、こんな形で叶うなんて)
光子郎は腕の中の太一を、とても愛しげな、けれど同じくらいの罪悪感に満ちた表情で見下ろす。
太一は……全身を光子郎に預けきって、とても安心したように夜空を見上げている。
その、あまりにも無防備な表情に……光子郎の中の何かが、ゆっくりと、揺らいだ。
――――コノママ。
……何かが、耳元で囁いた気がした。
――――コノママ、誰モイナイ所ヘ。
昏い声が、聞こえた気がした。
「太一さん」
「? なに?」
まるで、その声に背中を押されるように、光子郎は太一に囁く。
「このまま……二人で」
「……? ふたり、で?」
疑うことも知らずに、太一は光子郎の言葉をそのまま復唱する。
「誰も……いないところに」
行きませんか。
――――そう、続けようとしたその時。
ざあああっ!
急に突風が頭上を掠め、派手な音を立てて木々を揺らした。
その音に、光子郎ははっと我に返り……ぱちぱちと瞬きを繰り返している太一の視線とぶつかって、愕然とする。
(―――僕は、今何を言おうとしたんだ!)
顔を強張らせて、奥歯を噛み締めて……「こうしろう?」と心配そうな顔になっている太一へ、かろうじて笑顔を向けた。
「何でも……ないです」
「……? ……そう、なのか?」
太一は不思議そうに首を傾げる。
「ええ……何でも……何でもないです……」
光子郎はきつく太一の肩をつかみながら、顔を俯かせた。
◇ ◇ ◇ ◇
(ああいうのを悪魔の囁きとでも呼ぶんだろうか)
見張りを交代して、すやすやと眠る太一の隣に横たわりながら……光子郎はやけに冴えてしまった両目を、掌で覆った。
(でも、あの声は……悪魔の声なんかじゃない)
光子郎は自嘲気味に口元を歪め、隣の太一に目を移した。
……きらきらと輝く星たちが、何故か目に痛い気がして。
――――あれは、僕の声だ。
誰にも言えない呟きを、まるで黒い染みのように胸中へ落としながら。
◇ ◇ ◇ ◇
「あ、光子郎くん。起きたの?」
「……はい。すみません、寝坊してしまいました」
「気にすることないわ。そんなに遅かったわけじゃないし」
翌朝。目を覚ました光子郎を迎えたのは、光子郎の分を取り分けていた空とピヨモン、それから、いつもの朝よりも若干低い位置にある太陽だった。
手早く食事を済ませた光子郎は、どうやら寝ている光子郎のために残ってくれていたらしい空に謝罪と礼を言い、既に姿の見えない仲間たちのことを尋ねた。
「ヤマトと丈先輩たちは飲み水を保存する入れ物を調達しに、タケルくんとミミちゃんは当面の飲み水を確保しに言ったわ。それから太一はテントモンとアグモンが……」
空はそこで考えるように小首を傾げたが。
「太一はんやったら、森の中でアグモンと食糧を集めてはりますわ」
その続きは、ほてほてとやってきたテントモンの言葉にフォローされた。
「そうですか……。じゃあ、テントモン。僕たちも太一さんたちと一緒に食糧を集めましょう」
「はいな、光子郎はん! 太一はんらのおるところはあっちですわ」
一通り状況を把握した光子郎は、枕にしていた鞄を背負って立ち上がる。テントモンはブーンと羽音を立てながら、パートナーを導いた。
「じゃあ、ピヨモン。私たちはミミちゃんたちといっしょに飲み水を集めに行きましょう」
「わかったわ〜、ソラ」
空も光子郎の言葉に頷き、パンパン、とお尻についた汚れを払いながら立ちあがる。
「それじゃ、お昼にはまたここに集合してね」
「じゃーねぇ、コウシロウ、テントモン〜っ」
「分かりました、空さん」
「あんさんらもしっかりやってきなはれ〜」
彼らはお互いに声をかけ合い、それぞれの目的地へ向かった。
空とピヨモンは湖のほとりへ、光子郎とテントモンは森の中へ。
「そういえば……テントモン、森の中って、大体どのあたりのことですか?」
てくてくてくと歩き続けること十数分。
光子郎は前方を歩くテントモンに、そう問いかけた。
「せやなー、もうそろそろやったと思うんやけど……」
テントモンはかくっと、首を傾げて、きょろきょろと辺りを見回す。
「あっ、こーしろー、てんともん〜っ」
「二人とも〜っ、こっちこっちー!」
……その時、光子郎たちの右斜め前方から明るい呼びかけが聞こえてきた。
光子郎とテントモンは顔を見合わせて、声のしたほうに向かう。
声の聞こえてきた木々の間へ滑り込むと、そこで太一とアグモンがにこにこと二人を待
っていた。
「おはよー、こうしろう」
「よく眠れた〜?」
太一とアグモンの無邪気な挨拶に顔をほころばせて、光子郎は「はい」と頷く。
「お、よー集めましたな、あんさんら〜。こんだけあったら、もう十分なんとちゃいまっか? 光子郎はん」
そんなやりとりの横で、ブーンと羽音を立てて着地したテントモンは二人の横に置いてある木の実や果物を見つけて、感嘆の声をあげた。
「そうですね。けど、まだ時間がありますし……もう少し集めた方がいいと思います」
光子郎は二人が集めた食料をざっと計算し、そう判断を下した。
「さいでっか。ほな、わてらも負けんと集めまひょっ」
「きのみ、もっとー、もっとーっ」
太一は歓声をあげながら両手を振り上げ「ね、こーしろー、たいちといっしょにあつめにいこーよ。こうしろうにだけ、きのみのばしょおしえてあげる」とぐいぐい光子郎の腕を引っ張る。
「そうですね……。手分けした方が効率がいいかもしれません」
「ほな、うちらは向こうの方行ってきますわ」
「え〜っ! ボクはタイチと一緒の方が……」
光子郎の言葉に明らかな難色を示しかけたアグモンだが、テントモンに「ここは気ぃきかせときまひょ」と耳打ちされて、渋々ながら首を縦に振った。
(何や、光子郎はんの様子もおかしいしなぁ…。それに、ここらへんやったら、そない凶暴なデジモンも出ぇへんやろし)
……そんなテントモンの気遣いが伝わったのかどうか、光子郎はにこにこと手をつないでくる太一に笑顔を返し「じゃあ、僕らはあっちの方に行ってますね」と答える。
「お昼前には合流しましょう。他の皆さんのところに行かなきゃいけませんから」
――――そして、一同にこう告げた光子郎も、全く予想していなかったに違いない。
とてもではないが『お昼前』になんて戻って来れないことを。
――――光子郎と太一の食糧集めはスムーズに進んだ。
木の実、果物、食用の茸の類など、二人は持ちきれないほどの食べ物を抱えて、時間よりも若干早くに帰路につくことが出来た。
「こうしろう、うれしい? うれしい?」
太一は何よりもそこが気になる、といった様子で、光子郎にたびたび質問する。
「ええ、嬉しいですよ、太一さん。日保ちしそうな食べ物ばかりですし……」
「ひもち? ……んーと? でも、こうしろうがよろこぶと、たいちもうれしい」
光子郎が好きだから、光子郎を喜ばせることなら何でもしてあげたい。
そんな風に笑顔で告げてくる太一の言葉から、光子郎は眩しげに目を逸らした。
(僕に……そんな言葉を受け取る資格があるんだろうか?)
太一は、光子郎の複雑な表情にも全く気づいた様子もなく、相変わらずはしゃいでいる。光子郎と一緒にいることが嬉しくてしょうがないのだろう。
「あっ、そうだ、こうしろう! むこうに、もっといっぱいきのみあるんだよ!」
さて。もう少しでアグモンたちとの合流点に着く頃合に、太一は突然そんなことを言い出して、光子郎の返事も待たずに駆け出した。
「向こうって、ちょっ……太一さん! 迂闊に走っていってはだめです! 何があるか分からないんだから―――、うわぁっ!」
勿論、慌てて太一を止めようとした光子郎だったが、茂みで隠れていた所がちょうど急斜面になっており、そのまま背中が擦りむけるような感覚を覚えながら滑り落ちる。
「こうしろうっ!」
太一の悲鳴じみた声が、耳に届いたかどうか――――光子郎の小さな身体はたちまち立ち込めた砂ぼこりと斜面のあちこちに生えている丈の高い草たちに隠されてしまった。
太一は一瞬も躊躇せず、そのまま光子郎の後を追って斜面を滑り降りる。
彼の身体も、もうもうとあがる砂ぼこりにあっという間に隠されて……やがて。
……二人の子供を素知らぬ顔で飲み込んでしまった急斜面だけが残されたのだった。
後編に続く。
太一さんが不自然にモテモテです。これがBL小説というやつですよ…。
一応オールキャラなんですが出演が偏っていることこのうえないです。さすが。
後編は隠しとなっております。すぐ発見できるかと思いますが、ここからは飛べませんのであしからず。探してみてくだい。
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