『時々考える、いけないことの話』


(―――たまにはのんびり過ごそうかなんて、言える立場じゃないし。言える状況じゃないし)

 それでも、時々思ったりする。

(のんびり昼寝して一日過ごすのもいいし、何を買うでもなく、ぶらぶら街を散歩するのだって悪くないはず。…あ、やっぱり悪いかなあ)

 任務を休んで、どこかにお出かけしませんか。
 たまの休日、体力回復のためだけじゃなく、他の何かに使えないものでしょうか。

 時々、そう、あくまでも時々。

 それこそ休日にこんなことを考えればいいのに。
 いつもタイミング悪く、ことに忙しい任務の最中にそんなことを考えたりしてる。
 我ながら、性質が悪い。 
 これだから集中力がないぞ、と隊長に叱られてしまったりするのだろう。

 だけれど。

 けれども、どうしても考えてしまうのです。

(おかしいと思わないことがおかしいのかな。おかしいと思うことの方がおかしいのかな)

 胸に浮かぶ不条理は、解決の糸口さえなく。
 ふわふわと漂い、いつしか消化不良の塊となって胃の底へ落下していく。
 この心地悪さに苦笑して。…困り笑い、して。

(また、おれはディクを斬りに行くしかないのかな)

 そう。そして思考は、またループして。

(―――たまにはのんびり過ごそうかなんて、言える立場じゃないし。言える状況じゃないし。…ね)

 振り出しに、戻るのである。


*     *     *     *      *

「何ボケっとしてんの、お前」
「…え」
 ズバッと、目の前に飛び出してきたディクを思い切り切り捨て、ボッシュはリュウに冷ややかに目線を向けた。
 どうせまたいらぬことを考えていたのだろう、このローディーは。
 ぱちっと瞬きをして、慌てて体勢を整えている。
(遅いんだよ。馬鹿が)  
 思うに、このローディーの腕の悪さは、この集中力のなさにも起因しているのではないだろうか?
 まともに集中して剣をふるったならば、きっとそれなりに腕の立つレンジャーなはずなのに。 
 …この要領の悪さが、どうにも救いがたいのだ。
 今日の任務は『入り口掃除』。
 下層区街の入り口に集中してしまった雑魚ディクを一斉に片付けるため、レンジャー基地のサードレンジャーたちがかき集められ、あちこちでディクをなぎ払っている。
 殆どのディクはレベルも低く、大して力もないような。けれど、数だけはやたらといるような類のものばかりなので、サードレンジャーばかりがここにいるというわけだ。
 ディクの体液が、べったりと服に付着するのが煩わしい。

 戻ったら絶対にシャワーを浴びてやる。
 他のローディーどもは押しのけて、絶対に真っ先に浴びてやる。

 そんな決心を深く胸に刻みつつ、ボッシュはまたディクを一匹切り捨てた。
 その横で、リュウもやはり一匹にとどめを刺したようである。
 頬に飛んだ返り血を見るに、リュウも同様に服を体液で汚してしまっているようだ。今は珍しく集中できているらしい。彼の剣は鋭く、確実に敵を屠っていく。

 命に刃を突き立てることへの躊躇い。

 それが訪れるのも、去るのも、こんな場所ではあっという間だ。
 自分ではない他の生き物を殺めることは、どんなレンジャーでも最初は躊躇せざるを得ない。
 けれど、自分ではない他の命を切り捨てることによって、自分の命を永らえさせる。また、生き抜くことが出来るという状況の中で、大抵の者は面倒で邪魔な『躊躇い』を早々に投げて捨てていく。
 この最下層よりも上へ上がって、もっと楽な生活がしたい。もっとマシな生活をしたい、というのなら、尚更だろう。

 リュウはそれを捨てるのが、他のレンジャーたちに比べて遅かった。
 ボッシュはそれを捨てるのが、他のレンジャーたちに比べて早かった。

 二人がそれぞれ、周囲から浮き上がってしまったのは、それが原因かもしれない。

 ずぶ、と音を立てて、剣先がディクの胸元へ沈んだ。
 リュウはそれを眉をしかめて見つめながら、確かにディクの鼓動が止まったことを確認して、一気に剣先を引き抜く。
 ボッシュはそれを片目で眺め、向かってきたディクを思い切り蹴飛ばしてバランスを崩させた。
 じり、と額から垂れ伝ってきた汗だか体液だかに小さく舌打ちして、ぐいとそれを拭う。
 そろそろ、ディクたちの数も大分減ってきたようだ。
 全体指揮をとっているゼノも、軽く周囲を見渡している。
「なあ、お前は何匹殺した?」
「まあそこそこ。いい経験値稼ぎにはなったよなあ」
 体液まみれで苦笑しながら、そんな暢気な会話をかわしている連中もいる。
 ボッシュはそれを無感動な目で眺めつつ、ぎり、と足元に転がるディクの残骸を踏みしめて、相棒の元へ近寄った。
「…。…お疲れ様、ボッシュ」
 手の甲で顔の汚れを拭いながら、リュウがいつものように曖昧な笑みを浮かべる。
「おまえは、オツカレみたいだな」
 俺はそうでもないんだけど、と暗に匂わせながら、ボッシュはリュウの汚れを拭っていた掌に手を伸ばした。
 そのまま、ぱしっと手首を掴むと、リュウはきょとんとボッシュを見つめてくる。
「お前、手もドロドロ。そんなんで顔擦ったら、目にも汚れ、入るんじゃねえの」
「あ…。そうかな…」
「そうに決まってんだろ。お前ってホントトロいのな」
「…うーん…。そうかもね」
 ボッシュは仕方なく、懐から辛うじて汚れてない布を引っ張り出した。その端を掴んで、ぐい、とリュウの目元を拭う。
「……」
 リュウはぼんやりした様子で、ボッシュに拭われるままだ。
 ごしごしと擦るボッシュの手が、実のところ結構痛かったりしたのだけど。
「…おれも拭おうか? ボッシュの汚れ…」
「いらね。どうせなら宿舎に帰ってから頼むわ。お前の手、今マジで汚いし」
「うん…」
 よほど自分の顔はひどいのだろうか、とリュウは困ったような顔で頷いた。その拍子に動いた顔に、ボッシュは眉をしかめて「まだ動くな」と言う。
 ぱ、とリュウが気になっていた汚れをとりあえず拭ってから、ボッシュはその布切れをちらりと眺め、ぽいとその辺りに投げ捨てた。もう使えない、とのことらしい。
 そのタイミングを見計らったように、ゼノから任務終了の声がかかった。
 リュウは投げ捨てられた布きれをちらりと見てから、集合の声に従うボッシュに小走りでついていき、ざわめきに紛れるようにして「ありがとう」と呟いた。


「…今度の休日、一緒にどこかに行こうか」

 勇気を出して、リュウがそう口にしたのは、服もドロドロ、手足もドロドロになった帰り道。
「…どこかってどこだよ」 
「え? ええと…」
 何言ってんのオマエ、とばかりに聞き返されたボッシュの言葉に、リュウは一生懸命に考えて…「か、下層区街…?」と呟く。
「何しに」
「…え、ええーと…、…買い物…?」
「何でわざわざ」
「………え、えええーと……」
 ますます困るリュウに、ボッシュはあきれ果ててため息をついた。
 リュウは少し切なくなって、体液がべったりついた掌を、おろおろと彷徨わせる。
 ボッシュはその手をぐい、と握って「汚れるっつってんだろ」と眉を寄せると、そのまままた歩き出した。

 …まるで、手をつないでいるみたいな。

 そんな状態で。

「あ、そうだ。ほら、傷セットの補充とかー!」
「何でわざわざ二人で行く必要があるわけ」
「ぇ、ええと、武器の新調とか…?」
「んな金あったの。お前」
「な、ないです…。…うーん。…じゃあ…ええと…」
「……」
「……あ、そうだ」

 リュウは頑是無い子どものように、ぶん、と勢いよくつながれた手を振った。
 彼にしては珍しく、少しばかりはしゃいだような仕草だ。

「青い天井を、見ようよ。…ほら、あの『空』を模して作られたっていう」

 ボッシュは今度こそ呆れて、眉を寄せた。

「あんなもん見てどうすんだよ」
「…うーん、と。…綺麗だから、見てたら楽しいと思うよ」
「どんなボケ老人の暇つぶしだよそれ…」
「……。…じゃあどうしよう…?」

 つうか何でわざわざ二人で出かけなきゃいけないんだよ、とか。
 そんなこと考えてる暇があったら、もっと強くなるとか。もっと手柄立てるとか。
 そういうこと、すればいいんじゃねえのとか。
 …思わないことはないのだけど。

「まず、シャワーだ」
「…え?」
「何処に行くより何を買うより、まずシャワー。これだけは絶対譲れない」

 ついでだ。お前も洗ってやるよリュウと笑いかけ、ボッシュはぶん、と先ほどのリュウの仕草を真似て思い切りつないだ手を振った。
 ぴちゃ、と背後に飛んだらしいディクの体液。
 リュウはその音にか、それともボッシュの仕草にか、少し驚いたような顔をして小さく笑った。

「いいよ。ボッシュの洗い方、乱暴なんだもん」
「お前がいいかげんなんだよ。俺サマは綺麗好きなの」

 そうして、二人して、相応の子どものように笑い合いながら。
 幾匹もの獣の返り血にも無頓着な様子で、手をつないだまま宿舎まで帰る。

 手をつないだまま、宿舎へ帰るのだ。


*     *     *     *      *

(―――たまにはのんびり過ごそうかなんて、言える立場じゃないし。言える状況じゃないし)


 だけれど、時折考えてしまう思考の無限ループ。

 ほんの少しでいいのです。
 私たちに、笑い合う時間をくれませんか。


(のんびり昼寝して一日過ごすのもいいし、何を買うでもなく、ぶらぶら街を散歩するのだって悪くないはず。…あ、やっぱり悪いかなあ)


 友達と笑って、走って、じゃれあって。
 そんな時間は、とてもいとおしく、得がたいものだと思うのです。

 それを望むことは、罪でしょうか。冷たい地下で安らぎを望むことは、いけないことでしょうか。


(おかしいと思わないことがおかしいのかな。おかしいと思うことの方がおかしいのかな)


 まあでもとりあえず。
 相棒が言うようにシャワーを浴びて、さっぱりして、それから考えましょうか?


(また、おれはディクを斬りに行くしかないのかな)


 難しいことや面倒なことばかりでは、ひとはきっと生きられないし。

 そう。確かこういうの、息抜きっていうのではなかったでしょうか。
 そういうことも、時々は必要だと、そう思ったりするのです。

 たとえばディクを切り捨てた。そんな瞬間だとかに。


(―――たまにはのんびり過ごそうかなんて、言える立場じゃないし。言える状況じゃないときに…ね)


 シャワー浴びて、さっぱりしたらきっと、また忘れてしまうようなこと。


 ああ、でも。


 いつか、どこかでのんびりゆったり。お仕事しないでのんびりぐうたら。
 時間を過ごせたらいいなあ、なんて?


 時折思ってしまったりするんです。


 これってやっぱり、罪なことですか?









物凄いそのまんまなタイトルですみません。
たまにはこういうのも……ええとやっぱりなしでしょうか…?(弱気)
ぱっと見いかがわしげなタイトルで、でも実はそうでないっていうのは面白いと思うんですけど、なしですか…?
単に肩透かしで「チッ! 何もしてねぇのかよ!」な気持ちになるだけでしょうか。
たまにはこんな、普通に仲良しな二人もいいなあなんて思ったりします。
そのわりにはまたも…こう…殺伐としたシーンが背景でアレだなあと思ったりするんですが。

こんなものなのですが、40000HIT御礼小説です。
これからもこうやって、つらつらと文章をマイペースに書いていきたいと思っているのですが。(しかしマイペースもほどほどに…)
よろしければ、またこうしてちらりちらりと覗いて、そしてお付き合いいただければ本当に幸いです。
そして少しでもお気に召していただけたのなら、これほどの幸いはございません。
40000HIT、本当にありがとうございます。