「きっと、鍵をかけてしまいたいくらい」




 俺はきっと、ここに鍵をかけたかった。

 生まれたときから、俺のそばには誰もついていてくれなかったよ。
 そう言ってしまうのは、もしかしたら傲慢かもしれない。
 幼いころ、短い間だけど世話になった教会のシスターや、一緒に遊んだ子どもたち。
 ほんのわずかだけれど、隣にいた彼らのことを、否定することになるのかもしれないから。
 だけれど、俺は一人だったよ。
 今、痛烈にそれを感じている。

 目前で眠るお前。
 その寝息は、ただひたすらに健やかだ。
 それを見つめる俺と、眠るお前との間には、絶対の距離がある。

 知らないだろう。
 もちろん、知らなくていいんだ。

 俺のそばには誰もいなかったよ。
 長い間、ずっと。
 それを痛感させたのは、きっとお前だ。
 一人だった俺を知らしめたのは、きっとお前だ。
 無防備に眠るお前が、俺の孤独を教えた。
 お前に会うまで、俺は一人だったと教えたんだ。
 確かにそうだ。
 俺は、お前に会ってからの日々と、会わないまでの日々を、まるで別人の記憶のように見比べることができる。
 お前と会ってからの毎日は、痛みも、喜びも、何もかも、うそのように色鮮やかだ。
 …それとも、本当は全部うそなのかな?
 その判断は、俺には少し難しい。
 だって、俺は今まで知らなかったから。
 俺が一人だったっていうことや、誰かがこんなに心のそばにいてくれることが、こんなにうれしいことだなんてことも、全部。
 知らない俺は、もしかして、ある日突然「これがすべてうそだったんだよ」と言われてすべて取り上げられるかもしれない、と言われても、信じてしまうかもしれない。
 それくらい、俺は知らない。

 こんなに痛いくらいしあわせな日々を、俺は知らないよ。

 俺はずっと、ここに鍵をかけたかった。
 心だ。
 心に、鍵をかけてしまいたかったんだ。
 必要な痛みと、不必要な痛み。
 そんなものたちの区別がつかない俺は、そうやっていろいろなものを押し込めてしまおうと思ってた。
 それは結構うまくいっていたんだ。
 この街にきて、やさしいひとたちに出会って、お前と出会ってしまうまでは。
 本当に、困ってしまう。
 鍵をかけたかったんだよ。
 痛みも、喜びも知らないまま、ずっと鍵をかけてしまいたかった。


 もうすぐ夜が明ける。
 俺はまた、鍵の壊れた心を抱えて、お前のそばでこうしてうずくまることしかできないでいる。そうして、朝を告げる鳥たちの声を聞くんだろう。


 暢気に目を閉じているお前。
 俺の心の鍵を取り上げて、飲み込んでしまったお前。
 今、ひどくお前が憎らしくて、そしてひどく恋しい。
 今すぐ目を開けてくれればいいと思うし、もうずっとこのまま目を閉じていてほしいとも思う。
 
 
 これほど鮮やかな気持ちだとは知らなかった。
 いつかうそだと言われて、すべて取り上げられてしまうとしても、この気持ちを知らされた俺に、後悔はないのかもしれない。
 それでもこうして時折訪れる怯えは消えないし、そんなときに限ってお前は目を開けやしない。

 
 じきに雀が鳴きだすだろう。
 そしてお前は目を覚まし、俺はその寸前に、その腕の下にもぐりこんで寝息を立てればいい。
 そうすれば、きっとお前はいつものように「おきろよ」と笑って、俺の瞼をなでるだろう。
 いとしげに、キスをしてくれるだろう。


 鍵をかけてしまいたかった。
 本当だよ。
 それでも、俺は。
 俺は本当は、こうしてずっと一緒にいたくて。


 雀が鳴いた。

 さあ、すべてを隠して、俺はお前の腕の下にもぐりこむ。

 誰にも気づかれないように、そっと笑って目を閉じるよ。
















2004/06/21(Mon) 02:26 裏掲示板にて
悠久幻想曲のアレ主です。え……知らない? そんなあなたは今すぐ中古ゲーム屋に行って下さい…! すごい、いいゲームですから! ところでごく自然にホモですみません。