『欠片』
―――欠片を拾う。
ひとつふたつみっつよっつ。
大きいの二つ、小さいの二つ。細かいのたくさん。
もうこれは直らないよなと思いながら、また拾う。
廊下にばらばら広がった欠片を一生懸命に拾う。
廊下は人が通るところ。
人が通る。通る通る通る。
でも誰もとまらない。
(だってそれを拾ってるのが、オレだから)
誰も立ち止まらない。
知ってる。だから、今更かなしいなんて思ったりしないんだ。
(だってそれを拾ってるのが、うずまきナルトだから)
だから誰も立ち止まらない。
知ってる。だから。…だから。だから。だから。
「…イテ」
欠片の表面。鋭くなってるところで指先を少し切った。
ズキンと走った痛みに、じわりと苦しくなる。
割れた壷。散らばる欠片。
直らない。直らない直らない。
助けはない。助けない誰も足を止めない。
ひとりぼっち。
寂しいなんて、今更の言葉が顔を覗かせる。
引っ込んでろと思って、ぶるぶる首を振る。
とにかく欠片を拾わなくちゃいけない。
割れた壷。どうして割れたんだったけ。知らない。でもとにかく拾わなくちゃ。
拾わなくちゃ。
「いたい。…ってばよ」
小さく呟いたって、誰も止まってはくれないんだ。
知ってる。知ってる。…分かってる。
だけど、そう思ったそのときに、何故か目の前で足が止まった。
ぴたりと止まった足。
誰かが黙って見下ろす気配。
誰。誰だろ。…誰。
顔は上げたくない。気づきたくない。期待したくない。
そうじゃない。違う。
オレはひとりでも平気だから。だから顔を上げたくない。
上げなくても平気。ひとりでも平気。
ちりりと滲む赤い雫。舐めとったら、きっと苦いだろう。
動かない足と、暫し見詰める。顔はあげない。絶対、上げない。
「…なにメンドクセェことしてんだよ。おまえ」
足は、立ち去らないままそう尋ねてきた。
話しかけてきた。
(相手はオレなのに。うずまきナルトなのに)
面倒だと言いながら、話しかける。その言い分が可笑しくて、危うく顔を上げそうになった。でも駄目。駄目。
上げたら駄目だ。
「…壷が割れたから」
先生に、拾って片付けろって言われたんだってばよ。
もごもごそう呟くと、足は「フウン」と答えた。
「ま、がんばれよ」
そう言って、足はカンタンに去っていった。
一度だけ。単なる気まぐれで立ち止まったんだ。
安心する。
ほらやっぱり顔をあげなくてよかった。
(…指イタイ。ってば)
ちりちりする痛みをこらえて、また欠片を拾う。
ひとつふたつみっつよっつ。…いつつ。
細かいさらさらした欠片を用心して拾って、さあこれで全部。捨てに行こう。
立ち上がろうとして、少しだけ顔を上げた。
ちょうどそこで、ぱしっと目が合った。
(あし)
…さっきまで足しか見えなかった相手が、そこでじっと、こちらを見ている。
「い、いったんじゃ」
なかったのかよと呟きかけるこちらに構わず、彼は「全くめんどくせえ」とぶつぶつ言いながら、スッと手を取った。
柔らかい。でも少し硬い。しのびの技のために鍛えられた掌。アカデミーの子ども。
その手が、傷ついた指先にくるくると葉を巻きつける。止める。細い包帯を巻く。
その顔が、呆気にとられるオレの顔を見てちょっと笑う。ニコリというよりニヤリ。少しシニカル。
「血止めに効く薬草だ。丁度オレが持っててよかったな。後でちゃんと手当てしねーと、そういう欠片の傷は危ないぜ」
まったくめんどくせえ。
そう言いながら、彼は今度こそスタスタと歩いていく。ぱんぱんと日誌で肩を叩いているから、きっと当番か何かだったんだろう。
「あ」
オレは声を出そうとして、いったん飲み込んで、でも声を出して。
振り返ったそいつに向かって、集めた言葉を放り投げる。
受けとる? 無視する? 避けてしまう?
「あ、あのさ、あのさ! …ありがとだってばよ!」
真っ直ぐに顔を見られずに告げた言葉に、そいつは笑った。
「ドーイタシマシテ」
なんてことないみたいにニヤと笑って、くると背中を向ける。小さく欠伸をした。
…ヘンなヤツ。
胸の中にぽつんと浮かぶ感想は、けれどもひどくあたたかい。
「なあ。なあなあ、なあってば! おまえってば、なんていうの? オレ、ええと、オレ…」
「…知ってるっつーの。うずまきナルトだろ? オレは奈良シカマル。同じクラスだろ」
「へ…そ、そうだっけ? 知らなかったってばよ!」
「オレはおまえみたいに目立ってねえからな。めんどくせーし」
「ふーん。…ヘンなヤツ! なあ、それって口癖? めんどくせーっての」
ヘンなヤツ。
ヘンなヤツだけど、通り過ぎない。
一緒に並んでも嫌がらない。
話していても、無視しない。
明日になったらまた違うのかもしれないけど。
…家に帰って、家族に会ってしまったら、変わってしまうかもしれないけど。
「じゃあな、ナルト」
少し話してから、シカマルはあっさりとそう言って、手を振った。
それに何て返していいのか一瞬まごついたオレを知らず、シカマルは「ああそうだ」と思いついたように言った。
「その壷直るぜ」
欠片をつなげて。粘土塗りなおして。
多少見栄えは悪くなるけど。
「だから、勿体無いかもしんねーからって。先生にそう言ってみればいいんじゃねえの?」
そういって、シカマルは今度こそじゃなと手を振った。
オレも手を振り返した。じゃあなじゃあな、またな。
握り締めた欠片。欠片の入った袋。
直る?
拾った欠片はつながる? いびつでも。かっこ悪くても。直る?
袋の中で、かちゃと欠片が音を立てた。
その音に、何故か心が少しだけ。
じわりじわりと、暖かくなった。
2003/11/12 表日記にて。
姑息にも少し手直ししました。こっそり申告。どこまでもイメージ小説です。シカナルスキー。