『紙飛行機』
すうっと、空気をすり抜けるように。
ふわり。真っ直ぐに飛ぶ、紙飛行機。
途中でぱたりと力なく、床に落ちてしまう。僕の紙飛行機と違って。
貴方の紙飛行機は、真っ直ぐに。
…とても気持ちよさそうに、空を飛ぶ。
* * * * *
光子郎は、ぼんやりと目の前の紙を眺めて。…嘆息した。
(…22点)
彼を憂鬱にさせているのは、他でもない。
…光子郎の机の上に乗せられた、今回の期末テストの結果だ。
数学は82点、物理は92点、歴史は75点。……中の上といった成績が並ぶ中で、その数字は一際目立つ。
元々国語は苦手だったのだが…今回のは特にひどい。
光子郎の苦手な現代文が、特に大きく取り上げられたのが痛かった。
(一問15点配点ってなんですか…。もっと漢字の書き取りを増やしてくれればいいのに)
テストの前で落ち込むなんて、随分久しぶりだ。
光子郎はがっくりと机の前で頭を落とし、誰もいない教室で顔を突っ伏した。
放課後の教室。…他の生徒はあらかた帰宅したか、部活に行ったかで、光子郎以外いなくなってしまっている。
(…我ながら、ちょっと落ち込みすぎかな…)
ふと時計を見上げれば、時刻は既に夕刻だ。
4時限で終わる筈の授業構成だったのだから、HRが終わってから、とうに三十分は経過していることになる。
「…帰ろうかな」
光子郎は彼にしては珍しく不貞腐れたように呟いて、テストを纏めてファイルに押し込んだ。
毎回テストをしまっておくファイルは、いつもテストが終わるたびに、一抹の誇らしさをもって両親の前で開くものだ。
国語の成績は毎度、さほどよいものではないのだが、それでも他の成績と一緒に手渡せば「頑張ったわね」と言ってもらえる。(確かに、その「さほどよいものではない」成績のために、光子郎は毎回苦労しているのだったが)
そのファイルを眺め、今回は母親の喜ぶ顔が見られそうにない、と彼はまた憂鬱になった。
たかだかテスト。されど、テスト。
どんなに馬鹿馬鹿しいといわれようとも、陳腐だといわれようとも、彼にとっては両親が喜んでくれる機会は、決して逃したくないものだったからだ。
(……結局、今回は努力が足りなかったということですね…)
ぎゅうと眉を寄せて、光子郎はゆっくり首を振った。
かさり。
……その指先が、ファイルに押し込んだテストの端に触れ、音を立てた。
(紙の音)
光子郎はその音に手を止めて、ふと思いついたことに、苦笑する。
意味なんてない。
…ただの気晴らし。
―――光子郎は国語のテストをファイルから引き抜いて、机の上に広げた。
その目に飛び込んできた赤い文字が、彼を一瞬怯ませたけれど。
すぐにそんなことは忘れたように、光子郎はテストを丁寧に折っていく。
最初に縦に二つ折り。
その中央折り線で合わせるようにして、両端を三角に折って。
折り紙だとか、工作だとか。…そういったことに造詣が深くない光子郎でも、あっという間に作ることが出来る。
それは、紙飛行機。
……ゆっくりと朱色に染まり始めた教室の中、光子郎は紙飛行機を宙に滑らせた。
ふわりと浮かんだそれは、暫く宙を漂ってから、すとんと床に落っこちてしまう。
「…やっぱり、上手く飛ばないな。…バランスが悪いのかな」
気晴らしにもならないと光子郎は眉を寄せ、紙飛行機を拾うために席を立つ。
(太一さんの作った紙飛行機は、それは気持ちよさそうに、空を飛んだというのに)
苦笑しながら紙飛行機を拾って、光子郎はまた、軽く宙へと滑らせる。
仮想の滑空場から。…ほら、紙飛行機、飛ばせて。
脳裏に浮かぶ、年上の少年の作ったそれとイメージを重ねて、すうっと飛ばせてみるのに。
…すとん。
また、飛行機は簡単に墜落してしまう。
今度は溜め息をついて、光子郎はそれを拾った。
何がいけないというのだろう。これでは、気晴らしにもなりはしない。
光子郎は紙飛行機を睨んで、もう一度、宙へそれを放った。
「あ」
紙飛行機は今度こそ、綺麗に軌道に乗った。
すうっと真っ直ぐに飛び、整った軌跡を光子郎の目に残して。
「――あ」
そのまま、夕焼けを注ぐ窓から。…ふわりと、飛び立ってしまった。
慌てて光子郎が窓から身を乗り出すと、紙飛行機は暫く宙を漂った後、力なく階下へ墜落していく。
(冗談じゃない!)
光子郎は慌てて鞄を掴むと、教室を飛び出した。
他のテストならまだしも、あんな恥ずかしい成績を誰かに拾われでもしたら、一生の恥だ。
―――…勢い良く階段を駆け下り、渡り廊下から直接上履きで飛び出せば、外は夕陽一色。
それを美しいと思う間もなく、光子郎はばたばたと自分の教室の真下まで走っていく。
(…確かこの辺りに…)
鞄を放り投げて、がさがさと茂みを探すが、目的のものはなかなか見つからない。
「光子郎くん、光子郎くん。…アナタの落としたものは、金の紙飛行機ですか? それとも銀の紙飛行機?」
……その背後から、唐突にかけられたからかうような声。
その声に、ぎくりと光子郎が振り返ると。
「よっ」
泥だらけの体操服に身を包んだ太一が、にやにや笑って彼を見下ろしている。
その手には、先ほど光子郎が作った紙飛行機が一つ。
「た、太一さん、…それっ!」
慌てた光子郎が指差して叫ぶのに、太一はにやにや笑ったまま、至極嬉しそうに「22点」と返した。
「光子郎でもこんな点数とるんだなあ。なんか俺、安心しちまった」
「…僕だって人間ですよ…。そういうことも…って、いいから早く返してくださいよ…!」
「まあまあ。…そう慌てずに」
太一は光子郎の慌てた様子を物珍しそうに眺めながら、その紙飛行機を、軽く空へと滑らせた。
(…ああ)
光子郎は慌てていたことも怒ってたことも忘れ、その指先から生まれた軌跡を、思わず目で追う。
―――やっぱり彼の紙飛行機は。
―――…とても気持ちよさそうに空を、飛ぶのだ。
「……よっ…と」
…太一の手から離れた紙飛行機は、結構遠くまで飛んでからぱたりと墜落した。
それをぼんやりと見守っていた光子郎は「いいのか? 22点、あのままで」という太一の言葉に、はっと我に返る。
「もうすぐ陸上部が、あの辺走りに来るぜー? 早く拾っておいた方がいいんじゃないか?」
相変わらずやたら楽しそうに笑って、太一がまっすぐ紙飛行機を指差した。
「…いいわけないじゃないですか!」
光子郎はそれに憤然と応じて、紙飛行機を回収に走る。太一はそれを見て「頑張れ」と無責任に笑った。
「んじゃ、俺は部活に戻るから」
「あ、はい。…さぼってたんですか。もしかして」
「んなわけねーだろ。ボール取りに来てたの。…そしたら偶然22点見つけてさあ」
「…もういいですよ、それはっ! 放っておいてください」
「あははは」
太一は漫画みたいにけらけらと笑って、拾ったボールを抱え、走っていく。
救出した紙飛行機を手にして、光子郎はその後姿を何となく見送った。
「…僕も帰ろうかな」
彼は小さく呟いて、汚れた上履きのまま渡り廊下に戻った。
…夕焼けは相変わらず、目が痛いほど。
……手にした紙飛行機も、朱色に染める。
放り投げた鞄を拾って、紙飛行機をしまおうとして。
…光子郎は、手を止めた。
『貴方の落としたものは』
そして、からかい混じりの、太一の言葉を思い出して笑う。
「僕の落としたのは、22点の国語の答案で作った―――ちっぽけな紙飛行機ですよ」
それからまた、紙飛行機を宙に滑らせるようにして、生徒玄関に向かった。
今度のテストは、もっと頑張ろう。
そう。もっと頑張って、もっといい点をとって。
…太一が拾って、目を丸くするような紙飛行機を作ることにしよう。
ひとまず今日は、82点、92点、75点。…22点のテストを持って。
真っ直ぐ、家に帰ろう。
END.
光子郎は案外テストで苦労しているんではないか思っています。(勝手に)
二周年記念小説というにはあまりにもお粗末ですね…。
また思いついたら別の話を書くかもしれませんが…。微妙にデジアドリハビリの気持ちで…!!(ええ?)
意味が分からない話っぽいんですが。まあ。…ええと。
意味が分からなくてごめんなさい。(おい)
もうコメントもわけがわからないです。
…いや…うっかり北斗の拳で号泣してしまって。(ええ?)
こんないいかげんな管理人なのですが、これからもまたお付き合いいただければ幸いです…!!!(無理かな…)
…そういえば背景に素材を使ったのは久しぶりです。
ドラクォでは全然背景変えてなかったので…。うん。やっぱり背景変えるのも楽しい…。