『彼と我の、終わることない不毛な日常』



 ――――いつも思うことなのだが。

 ベッドの外。
 カーテン代わりにかけられた分厚い布の向こうで、がやがやと同僚たちが部屋で身支度を整え、出て行く音を聞きながら。
 ベッドの中。
 リュウは。
 さながらお気に入りのぬいぐるみを抱きしめるように、自分を羽交い絞めにしている相棒の寝姿をぼんやりと眺めて。
 ……そっと、眉を寄せた。
「おい、リュウ。早く支度しろよ。また遅刻になるぜ?」
 ベッドの外から、親切な仲間の声。
「うん。…後から追いつくよ。ありがとう」
 少し掠れた声で返せば、相手は何ら疑うこともなく(きっと寝起きのせいだとでも思ってくれたのだろう)「そうか」と部屋から出て行く。
「……」
 そして、ベッドの外が完全に沈黙してから。
「……いいかげんにはなしてよボッシュ」 
 リュウの身体をしっかりと抱き寄せ、まだむにゃむにゃと夢の世界にいる相棒に。
 …心底からウンザリとして、声をかける。
 勿論、相棒はまだ目を覚まさない。
 彼の従順な所有物を抱きしめて、幸せな夢の中。
 リュウはきつく眉を寄せて、半眼になった。


 ――――これは、いつも思うことなのだが。

 この男は、いいかげんちょっと調子に乗りすぎなのではないだろうか?


 ふとそんなことを再認識してしまった、週始めの朝。
 とりあえず。
 リュウ=1/8192の朝は、寝汚いエリートを現実へ引きずり出すという重労働から始まったのだった。


*     *     *     *      *

「……眠い。だるい。疲れた」
 ふわわわ、と大きく欠伸。
 そして、欠伸しながら、どかんとディクを一蹴り。
 きゅっ、とディクは切なく鳴き声をあげて、怯えたように部屋の隅っこに固まる。
「…ボッシュ。ディクにあたるの、やめなよ」
 リュウは困惑した様子で、部屋の隅ですっかり萎縮してしまったディクとご機嫌ナナメな相棒を交互に見やった。
 本日の任務は、公社が逃がしてしまったディクを回収ののち、担当者が迎えに来るまで待機という単純なお仕事。
 ちなみに極力傷つけるな、という注意書き付き。
 ……しかも担当者が来るのは、もう一時間後というオマケもついてきた。
「…なあ。一匹回収できませんでしたって言って」
「ダメ。…退屈なのは分かるけど、ディクに八つ当たりしたって仕方ないじゃないか」
「…ウザイ」
「でも、これが仕事」
「……」
 ボッシュは折角の暇つぶし提案をにべもなく却下され、眉を寄せた。
 しかし、つれなく立ったまま扉付近に待機している相棒を眺めている内に…何か、別の「楽しい暇つぶし」を思いついたらしく。
 ――口元が、いやらしくニヤリとつりあがる。
「なあ。そんなにこいつらが大事?」
 急に態度の変わったボッシュに、リュウは怪訝そうというか……不安そうな顔つきになって、一歩退く。
「…大事っていうか…。…これがおれたちの仕事だろ?」
「……ふぅん…」
 ボッシュはニヤニヤしたまま、退くリュウを壁際に追い詰め、彼を壁と自分の間において腕で囲い込む。
「…なに?」
 リュウは不安げに眉を寄せたまま、自分よりも僅かに背の高い相棒をそっと見上げた。ボッシュはそんなリュウに小さく笑ってみせ。
「んじゃあ、退屈しのぎその二」
 びく、と身を強張らせ、顔を背けようとするリュウの顎をとらえる。
 そして、ギリギリまで顔と顔を近づけ――、いやらしげに、笑った。
「……しようぜ?」
 そう言いながら、もう既に彼の掌はリュウの身体を這い回っている。
「…!」
 リュウは顔を困惑と羞恥に染めて「や、やだよ! 任務中なんだよ!?」と精一杯ボッシュを押しのけようとした。
 ボッシュはそれを難なく振り払い「ディクは全部つかまえたろ? 今は一時間の休憩中」などと嘯いて、リュウのか細い首筋に顔を埋める。そのままアンダーシャツの襟元を下げるようにして首筋に吸い付けば、昨夜ボッシュが残したばかりの赤い花弁が覗いた。
「イッ…や、…やだって…ば! 大体……昨日だってあんなに……しただろ!? それに…疲れたって…!」
 たかだかそれだけで、もう。
 慣れたリュウの身体は、早々と反射行動を起こしている。
 頬は熱く染まり、唇は甘く誘うように開閉を繰り返す。
 下腹部には、やんわりと熱が溜まり始める。……昨夜貫かれたばかりの、後孔が疼く。
「…嫌だってば!」
 そんな淫らな自分と身勝手なボッシュに感じる、激しい嫌悪。
 リュウは反応し始めた身体を抱えたまま、今度は勢いよくボッシュを押しのけた。
 ばしん、と掴まれた腕を振り払い、いやらしく身体を這い回る掌を振り落とす。
「ッつ…」
 ボッシュは軽く眉をしかめて、何をするんだとばかりにリュウを冷たく睨んだ。
 その視線に思わず怯みそうになる自分を奮い立たせ、リュウは懸命に相棒を睨み返す。
「……今は、任務中だろ…」
 そして小さく。
 けれど決然と拒絶の言葉を吐き出して、それきりリュウはボッシュから目をそらして斜め下を見つめた。
「……」 
 ボッシュは明らかに不満そうな顔つきで、しばらくジッとリュウを睨んでいたが…やがて、ふいっと視線を外して、ドアをガツンと蹴り開けた。
「…どこ行くの」
 目線をそらしたまま、リュウが事務的な口調で問えば、ボッシュはぼそりと「外」とだけ返す。
 その声音からも、ひどく冷ややかなボッシュの怒りが伝わってきて、リュウは自分の身体が縮こまるのを感じた。
 それでも、彼は先ほどの行為を後悔することはなかった。
(いくらなんでも……今、こんなところでするのなんて、ごめんだ…)
 そう。自分は当然の拒絶をしたのだから。
 リュウは困惑と羞恥と……そして僅かに反応してしまった身体を覆うように、腕を自分の身体に回して、ぺたりと床に座り込む。
 そのまま、腰に差していた剣を柄ごと引き抜き、抱きしめるようにしてうずくまった。
「ボッシュって…ホント、ワガママ」
 口にしてみると、言葉は案外するっと出てくる。
 その言葉に勇気付けられるようにして、リュウは剣を抱きしめる腕に力を込めた。
「……。……絶対、おれは悪くない……」
 そして、眉を寄せて小さく呟き……リュウは緩く首を振るのだった。
「悪くない……ハズ…」
 そんな気弱な言葉を付け足しながら。

 今日の配給は、任務中ということもあって、粗末な乾パンと栄養食。
 室内に帰ってこない相棒と、いつまで経っても到着しないスタッフを恨みがましく思いながら、リュウはもそもそとそれらを口に運んだ。
 …口論にもならない口喧嘩。
 ひどく一方的な、感情の行き違い。
 そんな気まずいものを抱えながら、リュウ=1/8192の正午は過ぎていった。


*     *     *     *      *

(絶対おれは悪くない)
 リュウはその言葉を、半ば祈るように心の中でブツブツと繰り返し呟いていた。
 …そうでなければ。
「……」
「……」
「………」
「……」
 この、レンジャー基地に戻るまでの長い道のり。
 ただひたすら延々と続く沈黙に、耐えられそうもなかったからだ。
(公社の人、本当に遅かったね。…ええと、職務怠慢っていうか…)
 この沈黙を破り、話しかけるための言葉なら、幾つも浮かぶ。
 ギシギシと音を立てて稼動するリフトに乗ったまま、リュウは握り締めたままの剣の柄を、また握り直した。
(今日のお昼に配給された栄養食も、なんだか味気なかったね。任務はやっぱり大変だね)
 目を伏せて、そっと溜め息を落とす。……その音は、たちまちリフトの稼動音にかき消されてしまったけど。 
 ボッシュはリュウから離れた場所に腰かけ、腕組みして目を閉じている。
 その表情は相変わらず不機嫌そうで「ああ、怒ってるなあ」とリュウは思う。
 ……なんてことない。それこそ、口喧嘩にもならない口喧嘩。
 きっと、リュウがとりなすように話しかけていつもみたいに謝れば、どうにでも仲直りできる程度の口喧嘩。
(でも)
 リュウはボッシュから目をそらして、ガコン、と目的地に到着したリフトの揺れに耳を澄ました。
(……でも、俺は絶対悪くない)
 いくら気まずくても、いくら仲直りしたくても、リュウにだって譲れない矜持はあるのだ。
 ……そう。たとえ『ローディー』にだって、譲れないものは、ある。
 リュウは話しかけたい言葉を全て噛み殺して、ボッシュよりも先にリフトを降りた。
 不機嫌そうな相棒の視線を感じながら、リュウは足早に基地に向かう。
 報告書を持っているのはリュウで、記入するのもリュウだ。下層区に到着さえすれば、もうボッシュと一緒に連れ立って行動する必要はない。
「…待てよ、リュウ」
 その背中に、ぼそりとボッシュの声が投げられた。
 ひどく不機嫌そうで、不愉快そうなそれだ。
 思わず反射的に足を止めて、恐る恐る振り返ってしまうが(いや、だって俺は悪くないし)とまた懸命に自分に言い聞かせて、なるべく堂々とした態度になるよう、背筋をしゃんとする。
「…なに? 報告書だったら、別に…さっき言ったとおり報告するつもりだけど。…他に何かあったっけ」
 なるべく平坦な声になるよう注意しながら喋っているのに、ボッシュはまるで聞いた様子もなくリュウの隣を素通りしていく。
 何の為に呼び止めたんだよ…、と憮然となるリュウ。
 そんな彼に向かって、ボッシュがもう一度、冷ややかに命令した。
 すたすたと、リュウなどいないもののように通り過ぎながら、たった一言だけ。
「今夜は部屋にいろよ」
「……」
 当然のように。
 たった一言。
「……」
 リュウはぽかんと口を開けて、そんなボッシュを見つめる。
(今夜は部屋にいろよ?)
 何だよ、それと言いたくて眉を寄せてから、はたと気付いた。
(……まさか、今夜もするって……ことじゃないだろうな…!?)
 何となく、頬が熱くなるのと同時に、違和感が胸に浮かぶ。
 先ほどのように、任務中に誘いをかけられるのは大変不愉快で、大変不本意だが、こんな風にわざわざ事前許可をとるように声をかけるボッシュというのもありえなくて気色が悪い。
「……それって、どういうこと…?」
 呟く声に、返事はない。
 リュウを混乱の底へと突き落とした相棒は、既にその姿を消していたからだ。
(……。…やっぱりボッシュって、勝手で、ワガママだ)
 かしゃん、と音を立てた腰の剣を握り、リュウは小さく溜め息をつく。
 機械は変わらず稼動し続け(たまに気まぐれに止まったりもするけれど)時間の流れを明確に示してはくれない。
 それでも時間は刻一刻と流れていく。
 リュウは手近な端末で時刻を確認し、はたと気付いて慌てて足を速めた。
(早く隊長に報告しなくちゃ…!)
 彼らの隊長は、無駄な行動を好まない。
 ――任務と報告は、迅速かつ的確に。
 書き慣れた報告書の文章のように、あの厄介な相棒と接することが出来たらよいのにと、リュウは小さく苦笑した。
(締めるところは締めて、緩めるところは緩めて……)
 足早に基地へと向かいながらそんなことを考えて……。
「……あ」
 リュウは何となく気付いたことに、顔をそっと赤らめた。
 ……キツイ、もっと緩めろよ、と耳元で低く囁く声。
 からかうように、笑う声。
(……俺、すごい…バカみたいだ)
 リュウは熱くなった頬を擦って、ふるふると首を振る。
 今夜は部屋にいろと命じた相棒の声が、また耳元で踊った。

「ボッシュ=1/64、リュウ=1/8192の任務報告を提出します」

 努めて冷静に報告するようにしながらも、リュウは思い出さずにはいられなかった。
 昨晩の、肌の熱さと。
 …貫かれた瞬間の衝撃と愉悦を。
(……ボッシュの馬鹿。ばか。…バカ。……何で…あんなワガママとこんなことになっちゃったんだろう…俺)
 空はないから、時間には色一つ存在しない。
 それでも黙々と刻まれていく時間が、ゆっくりと夕刻を示す頃。
 リュウ=1/8192は、相変わらず厄介な相棒のことを考えて、時間を過ごしていたのだった。


*     *     *     *      *

「上出来」

 ―――頭上から、至極当然のような声が降りてきた。
 リュウはぼんやりと瞬き、眉をしかめて、彼のベッドにするりと潜り込んできた相棒を軽く睨む。
「…ねえ。…昼間も言ったけどさ。……やめようよ。こういうの」
 そのままぎし、と自分の上にのしかかってくるボッシュを押しのけるようにして、リュウは目を逸らしながら呟いた。
 ボッシュは何も言わない。
 ただ、冷たい目でリュウを見下ろしている。
「…明日だって、任務あるし」
 その眼差し一つで挫けそうになる心をどうにか奮い立たせて、リュウは言葉を紡いだ。
「……それに、昨夜も言ったと思うけど……この部屋、俺たちだけじゃないんだよ? 他の人だっているんだ。もしもバレたら…どうするのさ。…面倒なことになったら、困るのボッシュでしょ?」
 ぎゅ、ぱ、ぎゅ。
 身体の横に置いた掌を、握ったり開いたり。
 黙って自分を見下ろすボッシュの圧力が、身体に重くのしかかる。
「けじめ…つけようよ。…任務とか、プライベートとか……さ。俺もいいかげんに…」
 目が落ち着かなく彷徨い、声が上ずってきた。どうしてこんなに自分が緊張しているのかすら分からず、リュウは困惑して頭を抱えたくなる。
 どうしてボッシュはいつまでも黙っているのだろうか?
 いつもだったらリュウの口上などまともに聞かず、毒舌でリュウを黙らせて、組み敷いて、自分の望みどおりにしている筈なのに。
「…いいかげんに……」
 ……どうして、ボッシュはいつまでも黙っているのだろうか?
 それを気にしだしたら、だんだん止まらなくなってきてしまった。
 停滞する思考のせいか、言いたいことも見失いそうになってしまう。
 自分は何を言おうとしたのだろう?
 リュウは惑乱する頭で懸命にそれを考え…、口をぱくぱくさせたまま言葉を失った。
 ……再び、沈黙が二人の間を訪れる。
 時刻は、もはや深夜と言ってもいい時間帯だ。
 仲間の寝息が、しんとした空間を通して伝わってくる。
「……言いたいことは、それで終わり?」
 ボッシュの口調は、実にあっさりしていた。
 眉間に皺一つ寄せることなく淡々と問われ、リュウは「え…」と呟いたきり、また口の開閉を繰り返すばかりになってしまう。
「つうかさ」
 ボッシュは、そんな相棒に小さく笑ってみせた。
 小馬鹿にするように、ふっと目尻を下げて。
「そんなにご不満があるんだったらさぁ。お前、何で今夜ココにいたの?」
「……え?」
 その言葉に、リュウの目が丸くなる。
「な、…なにそれ…? 言ってる意味がよく……」
 わかんないよ、と続けようとした言葉は、降りてきた唇で塞がれた。
 そのまま、ボッシュの唇と舌先は、持ち主そっくりの傍若無人さでリュウの口内を侵食していく。
「ンッ……ンンッ…!」
 軽く身を捩るが、無論効果はない。
 敷布に縫い付けられるようにして両手首を押さえつけられ、狭い寝台の中、覆いかぶさってくるボッシュの唇をリュウはただただ受け入れるしかなかった。
 それが彼の選択だった。
「ン……んん…ふッ…」
 舌を絡められ、歯列を確かめるようにゆっくりと舐められると、ぞくりと背筋が戦く。また身を捩って、その戦慄から逃れようとするが、ボッシュはリュウの身体をしっかり押さえつけてそれを許そうとしない。
 ……それが彼の選択だと、ボッシュは判断したのだ。
「んっ…ふぁ…」
 ぴちゃりと、濡れた音を立てて唇が離れていく。
 リュウは霞んだような目で、唇と唇の間に唾液が橋を作るのを見つめた。
 ボッシュは笑う。
「口でどんだけ言っても、カラダは正直って俗説」
 くつくつと、からかうように耳元で囁く。
「お前の場合は、ホントみたいだな?」
「……!」
 そのからかうようなセリフでやっと我に返り、バッと腕を伸ばしてボッシュを押しのけようとするが、その手首は容易く押さえつけられたまま、動きそうにない。
「やっ…やだ…! 今夜はやだって…!」
「あっそ」
 リュウが訴える拒絶の言葉も、あっさりと聞き流されてしまう。
「…今日の昼は、生意気にも俺に逆らったりしたからさ…」
 ねっとりと首筋を舐め上げれば、リュウの身体はたちまち震え始める。「やだぁ…」と小さく漏れる声にも、ボッシュはにたりと笑うばかり。
「あの調子だったら、まさか今夜は大人しく待ってる筈ないだろうなって思ったんだけど……」
 くくっ、とボッシュはいかにも楽しそうに笑う。
 その声と言葉で、リュウはようやく、夕方ボッシュがわざわざ自分に命令した理由を理解した。
「ひ、ひどッ…! なんだよそれ…! おれのこと、…ァッ…試したって……ことじゃ、ないか…!?」
「試した? …馬鹿か、お前」
 ボッシュはリュウを押さえつけたまま、器用に肩をすくめる。
「今夜部屋にいろよって言ったら、セックスするからなって意味に決まってるだろ? お前はちゃんと部屋で。…しかもベッドで待ってた。……つまり、今夜はOKってこと」
「は、ハア!?」
 リュウは信じられないと目を剥き、愕然とした。
 確かに。
 ……確かに、あの言葉にはそういう意味がこめられていたとは分かっていたのだが。
「ふ、ふつうっ…ふつうは……ァ…ッ……ココで寝てるだろッ…!? 疲れてるし…夜…なんだからッ…!」
「…でも、本当に嫌なら、部屋を抜け出すとか他のトコで寝るとか。…どうとでも出来ただろ? それをしなかったっていう時点で、もうアウト。オールナイト決定」
 こんな会話をしている合間にも、リュウの服は半ば以上脱がされている。
 シャツをたくし上げられ、素肌にいやらしく手を這わされて。
 既に立ち上がってしまっている乳首を、ボッシュの指が意地悪く弾いた。
「ッ…! ァアッ…ン…」
 その瞬間、反射的にあがってしまった甘い悲鳴に、リュウは慌てて唇を噛む。まさか、この部屋の中でおいそれと甲高い声をあげられる筈はないのだから。
「か…勝手…だよ…! どうして…ボッシュって……いっつもそうなんだよ…!?」
 ひくひくと震える首筋をちろちろと舐められ、乳首を指先でこね回され、リュウの息はもう絶え絶えだ。
「……あっそ」
 ボッシュはその声に目を細めると、指先で弄んでいた乳首に、きつく爪を立てる。
「アッ! …ゥ…ァン…ッ…!」
 強い刺激を与えられて、リュウの声がまた跳ね上がった。リュウはそれを必死で押し殺すために、手近な敷布のすそをぎゅっとくわえた。
「あ、悪い。痛かった?」
 全然悪いなどと思っていなさそうな能天気な声で問われ、リュウの眉間にきつく皺が寄せられる。
 その皺を見てか、それとも元々そう言うつもりだったのか……ボッシュはニヤニヤとリュウの耳元へ唇を近づけ、囁くように付け加えた。
「……それとも、感じた?」
「…ッ…!!」
 その無神経な言葉に、リュウの眉がつりあがる。
 ボッシュはそれを楽しげに見やって、手首をぱっと解放すると、リュウのはだけられた上半身に顔を埋めた。
「ンッ…ん、んふ…ッ…ァ…ア…ンンッ……んっ…!」
 先ほど散々苛めた乳首を慰めるように、甘噛みしながら舌先でなぞる。たまに、かり、と歯を立てれば、それだけでリュウの身体が跳ね上がり、解放された手で口元を押さえて泣きそうな声を上げた。
「ヤッ…ァ……ァアッ…!」
 ひくひくと震える肌を優しく擦りながら、未だ下穿きに覆われた下半身に手を伸ばせば、そこはもう既に熱くなっている。
「ンンーッ…ん…ん…、ァ…アッ…!」
 そこを下穿きの上から柔らかく揉みしだき、乳首を嬲りつくす。
「ヤァ…やだッ…、ボッシュ…ゥッ…やめ…それ…やだぁ…!」
 切羽詰った相棒の悲鳴を聞き流して愛撫を続行すると、ほどなくして下穿きの中から濡れた音が漏れ出してくる。
「……昨日散々抜いてやったばっかしなのに、さあ」
 ボッシュの声はひどく愉しげで、残酷だ。
 彼はそのまま、いったん下半身に伸ばしていた掌を離した。それに安心して、リュウがホッと息をつく。
 しかし、ボッシュはすぐに愛撫を再開した。
 ……今まで服の上から行っていたものを、服の下に――下穿きの中に手を直接突っ込む愛撫に変更して。
「…ヒッ…、アァッ…!」
 ぐちゅっと音を立ててペニスを握りこまれ、リュウの唇から切ない悲鳴が零れた。
 そんな声に頓着した様子もなく、ボッシュは無造作にリュウのペニスを弄り回してから、からかうように濡れた指先をリュウの目前に突きつける。
「もうこんなに濡れてんの。…お前、結構量多いよな?」
 まだ先走りなのに、とからかわれ、リュウはそのまま泣き出したくなった。
 ボッシュの指先から目を逸らして首を振るが、ボッシュはそのままリュウの頬に彼の先走りを擦りつけてしまう。
「いいかげんにしろとか。…嫌だとか、恥ずかしいとか」
 くく、とそのままボッシュはいかにも楽しそうに笑った。
 その笑顔は、場違いなほどに無邪気で、そして悪戯を仕掛ける子どものように残酷だ。
「口ばっかだね。お前」
「……ッ…!」
 その言葉に、リュウの目の端に涙が滲む。
 屈辱と、恥辱と。
 そして、自身の淫らさを言い当てられた悔しさから。
「ま、そういうの。…キライじゃないけどさ」
 そんなリュウの様子に気づいた様子もなく、ボッシュは軽く肩をすくめながらあっさりとそう言うと、ずるりとリュウの下半身から下穿きと下着を抜き取った。
「ぁッ……!」
 ずるっ、と足首から抜けてしまった衣服の感触に戸惑い、リュウは反射的にペニスを隠そうと足を動かす。しかし「いいから開いてろよ」と、ぺちとボッシュに軽く太腿を叩かれ、おずおずと動きを止めた。
「ね…ねえ…ボッシュ……」
「…ん。何?」
 剥き出しになった下半身と、半ば以上脱がされてあらわにされた上半身。
 さらけ出されたペニスはひくひくと震えて先走りを零し、上半身には幾筋もの唾液の痕と赤い花弁が散らされている。
 そんな状態を恥じるように両手で唇を覆うようにしながら、リュウは眉を寄せて呟くように確認した。
「……ホントに……最後まで…する…の?」
 少しだけ、怯えたような震える声。
 ……その震えを帯びた声も含めて。
 淫らに彩られ、開かれた身体ごと。
「……時間の無駄になるような質問、するなよ?」
 くつりと笑って告げながら、ボッシュはうっとりとリュウの肌をなぞる。
 大切な、気に入りの存在を撫でるように。
 ……まるで、リュウのことを本当に愛しているかのように。
「…ァッ」
 もどかしい刺激に、リュウの唇から小さく声が漏れた。その声に、ボッシュは笑みを深めて「待ってな。今、ちゃんとしてやるよ」とリュウのペニスをまさぐる。
「ヒッ…! ア……ァゥ…ンッ…」
 それだけでもう、リュウはひくひくと身体を震わせて口を両手で覆った。
 まるで電流が走るような、そんな感覚。
 まだ何も挿れられていないというのに、まるで犯されているかのように感じる。…そんな、ボッシュの愛撫。
 先端にいやらしく爪を立てられ、茎を何度も擦られる。
 そして、あいた手で先ほどとは逆の乳首を摘み、つねるあげる。そうすると、リュウがこらえきれなくなって泣きそうな悲鳴をあげると知っているからだ。
「アァッ……あ、ア……ゥウッ…! んッ…も……やだ…やだよぅッ……おれ、おれ……ア…ッ…おかしく…なっちゃ…ァ…!」
 ふるふると頭を振って枕の上で髪を乱し、声が漏れているとボッシュに目線で指摘され、慌てて敷布をくわえて声を殺す。
「ンッ……ふ…フゥ…ッ…ンンッ…、ン…ンンッ…も…も…ッ…!」
 太腿の付け根が、小刻みに震えた。
 限界が近いことを悟って、ボッシュはリュウのペニスをゆっくりと口内に納めた。
「ひゃッ……ァアッ! や……あつ…だめ……だめぇ…ッ!」
 そのままきつく吸い上げれば、リュウはがくがくと腰を震わせて、潤ませた目元から涙を零す。
 先走りで濡れた指先で、ひくひくと震えている後孔に指を這わせれば、慣れたそこはボッシュの指を中に取り込もうと収縮を繰り返していた。それをからかうようにしばしなぞっていたボッシュだったが……やがて、何かを企むようにタイミングを見計らっていたかと思うと。
 かり、と先端に歯を立ててリュウを吸い上げた瞬間、……その拍子に緩んだ後孔へと、深々と指を突き立てたのである。
「ヤッ…! ア……アアッ……は、ァァッ……ンンッ…!!」
 リュウの目がかっ、と見開かれ、背が大きく撓った。
 びくびくと震える身体の動きに合わせるように、びゅくびゅくと勢い良く精液が放たれる。
 ボッシュはそれを目を細めて受け止め、溢れる雫を一滴余さず飲み込んだ。
「……ふぁ…ァ……ハァッ…、ぁあ…ん…」
 達した瞬間、ぎゅううっと指を強く締め上げたリュウの後孔を、ボッシュは満足げに見やった。
「お前って。…ホント、可愛いよ」
 優しい微笑みと共にそう囁いてみせるが、リュウは虚ろな目で虚空を見つめるばかり。
 今夜もまた呆けてしまったか、と肩をすくめ、ボッシュはよいしょとリュウの後孔から指を引き抜く。
「ァ…あ、ん…ッ」
 ずるる、と指が抜けていく感触に、リュウが眉を寄せて切なげな声を漏らした。それに気づき、ボッシュは彼の耳元でこう囁いてやった。
「大丈夫。…すぐにまた、いっぱいにしてやるよ」
 からかうように、一言付け加えるのも忘れなかったが。
「……だから、ちゃんと緩めとけよ。お前、いつもギュウギュウに食い締めてくるんだから」
 そう。こんな、いやらしいからかいの言葉。
 それを何処か遠いところで聞きながら、リュウはボッシュに言われるがまま、従順に足を開く。
 先ほどまで指が突き入れられていた処。
 そこへ、熱くて硬いものが押し当てられた。
(……また、明日立てなくなるかもしれない)
 ぼんやりと、頭の何処かからそんな警告が聞こえた。
(……また、一晩中ぐちゃぐちゃにされて、泣かされるかもしれない)
 早く早く我に返ってと、遠い理性が訴える。
 けれど、その声はあまりにも遠すぎて。…あまりにも、小さな声でありすぎて。
「ア……ァ、……あ、アゥッ……ン…ンーッ…!」
 ぐぐ、と押し入ってきた、熱くて質量のあるものを目一杯に味わおうとしているリュウの身体には、殆ど届くことはなかった。
「クッ…、やっぱ…全然慣らしてないと、余計にキツいね…お前ッ…!」
 早く来て、早く、どうか早く、とボッシュの頭を抱きかかえ、足を絡めるリュウの淫らな仕草に苦笑しながら、ボッシュは彼を奥深くまで貫く。
「ア……ァアッ……ん…ん…ふッ……ボッ…シュぅ…」
 はあはあと荒い息を漏らしながら、リュウは懸命にボッシュに縋りついた。
 ぎゅっと立てられた爪が、ボッシュの背中に真新しい傷跡を作る。
 その痛みに眉を寄せてから、ボッシュは予告なしに腰を動かし始めた。
「アッ……あ、あっ、あっ、……アァッ…!」
 ぐちゅ、ぐちゅ、とボッシュの先走りとリュウの先走りが絡み合って、体内から濡れた音が響く。
「…チッ……、オイ…もっと…緩めろ……! 力抜けよ、ローディー…!」
「ひっ……あ、…あぅッ…んんッ…!」
 無理、無理、とリュウはむせび泣くような声をあげながら、ボッシュにしがみつく。
 ボッシュはまた大きく舌打ちをして、狭い寝台の中、ぎしぎしと音を立てながらリュウの秘処を割り開くように抜き挿しを始めた。
 いつまで経ってもリュウの秘処は熱く狭く、さながら処女のようだとボッシュは思う。
「アッ……あ、…ァアッ……だめ…ダメ……だめだよ…ボッシュ…ッ…!!」
 慣れた場所をきつく突いてやれば、リュウはまた呆気なく達してしまった。
(こういうところは、まあ…どう考えてもバージンっぽくないけどな)
 このインランめ、とボッシュは小さく呟いて、達したばかりのリュウを容赦なく突き上げる。
 しかし、細い身体をしっかりと抱きしめて正上位で犯している内に、ボッシュの快感も徐々に高まってきた。
「…ひぁ…あ、ア……ゥウッ……!」
「………チッ…!」
 とろけるように熱い最奥に叩き込んで、思い切り放つ。それだけでリュウはまた達してしまったようで、敷布に必死で噛み付いて声をこらえている。
 ひくひくと淫らな痙攣を繰り返すリュウの中に納まったまま、しばしゆったりと余韻を愉しみながら……さて、次はどんな体位で犯してやろうかとボッシュはリュウの首筋に顔を埋めた。
 そういえば、この可愛い相棒は生意気にも今日自分に逆らったりしたのだった。……そろそろしっかりと自分が誰のものなのか、理解させてやらなくてはいけない。
 ボッシュ=1/64はくくくと楽しそうに笑いながら、ぐったりとしているリュウ=1/8192を抱きしめたのだった。


*     *     *     *      *

 ……朝、昼、夕。
 そして深夜にまで。
 リュウ=1/8192の一日は、こうして実に不毛な営みと思考に満たされて終わることが殆どなのである。
 今日こそは、などと考える方が時間の無駄だ。

(……いつも思うことなんだけど)

 リュウは、相変わらず掠れた声で。
 ……もう、殆ど見ないフリ、聞かないフリをしてくれているのだろう仲間たちの「先行ってるぞ」という声を聞きながら。
 今日などは、恐ろしいことに自分を貫いたまま惰眠を貪っている相棒をどうしてくれたらいいのかを、真剣に考え始める。

(……。……何でおれ、ボッシュとこんなことになっちゃったんだろうなあ……)

 若いからだと言い切るには、あまりにも爛れ過ぎているこの生活。
 そんな現実を認めたくなくて、リュウはとりあえずもう一度目を閉じて見るコトにした。
 そういえば今日は非番だったような気がしないでもないし。
 ……朝礼はこの際サボらせていただくということで。
 どうかこのまま新しいラウンドが始まりませんように、と後孔のひくつきに目をつぶって、リュウはボッシュにしがみついて目を閉じた。
 どこまでも不毛で、何一つ生み出すことのない、無駄ばかりの日常。
 こんなことが幸せだなんて、まさか思うはずがない。
 ……まさか、思うはずはないのだと。
 リュウは懸命に自分に言い聞かせながら――また今日も、ボッシュ=1/64だらけの一日を送るのであった。


END.









これも初期ボリュですね。リュウの性格が定まってないし、ボッシュさんも傲慢一直線です。
この頃はまだ設定資料集も出てなかったので、二人は大部屋だと思ってました。
しかし大部屋にしたってこれはねえだろ。


モドル