『君の眼差し 君の日差し』




 闇に紛れるようにして、疾駆する。

 音もなく、気配もなく、密やかに夜をゆく。


 そして、己もなく、彼もなく。


 密やかに、人を殺す、のだ。


 忍びという、生き物たちは。


*     *     *     *      *

「………」

 ぼんやり草原に寝転んで。
 ああ、空が青いネエ、と彼は笑った。
 
 くたりと崩れるように力なく。…少しばかり疲労の残った、顔つきで。
 懐は重く、体も重い。
 昨夜の仕事は、少しばかり厄介だったので。
 …それに比するように、懐に入った袋は、ぎっしり重いのだ。
 ……そして、それに比するように、その体に残る疲労も重いのだ。

「あー。…けだりぃー…」

 やっぱり、あのまま花町にでもしけこんでいればよかっただろうか。
 名前も知らない女たちは、金さえ落としていけば一夜の慰めをくれるし。一夜の快楽もくれるし。
 どうせ、これも泡銭だ。昨夜使わなくとも、別の機会に躊躇いなく、使い切ってしまっただろうに。

 …なのに、何故だか昨晩はそんな気になれなくて。
 理由は、本当のところ。ちゃんと分かってる。

 …本当は、きっと。

 そう。自分はきっと、彼のところへ行きたかったのだ。
 名前も知らない、優しい、柔らかな肌をした女たちではなく。
 厄介ごとばかり持ってくる、痩せた子どものところへ。
 
 …何を言うでもなく、彼の元で時を過ごしたかったのだ。
 どうしたんだよ、急に、と目を見張って。
 それから、珍しいね、折角だからゆっくりしていきなよと言ってくれる、賢くて察しの悪い子どものところへ、行きたかったのだ。
 
「…全く。なんなのかね、コイツは」

 彼は。…五右衛門は苦く笑って、雲の切れ間から、その眼差しを覗かせた太陽に目を細めた。

 いつか王になると言祝ぎを受けた少年。

 彼の主に仕うため、名前を変えてしまった少年の幼名が、ふと頭を過ぎった。

「…ひよし」

 それは、太陽の。
 天に輝く、光の名前。


 闇に生きるしかないはずの忍びは、明るい日差しの下、小さく笑った。


 ああ、だからだろうか。


 昨晩はとてもとても暗かったから。
 月なんて出ない、新月の夜だったから。

 人を殺すには、絶好の夜だったから。


(だから、お前に会いたくなった?)

(だから、お前と話したくなった?)


 暗がりを燦々と照らす眼差し。
 闇に生きる彼には少々苦しいような、真っ直ぐなまなざし。


 それに眩しげに手をかざして、五右衛門はけだるげに呟く。


「参っちまうな」


 人を殺した後に、誰かに会いたくなるなんて。
 闇で過ごした後で、太陽の光をいとおしく思うなんて。

 ――誰かの声が、聞きたくなるなんて。


(我ながら、嬉しハズカシ初体験だぜ。…なあ、藤吉郎?)


 ああ、もう少ししたら起き上がって。
 …きっと今頃、あの殿様にこき使われているだろうおまえに、会いに行こうか。

 遠くから眺めて、目が合ったら、へらりと笑ってみようか。 
 重い懐の中身で、何か甘いものでも差し入れようか。


 人恋しいのか。日が、恋しいのか。


 五右衛門は軽く身を起こして、小さく息を吐く。


 理由も分からないまま。…ああ、お前に会いたくて、仕方ない。 









2003/06/23(Mon) 05:04 裏掲示板にて
けーすけ様に強制進呈(いいかげんにしろ私) 突然ごえひよ。五右衛門ラブ。