――『君のために降る雪は』――
 
 
「明日はホワイトイヴなのよっ!!」

 ……そう、彼女がとても嬉しそうに言うから。

「そうなんだ」

 だから俺も思わず電話口で微笑んだ。

 ――――そう。雪が降るといいな。
 ……君がそれを望むなら、なんだって叶えてあげたいと思うから。


「太一さーんっ!」
 いつものお決まりの待ち合わせ場所。
 クリスマス仕様な赤と緑でキレイに飾られた、デパートの前の大きなツリーの下で、駆けてくる君を待つ。
「よ、ミミちゃん」
 笑顔を向けると、最後はぱたぱたと小走りになったミミちゃんが「ごめんね、太一さん。待った?」と少し早口になりながら聞いてきた。
「いや、全然。今日はちょっと別に買い物があったから、少し早めに来ちゃっただけだよ」
 俺はそんな彼女に「気にすんなよ」と笑いかけて、コホン、と小さく咳払い。
「さて、お姫様。本日はどちらにお出かけで?」
 茶目っ気をこめて軽くウィンクすれば、彼女も得たりと小さくふんぞりかえって。
「それじゃあ、まずはデパートの中に入りましょ? 私のステキなナイトさん♪」
 と、俺が軽く腰に当てた腕に、自分の腕をからめてくる。それから、ちょっと拗ねたように。
「お姫様って呼ばない約束でしょ? 太一さん」
 俺の、可愛い姫君は唇を尖らせた。俺はそれに「ごめん」と笑う。
「機嫌直してくれよ、ミミちゃん? 今日は一日付き合うからさ」
 俺の今日一日は、間違いなく君のものだから。
 そう告げると、彼女はこの上なく幸せそうに笑って「そんなの!」と俺の腕にきつくしがみついた。
「太一さんが隣にいてくれれば、なんだって許しちゃうわよ!」
 どこまでも純粋な、剥き出しの感情が、今日もひどくいとおしい。


「何から見ていこうか、ミミちゃん?」
「うーん、そうねえ…」
 デパートの中に入って、とりあえず何処の階に何があるかを確認する。それを見ながら、俺はミミちゃんに判断を促した。
 デパートの中でくっついて歩くのはさすがに恥ずかしいので、既に腕はとかれている。俺のお姫様は俺がほどいた腕がご不満らしくまたふくれっつらになりかけたが、すぐさま差し出した左手に満足した様子で右手を差し出した。―――そういうわけで、俺とミミちゃんの掌は現在仲良くつながれている。
「太一さんはどこがいい?」
「俺は……どこでもいいよ」
「もう! 太一さんも考えてよ!」
「そんな事言ってもなあ……」
 くるくる変わるミミちゃんの表情が可愛いなとか思いながら、俺はうーむと一応考えるフリをしてみる。
 ――そうそう。言い忘れていた。今日、わざわざ二人でここに何をしに来たのかというと。(ただいちゃつくために出てきたわけじゃないんだ。…今回は)
 明日、「こっち」に遊びにやってくる「あっち」に住んでる俺たちのパートナーへのプレゼントを選びに来たんだ。
 ……俺は脳裏に食い意地の張ったパートナー……アグモンの姿をふうむと思い浮かべて。
(…………ケーキとか、あげたら喜ぶかな?)
 ううん、と首を傾げて、やっぱりそういう結論に達した。
「どう? 太一さんはどこから行きたい?」
 ミミちゃんはそんな俺にワクワクしたような視線を投げてくる。
 俺は「うん」と頷いて。
「俺は地下の食品売り場かなあ」
 と、案内板の地下一階を指した。
「………えぇー? いきなり食べ物なのぉ?」
 ミミちゃんは「なんでー?」と言いたげに俺を胡乱な眼で見てくる。
「え? いや…だってさあ……アグモンだぜ?」
 俺はそんな目で見られてもなあ、と肩をすくめた。
「ミミちゃんはどこから行きたいんだ?」
 それじゃあ、と逆に尋ねた俺の言葉に、彼女は「勿論!」と二階のガーデニング用品の部分を指した。
「ほらあ! パルモンって植物系でしょ? だから、キレイな植物用の飾りとか、栄養剤とかあげようと思って♪」
「あ、なるほど」
 飾りか……。確かに女の子らしい発想だ。……………しかし。
(栄養剤ってのはどうなんだろう…)
 俺はちょっとだけ首を傾げてしまった。
 だって、それって俺たち人間がクリスマスプレゼントに栄養ドリンクもらうようなモンだろ?
 ……ミミちゃんもどうやら似たようなコトに思い至ったらしく、斜め上を見上げてウーンと首を傾げている。
「…………ま、いっかあ!」
 ――――だが、彼女の中ではとりあえずそういう結論に達したようだ。


 結局、俺はアグモンに青いマフラーを買った。(ケーキは明日どうせでっかいのを用意するわけだし)
 ミミちゃんは―――…とりあえず、栄養剤だけはやめたようだ。


「これからどーしよっか、太一さん?」
 夕暮れ。
 冷たい風と、澄んだ空気。
 外に出た途端、またぎゅううと俺の腕にしがみついてきたミミちゃんにくすぐったいような気分にさせられながら、俺は冷たい空気から彼女を守るように風が吹く側に立って歩いた。
「そうだな…、そろそろ暗くなるし」
 ……帰ろうか?
 俺はそう言おうとして………言う前からもうふくれっつらになっているミミちゃんをのぞきこんだ。
「ミミちゃーん?」
「………このくらいの時間、まだ平気よ」
 彼女はふくれっつらのまま俺を見上げ、意地になったように告げる。
 ……俺はちょっと苦笑した。
「そうかな?」
「そうよ」
「寒くない?」
「寒くないもん」
 まるで意地になったみたいに、ミミちゃんは俺の腕にしがみついて駄々をこねる。
「……だって、イヴなのよ? 太一さん…」
 ミミちゃんは、そのふっくらとした唇をかんで、きっと俺を見上げてきた。
「まだ夕方じゃない! もう少し一緒にいましょうよ! …………私……!」
 ……それは、言っちゃダメだよミミちゃん。
 ―――俺は遮ろうとしたけど、結局ミミちゃんは言ってしまった。
「…………私、またすぐに……アメリカに帰っちゃうのに………!」
「………」
 俺は黙った。
 何故だろう。
 ……なんだか急に、風が冷たくなった気がして。
 ………俺はミミちゃんの腕と俺の腕をほどいて、首に巻いていたマフラーをミミちゃんの細い首にかけた。
 ――二重に重なる、俺のマフラーとミミちゃんのマフラー。
 青と、ピンクのスプライトが、俺の目に残像を残した。
「………ありがと」
 ミミちゃんはちょっと下を向いてからそう言って、ぎゅっと俺の腕に再びしがみつく。
 ……………6時。
 遠くの時計塔が、のんぴりと鐘を鳴らして、どこかから浮かれたクリスマスソングが流れてきた。
「ご両親が、心配するよ?」
 ゆっくりと、歩き出すと。
 彼女は泣きそうな顔のまま、ゆっくりと足を進める。
「太一さんっていっつもそう」
 一歩踏み出して、そっぽを向いてミミちゃんは呟いた。
「うん」
 俺は彼女のなじるような声に、ただ頷く。
「たった一つしか違わないのに、たった一学年の差なのに、そうやってすぐ年上ぶって」
「…うん」
 二歩、三歩、四歩。
「アメリカでは、そんな年の差関係ないわよ。先輩後輩なんて、こんなに気にするのきっと日本だけよ」
「うん」
 五歩、六歩、七歩。
「いっつもオトナぶって。いっつも私ばっかり一緒にいたいみたいで」
「……」
 八歩、九歩。
「……………」
 ぴたり。
 ミミちゃんは。
 ――――俺と全く同じタイミングで足を止めた。……それと同時に。
「ずるいわよずるいわよ!! こんなんじゃ、私ばっかり好きみたい! 私ばっかり太一さんのコト好きで! 私ばっかり空回りしてるみたい! ずるいずるいずるい!!」

 ………爆発、した。

 ……ぶんぶん首を振って、ぽかぽか俺の肩を叩いて。
 ずるいずるいと。
 本音を見せないずるいひとと、なんだかどこかの演歌みたいなコトを言いながら。
 彼女はどこまでも純粋な本音をぶちまけてくる。

「ホントはアメリカなんて戻りたくないのよ! 太一さんと一緒にいたいの一緒にいたいのいたいの! 太一さんがいないならどこにいたってイミないの! 太一さんのそばにいたいの!! ずっとずっとずっと!!!」

 惜しげなくこぼれる言葉。
 惜しげなくこぼれる涙。

 ………キレイだと。
 頭のどこかでふっと思って。

 ――――気がついたら。

「俺だって、ずっと一緒にいたいよ!!」

 まるで怒鳴るみたいにして彼女の声に応えて。
 きつくきつく、彼女の身体を抱きしめていた。

 ここが今は人通りがないとはいえ、一般の道の真ん中だとか。
 いつ人が通るか分からないとか。
 そんなこと気にしてるどころじゃないくらいに、きつく抱きしめて。

「………………アメリカなんかに、帰したいはず、ないだろ」

 ……俺の怒鳴り声にびっくりしたみたいに黙ってしまったミミちゃんに、今度はゆっくりと……優しい口調で囁いた。
「俺、好きじゃない子と一日一緒にいたりしないよ」
「うそ」
 ……しかし返ってきた返答は、非常に素早く、かつ不本意なものだった。
「何で嘘とか言うんだよ」
 当然俺の声も憮然となる。そりゃ、俺にしちゃ告白を否定されたようなものだから、不機嫌にもなるさ。
「うそよ。…だって、太一さん優しいもの」
 しかしミミちゃんは確信をこめて断言し、ぎゅうっと俺の服の裾をつかむ。
「一緒にいるだけなら、他の誰だってきっとしてあげるわ太一さんは」
 ………参った。
(完全にヘソ曲げてるよ……)
 俺はちょっと明後日の方を見て考えた。
(俺ってそんなに尻軽だと思われてるワケか?)
 ……なんだかそれも納得いかない。
 ―――しかし彼女は持論を曲げる気は、ちぃっともないようだ。
「ヒカリちゃんとか空さんとか京ちゃんとか」
「…あ?」
 突然なんでそんな人名が出て来るんだと首を傾げる俺に構わず、ミミちゃんはつらつらとまだまだ人名を並べ立てていく。
「光子郎くんとかヤマトさんとか丈さんとかタケルくんとか大輔くんとか賢くんとか伊織くんとか!」
 何で男ばっかりなんだよ。
 だが、彼女は俺には全然口もはさませてくれず、そこまで一息に述べると、キッ! と俺を睨んで。
「ムチャクチャライバルが多いのよ!!? 邪魔な虫が私がアメリカに行っている隙に、私の大事な大事なヒトを食い荒らそうと狙ってるのよ!!!??」
 なんか論点ずれてないか?
 しかしそんな疑問を口にする暇も当然なく。
「その上、当の本人はなんっっにも気づいてないの!! どいつもこいつもみえみえの嘘で近づいてきて、隙あらばこの私から奪い取ろうと企んでる連中だっていうのに、本人は何にも知らない白雪姫なのよ!!!」
 ……なあ、それってもしかして俺のことなのか?
「やなのよ…! やなの嫌なの!! あげない! 太一さんはあげないんだからあー!!」
 どこからかうっかり展開に置き去りにされた俺を置きっぱなしにして、ミミちゃんはうわーんうわーんと俺の胸にしがみついて本格的に泣き出した。
「……ミミちゃん…?」
 ぽふぽふ、と背中を撫でてやると「やだあ、太一さんも連れて帰る…」とテイクアウト宣言をしてくる。
「………」
 俺はちょっと考えて。
 ………もっと考えて。
 …………大分考えて。
「ずうっと、二人だけで一緒に暮らす家」
 不意に、こう尋ねた。
「……ミミちゃんだったら、どこに建てたい?」
 …………俺の可愛いお姫サマは、潤んだ瞳で俺を見上げて「え?」と小さく呟く。
「………ミミちゃんは、どこに住みたい?」
 その表情がすごく可愛いな、と思ったから、その柔らかい頬に軽く唇で触れて。
「俺はどこでもいいけど、ミミちゃんがニコニコしてられるところがいいなあ」
 と、何でもないことみたいに笑って見せる。
 だって……ああそうだね、やっぱり君の言うとおり、俺は少しずるいみたいだから。
 わざと年上ぶって、照れたり、君に夢中だってトコ、あんまり剥き出しに出来ないんだよ。
「クリスマスに、キレイな雪が降るところがいいな」
「……」
「春には花が咲くところ」
「……」
「夏には涼しい風が吹いて、あ、そうだ。ハンモックって気持ちいいよなあ」
「…………」
「秋はやっばり紅葉かな?」
 黙って俺の胸に顔を埋めるミミちゃんの髪を撫でながら、俺は俺に出来る限り優しい口調で、話しかける。
「………太一さん」
 ミミちゃんが、ぽつんと俺の名前を呼んだ。
「ん?」
 俺が何、と促すと、彼女は俺を見上げてにっこり笑う。
「私、太一さんといられるんならどこでもいいよ?」
 ―――それはとぴきり素直な、俺の大好きなミミちゃんの笑顔。
 ああ可愛いなって、ああ、愛しいなって思ったから。
 俺はもう一回、今度はおでこに唇で触れた。
 ミミちゃんはちょっと赤くなってから、目を瞑って俺を見上げるようにする。
 ……俺は、さすがに顔を熱くなるのを感じながら。
 その柔らかな、ピンク色の唇に、そっと俺の唇を重ねた。

「俺、大好きじゃない子とキスなんてしないよ」
 ……大人げないかななんて思いつつ、今度こそ、と俺がそう言うと。
「まだ信じられないわ」
 なんて、俺の可愛いミミちゃんは唇を尖らせる。
「何で? 俺、そんなに尻軽?」
 今度は俺もむっと唇を尖らせると、ミミちゃんはころころと楽しそうに声をあげて。
「だって、太一さんたらファーストキスはコロモンじゃない? まだまだ信用できないわ」
 俺の大好きな笑顔を、満面に浮かべて。

「だから、これから一生かけて証明してね?」

 そしたら信じてあげる。

 彼女は俺の腕にしがみついて、ちゅっと軽やかなキスを、俺の右頬に贈った。
「…………かしこまりました、お姫様」
 アア、顔が熱いでやんの。
 俺はそっぽをむいて、顔が赤くなるのをごまかしながら「帰ろうか」と、止まっていた十歩目を踏み出した。
 ――――勿論、ミミちゃんと一緒に、さ。
◇      ◇      ◇      ◇
「あーあ」
 ミミちゃんが泊まってるホテルの前にようやく到着しそうな頃合。
 すっかり暗くなってしまった空を見上げて、ミミちゃんは唐突に不満気な声をあげた。
「どうしたんだ?」
「…だって」
 不思議に思って尋ねた俺に、ミミちゃんはふてくされたような顔で眉を寄せて言う。
「雪が降るって言ってたのに」
 天気予報なんて信じられない。
 拗ねたように呟くその声に、昨夜の電話の会話が思い起こされる。

『明日はホワイトイヴなのよっ!!』

 とびきりはしゃいだ、彼女の声。
 ロマンチックでステキ、と喜んでいたその声を思い起こしながら、到底雪が降りそうにない澄んだ星空を俺は見上げた。
「………」
 俺はちょっと首を傾げて。
「太一さん?」
 不思議そうにする彼女ににっこり微笑むと。
 ホテルの入り口に上がるのを渋っている彼女の手をそっと取って「それでは、良い夜を」なんて、気取って手の甲にキスをする。
 ミミちゃんはそれで機嫌を直したみたいにクスクス笑って「ありがと、太一さん」と掌を俺の手から抜き出した。
 俺はその掌に素早く丸い玉を握らせると、きょとんと「なに?」と首を傾げる彼女ににっこり笑うと。

「メリークリスマス!」
 
 卑怯かな? ずるいかな?
 そう思いながらも、そう言いはなって、たっとそこから走り去った。
「え、ちょっと太一さんっ!」
 慌てたように叫んで、手の中の玉を見下ろして、ミミちゃんは一気に破顔する。何で分かるのかって? そりゃあこっそり振り返ってみたからだよ。
「今はそれが精一杯ー!」
 俺はおどけて手を振りながら、青とピンクのストライプで首を覆うミミちゃんに笑顔を見せた。
 その手の中で、やんわりと輝く、今朝こっそり買ったスノウボール。
 中には小さな家があって、ふんわり、ふんわり、暗いところで輝く雪が、ゆっくりそこに降り積もる。

「太一さん、大好きーっっ!!」

 それだけでバカみたいに喜んじゃいそうな、とびきりのセリフをミミちゃんが投げてくれた。

「明日、絶対絶対プレゼントもってくからねーっ!!」
 
 大声で、俺の背中に叫んでくれるミミちゃんの声。
 その声に背中を押されながら、俺は白い息を吐き出して、一気に道を駆け抜けた。

 ――――どこかから聞こえてくる、軽やかなジングル・ベル。

(俺がもしもサンタだったら、あんな小さなボールじゃなくて、ミミちゃんのためにキレイな雪を降らせてあげるのにな)

 そんなことを思いながら、夜空を見上げると。

 ――――夜空の彼方で、困ったようにお月様が笑ってた。

 
――END.






ミミ太は一押しだと思うわけです。