『さほど清くもないこの夜に』



 きよしこのよる、ほしはひかり。

 リュウは小さな声で、ほろほろと歌いながら夜道を歩いた。
 道はどこまでも暗くて、街灯ひとつありはしない。冷たい風が頬を撫でて、ああ女の子の一人歩きだったらこんなに危ない道はないな、なんてぼんやり考える。
 それでもリュウは確かに男で、道には街灯こそなかったものの、空には星があった。
 月が見えないのは雲に隠れているからだろう。でないかなあと考えながら、リュウはまた歌を口ずさむ。

「きーよし…こーのよるー…」

 歌ってみてから、リュウはまたくすりと笑った。別に今夜は清い夜なんかじゃないし、おめでたくもなんともない。
 イヴは明日で、今日は単なる忘年会の帰りで。
 顔に出ない分飲まされやすいリュウは、今日もしたたか先輩方に飲まされて。それで、少しばかりご機嫌で帰路についているところなのだ。
 今夜は、もしかしたらどこかでいい子や悪い子がたくさん産声をあげているのかもしれないけれども。けれど、遠い昔、聖なるひとが生まれたという夜は、決して今夜ではないのだ。

「ほーしはーひーかーりー…」

 救いの御子は未だ生まれず。
 世界は救いを知らないまま、ひとびとは救いがあることのさいわいを知らないまま、ささやかな幾つものさいわいを噛み締めて。
 多分、二千年よりももう少し前。
 クリスマスなんてことを知らずに過ごしていたひとびとは、それでもいつもと同じ、ありきたりでかわらないさいわいな夜を過ごしていたのだろう。

「ねーむーりーいたーもー…うー…」

 夢やすく、すこやかに。
 未だ目覚めない救い主は、処女にして身ごもった聖女の腹の中で眠りにつく。
 そしてただの一般市民であるリュウは、ほろ酔い加減で帰宅して、同居人に冷たい眼差しを送られるのだ。

「ただいまー、ボッシュ〜」

「…なにがタダイマだ、テメエ。こんな時間にガンガンチャイム鳴らしやがって…。今何時だと思ってんだよ…。マジうぜえ…」

「んーとねー。今はねー。うん、ほらまだ十一時! よかったー、まだ日付変わってないよー」

「よくねえよこのタコ! 俺もおまえも明日は仕事だっつーのにばかばか飲まされてきやがって…。ウワッ、酒くせえな!」

 救いの御子はまだ生まれない。
 けれども、帰ったら冷たい目で怒ってくれる同居人がいて、ほわほわした脳内はひどくご機嫌で、おなかは満腹で。

「あー、ボッシュ見てよほら、見て、つか窓開けてー、ほら開けたー!」

「って寒いなオイ! 何開けてんだおまえ寒いっつの!」

 清しこの夜ではないけれども、確かに星は光り。
 そして、雲に隠れていた月も顔を出す。

「綺麗だなー。ねー、ボッシュー。おれ、今すっげーしあわせー」

「あー。…ハイハイハイ。よかったな、この酔っ払い」

「明日はー、ケーキ買ってこようね? おれ、チョコレートのプレートが乗ってるやつがいいなあ」

「代金はおまえもちな」

「えー。ケチ」

 だから、自分はさいわいであると思うのだ。
 救いの御子は、まだ生まれないけれど。
 まだ世界は、救いを知らないのだけれど。










2003/12/23 交換日記にて
イヴの前とか、聖夜後とか、微妙にずれた日がいいと思う。そういう半端なとこが好きです。