『君に捧げる言葉とて』




「俺、光子郎の声、スキだな」

 唐突に、太一はそう言った。
 …光子郎は突然の言葉に、当然面食らい……。
「……はあ。それはどうも……」
 ひどく間の抜けた言葉を返す。
 太一はその言葉に不満そうに眉を寄せ「なんだよ、その気の抜けた答えはさ」と、光子郎の眉間をつついた。
「俺はお前の声、スキだって言ったんだぞ。それなのに、その答えがそれかよ…?」
「いや、あの…」
 太一に軽くなじられて、光子郎は戸惑ったように言葉を詰まらせる。
「ありがとうございます」
 …そして困った末にそう応じた。
 その目元は、僅かに赤くなっている。
「…よし」
 太一はその様子に満足そうに笑い、ぺたっとベッドに座りなおした。
「……あの、それで一体何なんですか…?? 唐突に…」
「…ほめられて嬉しくないのか?」
「いや、……嬉しいですけど」
 太一は、嬉しそうな戸惑い顔の恋人に、にこりと笑顔を向ける。

「光子郎のことは、何処も彼処もスキだよ。…だからさ、たまにそのことをきちんと伝えたくなるんだ」

 微笑んだ口元はとても優しくて、光子郎は胸の辺りがぎゅっと締め付けられるのを感じた。
 そのまま、太一を引き寄せてぎゅっと抱きしめる。

「僕だって、貴方のことがスキです。とてもとてもスキです。…何処も彼処も、スキです…」

 その、針金にも似た澄んだ声が紡ぐ言葉に、太一は笑う。
「知ってるよ」
 そう告げて、優しく笑う。
「でもさ、あまりにも欲張りすぎて『お前の全部がスキ』とか言っても、何かありがたみがないだろ? …軽々しいっていうかさ」
 光子郎の肩に頬をうずめて、太一は囁いた。

 だから、お前の声スキって限定したの、と。

「声だけじゃない。お前の……泉光子郎っていう人間を構成しているモノ全てがスキだよ。時々物凄く憎らしくなることもあるけれど、……それでも全部がスキだって、本当に思うんだ…」

 とてもとてもいとおしそうに、囁くその声。
 肩に無防備に預けられた、暖かい感触。
 うっとりと細められた、焦げ茶色の眼差し。

 ああ、僕のほうこそ。

「……僕も、太一さんの声、スキです」

 いとおしくていとおしくて。
 軽々しく伝えられないほどの、この想い。

「瞳もスキです。髪もスキです。性格もスキです」

 本当に、全てが好き。
 全てがいとおしい。

 太一はくすくすと、とても幸せそうな笑い声をもらした。
 その声音に、光子郎はまたひとしきり幸せを確認した。
 

 ――――ぬくぬくと、ただ幸せばかりが満ちる恋ではないけれど。

 それでも時にはこんな風に、君のことを愛している僕と、君に愛されている僕のことを確認したいときがある。

 ……君に捧げる言葉とて、万の言葉を尽くすけれども。
 万の言葉を一息により、一つの言葉をゆっくりと告げることの方が、価値あることも時にはあって。

「光子郎ー」
「はい、なんですか?」
「…俺の服の中に潜り込んでる手のひらが気になるんだけど」
「ああ、お気になさらず」
「……このむっつり」
「むっつりで結構ですよ」

 ほんの少しの言葉と。
 そして、両の手のひらでは足りないくらいの愛情と。
 
 それから、肝心の愛しい相手がそこにいれば。

 ……なんでもなかった筈の、ただ過ぎ行く時間すらも。
 これほどまでに愛しい、大切な時間になる。

「幸せだよなあ」
「…そうですね」

 光子郎と太一は、それぞれ呟きあってにっこり笑う。

 ―――貴方がいて、私がいること。
 それさえあれば、万の言葉とて、かないはしないだろうと。

END


いちゃいちゃラブラブと……。
しかもまた激短です。
……チャットをしながら書き上げたという荒業なだけに、激しくアラが目立つかも……;;
しかし…本当に短編だなあ;;