『土産配達』




 隣の隣の隣の国へ。
 山越え谷越え、森抜けて。幾つも川を渡って飛んで。
 
(めんどくせー…)

 ――中忍になれば、与えられる任務のランクも変わる。
 やる気のなさそうな見た目と違って存外出来のいいシカマルのおつむは、勿論そんなこと、百も承知だったのだけれども。
 面倒で大変な任務の報告書、さっさと提出してさっさと帰って寝るかと、足をゆっくり返して、そそくさと帰路を急いだはずだったのに。

(……アー)

 シカマルは知らず知らずのうちにたどり着いていたちっぽけなアパートの前で、深く深くため息をつく。

 隣の隣の隣の国へ。
 山越え谷越え、森抜けて。幾つも川を渡って飛んで。
 
 時間と体力たくさん使って、大変で面倒な任務、こなしてきたばっかりなのに。
 シカマルは何故だか、金髪きらきらの、にししと笑う同年代の子どもの家の前で佇んで、動けなくなってしまった。
 疲れた体、疲れた頭。
 これから、帰宅してぐったり布団に沈んで、思う存分癒すはずだったのに?

 それなのに、掌はシカマルの思いに反してドアをノックする。チャイムを鳴らす。扉を開ける。

「はいはいはーいってばよ!」

 こんな夜中だというのに、元気な声がドアの向こうから聞こえる。

 あー、オレ何してるわけよ。
 ただでさえ疲れてんのに、これ以上疲れるやつの顔見て、相手して、何がしたいっつうんだか。
 挙句アレだろ。コイツのことだから、絶対真っ先に「土産はー?」とか騒ぐんだ。クソ。うるせえよ、買ってきてやってるに決まってんだろ。
 たまには、まず最初に「お疲れ様」だとか言ってみやがれ。そう。そうすればオレだって。

 がちゃりとあけられた扉。差し伸べられる中からの光。そんなものに目を細めて、シカマルはくるくる続く思考をぴたりと停止した。
 目の前できょとんとするうずまきナルト。
 きらきら金髪に、青い瞳がきらりとこちらを眺める。

「シカマル…?」

「…ヨ。…や。近くまで来たからよ。寄ってみただけ、なんだけど…」

 何だか言葉が見つからない。
 だって本当はここに来るつもりなんかなかったから、仕方ない。そうなんだけど。
 きょとりと瞬く青い眼差しを見ていたら、その瞳に言葉を返せないのが、何となく悔しいようで。

「…ちょっとばかし、長期の任務で。少しばかり、里を離れてた」

 だから、久々に会いに来たと続けそうになって、ていうかだから何でオレはここにきちゃったわけよと再度疑問がくるりと回る。
 しかしそんな言葉なんか振り払う勢いで、ナルトが目の前で、にぱあっと笑ったから。

「そっかあ! あのさあのさ、シカマルお疲れ様だってばよ! え、ええと、ホラ、オレんち何もないけど…な、何か食ってく?」

 にししと嬉しそうに笑って、ドアを開けて光の筋を大きくするから。
 何だか、更に言葉がぶわっと吹き飛ばされてしまって。

 代わりに浮かんできたのは。…さあ、何だこれは?
 ジワジワと浮かんで消える、サイダーの気泡みたいな。
 夏の日にぐいっと飲み干した、炭酸飲料。
 喉奥ではじける、あの感触が。

 ざわりと、胸の奥で。

「………シカマル?」

「……。…ア、い、いや。何でも。つーか、…ええと、あがっていいんだよな。じゃあ、ちょっくら邪魔するか…」

「おうー! あ、ちょっと散らかってるけど気にすんなってばよ! ラーメンでいいー?」

「あー。何でもいいや」
 

 そう、多分何でもいいのだ。

 シカマルは喉でしゅわしゅわいうような、あの響きをナルトの笑顔だとか、背中だとか、真っ先にかけられた「お疲れ様」だとかに感じながら、ふーっと大きく吐息する。

 隣の隣の隣の国へ。
 山越え谷越え、森抜けて。幾つも川を渡って飛んで。

「……あー」

 とっても疲れるお仕事でした。

 大変大変。今までの下忍の任務とは、やっぱり少しばかりわけが違うみたいで。

「…。…ナルト、ちょいタンマ」

「んー? なんだってばよー?」

 ぎゅうと手首をとらえれば、ぐりんと振り向く金髪頭。
 それをわしわしっと撫でてかき回して、もう面倒だから身体ごとしがみつくみたいに抱きしめて。
 力いっぱいその身体を抱きしめて。

「わ、わ、わっ! な、何するんだってばよシカマルー!」

 わめき散らす身体を、それでも離さずぎゅっと抱きしめて。
 そう。本当に。
 しがみつくみたいにして。

「……。…そういわねえでさ。少しでいいから、このまんまで頼むわ…」

 くく、と喉奥で笑うみたいにしながら、シカマルはミソラーメンと、日なたの匂いがする身体を抱きしめていた。

 隣の隣の隣の国へ。
 山越え谷越え、森抜けて。幾つも川を渡って飛んで。

 とてもとても面倒なお仕事。
 赤い液体、白い脂。
 塊がたくさん飛び散って。
 大変な大変な、人殺しのお仕事。

「もー。…マジめんどくせーんだよ」

 自分よりも少し小柄な身体。
 それにしがみついたまま、シカマルはずるずるしゃがみこむ。
 それに合わせてか、ナルトもぺたんとしりもちをついて、結果二人は床に倒れこむようにして抱き合う有様。

「……。…あー。…落ち着く」

 ぼそりと呟いたそんな一言に、ナルトの身体がぴくりと震えた。
 シカマルの心も、ぴくりと震えた。


 あー、ハイハイ。そうか。なるほど。
 オレはこうしたかったわけだ?


 少し骨ばった身体を抱きしめて、シカマルはそのままうつらと目を閉じる。

 掌にこびりついたような鉄の匂いも、これで少しはとれるだろうか? そんなことを考えながら、目を閉じる。


「ホント。…オツカレサマだってばよ」


 小さく呟くナルトの声に、「…土産はホルスターの奥に入ってる」と思い出したように答える。
 このまま寝るなよ、と慌ててナルトが呟く頃にはもう遅くて。

「……」

 ナルトはげーと小さく呻いてから、ぽん、とシカマルのきっちり結い上げられた髪の毛を叩いた。


「土産は後でちゃんと手渡してもらうかんな」








2003/11/30(Sun) 02:48 裏掲示板にて
タイトルいい加減です。ていうかタイトルにこんだけ苦悩するってことは、やはりまとまりがない話…ということ…かな。ハハ。