『森の中で』
すらりとした長身。優美な姿。夢のように美しい……エルフ族の王子。
―――そう。レゴラスという優れた弓の使い手と、仲間となって焚き火を囲むようになってからそろそろ一週間。
フロドは背中に背負った荷物と、それよりも尚重い首から下げた忌まわしくも美しい指輪に嘆息し…、ひょいひょいと、まるで体重の感じさせない動きで先を歩いていくレゴラスを見やった。
(私は未だ彼に慣れることができないようだ)
そうやって見やってから、彼は心中でぽつり呟いてみる。
優美なエルフ。優美なレゴラス。
だが、彼はあまりにも優美すぎて―――…あるいはあまりにも浮世離れしすぎていて。
「フロドの旦那、疲れたんですかい?」
「…ん? ああ…いや、まだ平気だよ、サム」
フロドは傍らを歩く、自分を慕ってついてきてくれた庭師の青年を見て、ちょっと微笑んだ。
素朴なシャイアのホビットたち。
どこまでものどかな、土の匂いがする故郷。
……それを思い起こすほどに、今の状況の変化の度合いの激しさを思い知る。
そして、殊更に思うのだ。
(中でも、最も私たちのシャイアからかけ離れているのは、レゴラスだろう)と。
それは当然だ。
……だって、ホビットとエルフなんて―――呆れるほどにかけ離れた種族なのだから。
◇ ◇ ◇ ◇
夜。
―――夕星のアルウェン姫の目の前で水に押し流されたという、冥王の配下である黒衣の騎士たち。
だがしかし、彼らは馬を失っただけで、けして滅びてはいない。そして、指輪を狙う冥王の配下は、彼らだけではない。
寝静まった森の中とてそれは例外ではなく、彼ら九人の旅の仲間たちは、今宵も不寝番をたてて見張りを行うことにした。
今夜の不寝番は、まずアラゴルンを筆頭にボロミア、レゴラスの順で行われることに決定した。(この場合、旅慣れていないホビットたちは、最初から数に数えられていない。)
フロドは日増しに重くなっていくような気のする指輪にまた嘆息し、気遣うサムの視線やアラゴルンに「平気です」と笑いながら、木の根元で横になる。
……ぱちぱちと、焚き火のはじける音。
……どこかで、梟が鳴く声。
―――そんなものをどこか遠くで聞きながら、フロドはゆっくりと眠りについた。
……。
………ぱちぱちぱち。
ぱちぱち。
……………ぱちん!
――――今、何時だろうか。
焚き火の、枝が小さく弾ける音に、フロドはふと目を覚ました。
……そして、身に纏っていた衣服が、びっしょりと寝汗で湿っていることに気づく。
「―――…悪夢でも?」
そのまま少しぼんやりしていたフロドの元に、清涼な声音が届いた。
その声にフロドは一瞬目を瞬いて……闇の向こう、焚き火のすぐ傍で矢を作っているエルフに気づき「……ええ、多分」と曖昧に答える。
「…多分とは?」
「……いえ、自分でも何の夢を見たのか覚えていなくて」
「……なるほど」
レゴラスは端正な面差しをまっすぐに矢に向けたまま、続けて呟いた。
「どうやら起こしてしまったようだ」
「……え?」
「火の音です。……あまり、焚き火を作ることが得手ではなくて」
「………ああ」
フロドは、その淡々とした口調に淡く微笑む。
「何か?」
「……いや。…私は、てっきりエルフは万能なのかと」
「……。…万能、というほどでもない。ただ、他の種族よりも長命である分、多くのことを覚えられるだけですよ」
「そう、ですか」
フロドはその答えに頷く。
……果たして一体何の夢を見たのか。
フロド自身にもそれは未だ思い出せなかったが、背中にまだじっとりと残る汗が、彼にその夢がよくないものだったということを告げる。
まだ、寝なおす気分にはなれなかった。
だから、たとえ……まだ慣れていない相手でもいいから、何か他愛のない話をして気を紛らわせたかった。
「レゴラスは……、ええと、……レゴラスの故郷はどんなところなのですか?」
「森です」
フロドの言葉に、レゴラスは一言のみで返す。
…しかしあまりにもそれが端的過ぎたかと自分でも思ったのか、付け足すように「とても、美しい森です」と続けた。
「……森、ですか…。……では、レゴラスも子供の頃から木々に親しんで育ったのですね」
「ええ」
レゴラスは削り終えた木の枝に、ふっと息を吹きかけた。…木屑が飛んで、焚き火の中に消える。
「……ご両親は、まだその森に?」
フロドは続けてたずねた。
埒もない質問だということはわかっていたが、それでも、フロドは沈黙に耐え切れず、また夜中に夢に魘されて目覚めた子供のような人恋しさにも耐え切れなかったのだ。
「ええ」
レゴラスの答えはそっけない。
しゅ、しゅとナイフで新しい枝を削る音だけが夜のしじまに浮かび上がる。
「……えっと……エルフの人々は、種族ごとがそれぞれ遠い地域に住んでいるのですね。……それは、寂しくないのですか?」
「ええ」
レゴラスはまた一言のみで答え…、不意にフロドへ目線を移した。
じっとこちらを見つめる、翠色の瞳。
フロドはその目線の強さに若干ひるんで、やや俯く。
「……すみません」
「―――…なぜ、謝るのですか?」
「……」
レゴラスはフロドを見つめたまま、謝罪の理由を尋ねた。
「……くだらないお喋りで、貴方の集中を乱しました。…どうか不快だったら言ってください、…黙っていますので」
俯き加減のフロドの言葉に、レゴラスはゆっくりと瞬きをする。
そして突然立ち上がると、ゆっくりとフロドの傍まで歩み寄り、その髪の毛にそっと触れた。
……その、思いもよらぬ優しい仕草に、フロドの目が丸くなる。
「……子供のとき」
レゴラスは、ほんの少しだけ目を眇めて、間近でフロドを見つめた。
「恐ろしい夢を見て眠れない夜、私は木の傍に行って眠りました」
「……木の、傍に…?」
「そう。……木の皮の匂い、葉が風に揺れて擦れる音……そんなものに安らぎを感じて、ぼんやりと夜の空気に晒されていると、とてもよく眠れた」
「……。……そのせいで、風邪をひいたりはしなかったの?」
「……」
レゴラスはフロドのその言葉にそっと笑った。
「ないこともなかったかな」
そうしてから、フロドの髪の毛をゆっくりと撫でてくれた。
「フロド。……貴方は、幼い頃、眠れない夜はどうしていましたか」
「……私は…」
フロドは間近の……思ったよりもずっと優しい、森の色をしたレゴラスの瞳を見つめながら微笑む。
「………私も、そんな夜はきまって家を抜け出して、近くの大樹の傍に行きました」
「……そう、では私と同じだね」
「……。……ええ」
フロドは小さくくすりと笑って、こつんと秀でたレゴラスの額に自分の額を押し当てた。
「……私もよくそうやって抜け出して風邪をひき、家族にしかられていました」
……その言葉に、レゴラスはゆっくりと笑った。
………その押し殺した笑い声は、きっと昼日中で聞いたならもっと明るい声として響くのだろうと考え、フロドは軽く笑む。
「木は生きる者の心を癒してくれる。……いや、わかってくれる。ずっと太古から続く、永遠の友だ」
「……ええ」
「………今度こそ、きっと眠れるね、フロド」
「………ええ」
森のエルフは優しくフロドの髪の毛を撫でて梳りながら、彼に眠りを促した。
「明日も早い。…ゆっくりと、眠りなさい」
そのささやきは、とてもとても優しくて……フロドは促されるままに目を閉じる。
暖かい、髪の毛に触れる指。
ぱちぱちと、音を立てる焚き火。
木々に癒されて眠る、生きとし生けるものたち。
ああ、何の違いがあるのだろう。
私と、レゴラスと。
ホビットと、エルフと。
その外見、性質に大きな隔たりがあろうとも。
私たちは確かに同じ生きるものなのだ。
フロドは、そんな大きな真理をひとつ得て、瞼を下ろした。
「よい、夢を。フロド」
――――その耳元に、静かなエルフの声が、確かに届いた。
END.
何を血迷ったか、唐突に指輪物語です。(死)
お前デジは? 輸出品は? ていうかパソコンは?
そんな声はさておき。(おくなv)
どーしても書きたかったレゴフロですvv
……まあ、レゴフロってほどでもないけど。…レゴ&フロ?
…………えーと。
次回はアラフロですね☆(明後日見つめて微笑んでみたり)
2002年10月9日にひっそりと背景変え。
ついでに文章を少しだけいじりました。