――――きっと自分は死ぬのだろう。


 それは諦念でも、自虐でもない。

 ただの、そう。確信に過ぎない。

 リュウは静かに闇を見つめ、掌をそっと見つめた。

 ディクの血が爪の中にまでこびりついてしまっていて、とても汚いと思う。

 闇の中。

 ……きっと、とても疲れていたのだろう。

 ニーナが、小さく寝息を漏らしながら、安らかに眠っている。

 その寝息に、ひどく安心する。

 彼女が生きているのだと思い、ひどく安心する。


 壁にもたれて。

 リンも、静かに目を閉じている。

 きっと、彼女も眠っているのだろう。

 寝息はさほど聞こえないけれど、無防備に投げ出された片足が、それを確かに証明しているようで。

 リュウは小さく微笑んだ。

 彼よりも年上の彼女が、何故だかとてもいとおしいように思えた。

 
 ……きっと自分は死ぬのだろう。


 それは諦めというよりも、確信だ。

(それでもおれは)

 それでも、自分は。

 リュウはそっと目を閉じて、冷たい闇の中、遠くに向かって手を伸ばすように、目を開けた。

(それでもおれは、このひとたちと空に、いくよ)


 伸ばした腕は、とうに折れているのかもしれない。

 踏み出した足は、血を流しているのかもしれない。


(それでも、おれは手を伸ばそうと思う)
 
(それでも、おれは歩き出そうと思う) 


 リュウのことを愚かだと、かつての相棒は嘲るように笑った。

 リュウのことを愚かだと、壁にもたれて眠る女性は哀しく微笑んだ。


 自分は、きっと死ぬのだろう。


 リュウは心の中、そっと呟いて、ことりと頭を壁に預けた。


「それでも、おれは空にいくよ」


 たとえ指先が小刻みに震え、自分がいなくなってしまう恐怖に怯えていたとしても。

 たとえ足先が重く、今すぐに引き返して逃げ出してしまいたくなっているとしても。

  
 ――――そこに、死しか待っていないのだとしても。


 血まみれの足を引きずって、折れた腕を伸ばして。

 初めて、自分の全てと引き換えてもいいと思った人をつれて。

 初めて、自分のために哀しく笑ってくれた人と一緒に。


(そらにいこう)

 
 たとえその寸前で、朽ち果てるのだとしても。

 大切な人たちが、かぐわしい花というものを見つめ、たとえようのない蒼を仰ぎ、そして笑ってくれるのならば。


(……それで、おれはかまわないから)


 冷たい指先に、力を込めた。

 剣の柄に、手を置いた。


(それでおれは、かまわないのだから)


 きっと自分は死ぬのだろう。



 ―――それはあくまでも、確信だ。 









自分は死ぬんだろうなと思ってニーナに微笑みかけていたんだと思うと、リュウがやるせない。
生きててよかった。