『願いよ』



「強い願いだったから、叶えてあげたかったのに」


 …それは、ぽつり呟かれた、独り言。

 聞こえるはずなんてない、独り言。


「…聞こえるはずなんてないのに」


 私は、ベッドの上に半身を起こして呟く。
 額に浮かんだ、汗を指先で拭う。

 くすくすと笑う子供。
 願いはなあに、叶えてあげるよ、と簡単に告げて、笑う子供。
 …得体の知れない、暗くて楽しそうな目をした子供。

「…強い願い、か」

 私は、拭った指先に付着した汗に苦笑して。
 窓際にたって、夜空を見上げた。

 今夜は星が見えない。…あの雲が、邪魔なのだ。

(願えば叶う。…そんなのは、ただのまやかしだ)
 
 私は知っている。あの子供が、どれだけ人を苦しめて、その無邪気な手を躊躇なく下してきたか。

『同情するなよ、エタニティ』

 耳によみがえる、セラの声。

『あいつは敵だ』

 ああ、きっとそうだね。
 …そう。そのはずだ。
 敵というほど、はっきりとした敵意を示されているわけでもないけれど。
 会って、にこやかに笑いあえる関係でも、決してないのだから。

 私はたわむれに、窓を開けて。
 …雲に隠された、夜空を見上げる。


 ああ、願いよもし叶うのならばなんて。

 
「絶対に、言わない」


 あの子供に聞こえるはずもなく、けれど、確かにあの子供に言うつもりで呟いてみた。


 ああ、どうせなら。

 私はふと思いついたことに、くすりと笑ってみた。

 どうせなら、今度訊いてみようか。


 君の願いこそ、何なんだいと。

 
 それは誰かに叶えてもらうもの?

 それとも、自分で叶えるもの?


 わからないけれど、ねえ。


 シャリ、君に願いはあるの?


 窓を閉じて、もう一度空を見上げた。

 雲が切れて、こちらを見下ろす三日月が見える。


『それが君の願いなの? エタニティ』


 そんなことを言われた気がして、私はまた小さく笑う。


「知らないよ、シャリ」


 呟いて、寝床にもぐる。目を閉じる。


「だってそんなに願いばかりじゃ」


(自分で歩く楽しさが、なくなってしまうでしょう?)


『あいつは敵だ』


 ああ、きっとそうなんだろう。

 でももしも、かなうのなら。

 二人で、いつかお茶でもしてみようか? 

 ねえ、不思議な君。

 君の願いとか、私の願いとか、世界の思いとか。

 そんなことを話して、おいしいお茶でも飲もう。


 ――――世界はいつまでも平行線。


 だから向き合うのが楽しいんだよエタニティ、と耳の奥で誰かが笑った。








2003/08/12 表日記にて
ムラ様のリクエストに答えたつもりだったけど「シャリ出てないじゃん」という軽い駄目だしを食らった気が。…てへり。