『鳥じゃない私』



「…鳥になりたいなーって、思ったことない?」

 ユウナの唐突な言葉に、ティーダはぱちぱちと目を瞬かせた。

「ハ? また随分唐突ッスね」
「そうかなー。うん、なんか。鳥を見てたら、急に思い出したの」

 連絡船に乗って、甲板に佇む二人。
 周囲には珍しく人気がなく、彼らの間近では鳥が羽づくろいをしていた。
 それを見て、そんなことを言い出したのだろうか。
 ティーダは首を傾げてから「うん、でも子どものときは空を飛ぶ夢を見たなあ」と手すりに背中をもたれかける。

「でしょ? なんかね、すごく飛びたいときがあったんだ。どこまでもどこまでも。どうして私には翼がないのって、キマリに聞いたこともある」
「うわー、またそういうこと言ってキマリを困らせて」

 ティーダは明るく言って、今も傍近くついているキマリにニヤニヤと笑いかける。キマリはしかし特に何も言わず、寡黙に佇んだままだ。

「悪い子ッスね。ユウナは」
「もう、そんなこと言って! キミだって、アーロンさんを困らせた悪戯ッ子だったんじゃないの?」
「う、それを言うッスか!」
「言うッスよ」

 ユウナはくすくす笑って、ティーダもわざとらしいしかめっつらを見せてから、すぐに笑った。
 ばさばさと羽音を立てて、鳥が空へ飛び立っていく。

「…鳥がうらやましいって、思ったのかな」

 ユウナはその姿を見送ってから、不意にそう呟く。
 ティーダはそれを見つめ「うらやましい?」と首をかしげた。

「だって、飛ぶのって気持ち良さそうじゃない?」
「うーん…」

 そうやって自分も空を飛ぼうとするかのように、ユウナは両腕を広げる。
 その姿に、ティーダはどこか甘い胸の痛みを覚えながら「でも、わかんないッスよ」と笑った。

「わかんないって?」
「もしかしたらさ、鳥だってユウナのことをうらやましいと思ってるかもよ? ってこと! だって、ほら。ユウナは地上に足をついて歩ける、走れる」

 ティーダは言いながら、ユウナの手を軽くとって一歩二歩とリードするように歩みを誘った。

「空を飛ぶ代わりに、地面を走って、どこまでもいけるじゃんか。一人で空を飛ぶ代わりに、こうして、ほら」

 そこでティーダは小さく咳払いをしてから、ふんと鼻息をもらすと。きらりと、わざとらしく笑って。

「俺みたいな色男と、手をつないで歩けるだろ?」

 冗談めかして、続けた。

「………」

 ユウナはその言葉に、ひとつ息を呑んでから。
 …大きく笑った。
 
「自分で色男って…! キミって、すごい自信家だねっ?」
「あー、笑った! なんだよ、俺、これでも女の子にすげー人気だったんだぜ?」
「ふふふ、うんうん、わかったわかった」
「あー、信じてねー! 絶対信じてねえ!」

 むくれてみせるティーダにユウナはくすくす笑った。
 
 本当は。
 飛んで、行きたかったのかもしれない。
 小さなユウナは、今いる場所ではないどこかに、飛んで行きたかったのかもしれない。
 父がいる。母がいる。
 そこまで飛んでいきたかったのかもしれないと、大きくなったユウナは思う。

 だけど。

「じゃ。…そろそろ船室にもどろっか」
「うん。…よし! 競争!」
「うわっ、ずりーぞユウナ!」

 笑って、走って、じゃれあって。
 手をつないで。
 走って。
 走って。……どこまでも、走って。

「翼じゃ、手をつなげないだろ」

 そう言って笑う。
 傍らの少年に、ユウナはどこか泣きたいような眩しさを抱えて、笑う。

「そうだね」

 ああ。

 あの日、飛んでいかなくてよかったね。ユウナ。








2004/01/27 表日記にて
突然ティユウです。ネタが降臨したので、書かなくちゃと。ユウナもティーダも本当にいい子で、泣けます。