―――朝起きたら、目の前にベッドの足があった。

 

 ……まあ。おおむね、そんなことはよくあるコトなわけで。

 …………むしろ、ベッドのある場所で寝られることのほうが少ない生活してるわけだからよ。

 ………まあ。久しぶりにベッドなんていう洒落た場所で寝ちまったもんだから、ついついウカレちまったかなんて。

 オレは我ながらヤレヤレなんて溜め息をついて、起き上がって隣のベッドで眠っている相棒の様子を見ようと思って。(きっとあいつもオレと同じような状態になっているはずだ)

 むくり。

 ……起き上がったつもりだったわけで。

 

「………?」

 

 ん??、と。

 オレは訝しんで呟いた。……つもりだったわけでさ。

 

「…ニャア?」

 

 ――――勿論こんな間抜けな鳴き声を出したつもりは毛頭なかったわけなんだよこんちくしょう。

 

「……………………………」

 

 嫌な嫌な嫌な嫌な沈黙。

 

「………んー……蛮ちゃん……むに…」

 

 そこに折悪しくっていうか、折り良くっていうか、向こう側のベッドで銀次がもぞもぞと動きながら、どすん! って音を立てた。

 その音と同時に床がびりびり振動して、ああ、アイツもやっぱり床に落ちたわけだななんて思わずニヤリとする。だが思わずニヤリとしてから、顔の筋肉の感じがあまりにもいつもと違うことに気づいて、また青くなった。

「…ぃーたたた……。……あー、……あれぇ……、……もう朝ぁ……??」

 銀次はなにやらぐたぐた言いながら、床の上でもぞもぞしている。ベッドに隔てられて向こう側なのにそれが分かっちまう。ベッドっていうでっかい障害物があるのに。……そう。やけにでっかく見える「ベッド」っていう、昨日はオレが立ち上がればオレの腰までもなさそうに感じてたはずの障害物が…!

 オレは身動きすることすら情けないことに恐ろしくて、べったり床に張り付いたまま銀次の動向を待った。声を出すことすら怖い。

「う〜……、まだ眠いよぉ……蛮ちゃん……蛮ちゃあん…? まだ寝てていい…?」

 あああああっ! んなことどうでもいいからとっととこっち見ろよ間抜けぇぇ!!

 しばらくぐたぐだしていた銀次はようやく起き上がる気になったようだ。…というよりも、オレの様子を見ようとしたと言うべきか。

「……あれぇ?」

 そしてベッドに乗っかって向こう側からヌッと顔を突き出し……ってちょっと待てよ、何でこんなに銀次の顔がでけぇんだ!!?

「何で蛮ちゃんベッドにいないのぉ…??」

 ヤツはまだ半分以上眠っている声を出しながらオレのベッドを覗き込み……ふっと視線を床に落とした。

 ……そして身動きも出来ずにじいいいっとしているオレを見て「んん?」と不思議そうに首を傾げて。

 

「何でがこんなトコロにいるの?」

 

 ――――おもむろに、そうのたまいやがりました。

 

 

 アア、やっぱりそうなのかこんちくしょう!!

 

 ――――――――………オレはそう叫ぶ代わりに、絞り出すようなせつねー声で「にぁああ〜……」と一声鳴いたのだった。

 

 

『オレが猫になっちまったワケ』

 

 

 ※ちょっと回想してみましょう。

 

 

 オレの名前は美堂蛮。邪眼持ちのちょっぴりお茶目なナイスガイだ。

 普段は何度キップを切られたかわかんねー愛車の中で、放っておくとすぐたれたり、フラフラどこか行っちまったりするオレがいねーとてんで駄目な相棒のたれ銀次と寝てる。(嫌な風にかんぐるなよ)

 だが昨日は銀次の元仲間だか手下だかのサルマワシ野郎が世話になってる女の子、マドカの家で眠ることが出来た。それはマドカの家の「ちょっとした」大掃除を手伝ったからというわけで。(天下の奪還屋サマとしてはそんなまるで何でも屋みたいなコトはしたくなかったワケなんだが…)

 でもって昨日はちょっとサルマワシの大間抜け野郎と罵りあったり、ちょっとサルマワシの大ボケ野郎と殴りあったり、ちょっとサルマワシの大バカたれ野郎と蹴りあったりした後にやわらけーベッドですやすや眠りについたわけだ。

 

 ……特に何かまずいことをしたわけでもねーし。

 

 ………銀次じゃあるめーし、そこらのモノを拾ってほいほい口に入れたわけでもない。

 

 それが何で。……何で。………………何で。

 

 ――――――――何でこーなるわけだよ?

 

 

 ※ちょっと現実に返ってみましょう。

 

 

 ……オレはてくてくてくてくと部屋の外に出て、てくてくてくとその辺を行ったりきたりしてみた。

 視界がメチャクチャ低い。

 四つん這いがごく自然に馴染んじまったっつーのはどういうワケだよ。

(………何でだ)

 とりあえず全てに対してそう思う。

 ……そう。とりあえずまずはそこだろ?

 

 何故猫か。

 そして何故朝起きたらオレじゃなくなってるのか。

 ……確かどっかにそんな話があったようななかったような。ああくそ! 頭がうまくはたらかねぇっ! ……たしかカフスだか過負荷だか…。

 

「フランツ・カフカの変身って知ってる?」

 

 そう、それだ。

 ぐるぐる悩んでたオレはその言葉に得心がいって、ふむふむと頷いた。

 たーしか遥か昔にそんな本を読んだわ。あー、まずいまずい、これじゃあたれ銀次の無知っぷりを笑えねえぜ!

 

 ――――ってちょっと待てよ?

 ……今の誰だよ。

 

 オレは今更ながらそんなことを考えてきょろきょろきょろと周囲を見回し、はたと気づいて頭上を見上げる。

 昨日は同じくこの家の掃除を手伝いにきた夏実ちゃんと、ヘヴンが呑気に喋ってやがった。

 ……下から見上げてみると何ともでかく感じるから不思議だなオイ。

「何かのお話ですか?」

 ヘヴンの言葉に、夏実ちゃんが不思議そうに首を傾げて聞き返している。

 ヘヴンは「ええ」と言ってからちょっとあくびをして続けた。

「何の変哲もない青年が、朝起きたら急に巨大な芋虫になってしまっていたという話」

 

 そうなんだよ確かそういう話だった!

 

 オレは思わずうんうんと頷きながら深く青ざめる。

「ぇえー、怖いですねそれ!」

「でしょ? なかなかシュールな話よね。ラストがまたシュールなんだけど」

「へえー、どんなのですかー?」

 ……女二人は足元で硬直している哀れな猫(勿論オレ様だ)がいることにも気づかず、スタスタと廊下を歩いていった。

 

 …………芋虫じゃないだけ、マシ?

 

 オレは思わず胸中でそう呟いて、ちょっと落ち込んだ。

「にゃあ…」

 思わず吐いた溜め息すらそれ。

 ……オレはますます落ち込んで……。

「にぁあ……」

 また溜め息をついたのだった。

 

 ――――すたすたすたすたと、気を取り直してまた歩き出す。

 どーでもいいが、今こうして歩くことで何かが解決するのかどうか。

 ……いやいやいや。そーいうことを考えてはいけない。

 オレはオレに気づかずにあっさり通り過ぎたヘヴンや夏実ちゃんに、オレであることに気づくはずもなくまた寝直しやがった銀次のことを思い返してそっと拳を固めた。

 少なくとも、あいつらの側にいたからといって状況は変わらなかった。……ならば?

 

(やっぱりアイツしかいねーのか…)

 

 オレは心底からの溜め息をまたついた。

「にゃぁあ……」

 ……漏れる声は相変わらずで、なんだかまた切なくなった。

 

 

※ちょっと状況を打開する案を考えてみましょう。

 

 まずたれ銀次には無理。

 理由)ていうかそもそもオレ様の状況にも気づかず、あれは呑気に寝こけてやがるし。(元に戻ったら絶対シメよう)

 勿論ヘヴン・夏実ちゃんにも無理。

 理由)状況どころか足元の猫にも気づかねえ図太さはどうかと思うぞコラ。(元に戻ったら絶対チチ揉む←ヘヴン限定)

 …しかしだからといって家主のマドカのところにおしかけるわけにもいかねえ。

 目の見えない彼女のところにいってニャアニャア鳴いてみたところで、俺の言わんとするところを分かってくれるかどうか。

 身振り手振りもできねーんじゃあ、猫語でも分からない限りマドカには分かってもらえないだろう。

 ――――猫語。

 

 そうなんですね。

 

 ――――まずそもそも猫と意思の疎通の出来るやつがいればこれ以上なく話は簡単なんですね。

 

※いいかげん状況打開案は一つしかないことを認めてみましょう。

 

 

 その名はサルマワシ。

 いかなる動物ともコミュニケーションをとり、なんたら擬態とかいう技でその動物の特技や技能を真似ることも出来る、サーカスの芸人みたいな野郎だ。

 まあ、よーするにやつなら猫状態の今のオレともコミュニケイトできるだろう。ていうか出来なきゃ殺すマジ殺す

 オレは適度に荒んだ気分でほてほてと庭に向かった。

 野蛮人の奴のことだ。きっと文化人のオレ様のように室内にいることは合わず、屋外にいるに決まっている。(断定)

 オレはほてっとバカ広い庭に降り立ち…愕然とした。

 

(この広い庭からサルマワシを探せっていうのか!!!?)

 

 ノーマルサイズのオレ様でもしんどそうなのに、このミニサイズなオレ様でそれをやれと!!!?

 

 ――――オレは早くもくじけそうになりつつ、にーにゃーと息を吐きながらほてほてと歩みを再開した。

 

(天下の美堂蛮様が、だぜ?)

 ほてほて歩きながら、今更に沸いてきたふつふつという情けなさやら苛立ちやらがだんだん頭を支配してきやがった。

(無敵の蛮様が、だぜ?)

 こんな身体じゃ邪眼も何も使えねーし。

 オレは心底苛々しながら、ばさばさと尻尾を揺らしてみる。

 振り返って確認してみると、しなやかな尾っぽが背後でゆらりゆらりと揺れていた。

 黒い、つやつやした毛並みだとこれまた今更に気づく。

 ふと気づくと、そばに泉みたいにあしらった小さなプールがあった。

 まるで箱庭の森だ、と苦笑しつつ、オレはそのプールに近づく。

「……」

 まあ、当然というかなんというか。

 人工の泉に映ったオレ様は、やはり美猫だった。

 黒いびろうどみたいな毛並み。

 甘い紫の、まるでアメジストみてーな目。

 しなやかに揺れる尾ですら毛並みは艶々としていて、きっと触れたらひどく心地よいだろう。

 オレはぱちりと瞬きを一つしてから、ふわぁと小さくあくびした。

(仕事は当分入ってなかったし)

 柔らかい風がふわりと毛並みをなぞっていくのがくすぐってぇ。

(イイ天気だし)

 木漏れ日が身体のあちこちにあたってひどく心地よい。

(そういや今日は休日だ)

 丸くなって、水の匂いと木々の匂いに耳を澄ます。

 

 ――――そう。所詮オレは都会の猫だから。

 人工の泉だと笑っても、そいつのそばでしか安心できねぇんだ。

 

 オレはそっと目を閉じた。

 ほんの少しだけ、猫みたいに眠っちまおうと。

 びろうどみたいな毛並みを風に預けて。

 気まぐれなアメジストの瞳を閉じて。

 今だけは猫のまま、眠ってしまおう。

 

 ――――そしてふと思う。

 ……まるでこの心地よさは邪眼にとらわれたようだと?

 

(イイ夢…か)

 

 オレはうとうととまどろみながら、木漏れ日と風と水の匂いに抱かれて眠りについた。

 久しぶりに「イイ夢」が見られるかもしれない、と。

 ……ふと思った。

 

 

◇      ◇      ◇      ◇

 

 

「……何してやがる」

 いつもの彼の定位置。

 ――――そこに何かがいるなとはここに近づくずっと前から気づいていたのだが。

「…………」

 士度は泉の横で猫みたいに丸くなって眠っている蛮に、ふっと苦笑した。

 …いつものグラサンすらどこかに置いてきたようで、斜に構えた様子の消えたその寝顔は、どこかあどけない。

 触ると気持ちのよさそうな、どうやら寝起きらしい柔らかな黒髪をさあっと風がなぶっていった。

 …目を開けたら、きっと真っ先にこちらを射抜くのであろう、あの恐ろしい魅惑の力を放つ深紫の紫水晶は今は封印されていて。

 ただ、穏やかな寝顔だけがそこにある。

「……」

 士度はまたそっと笑って……彼自身も意識しないほどひどく優しく笑って……。

 蛮の横に、静かに腰を下ろした。

 その僅かな音に眠り続けている蛮が、うっすらと目を開ける。

 ……周囲を見るよりも早く、真っ先に士度をとらえる甘いアメジスト。

(またうるせぇコイツに逆戻りか)

 士度はその視線に気づいて、ふ、と吐息した。―――だが。

「……」

 蛮は、また無防備に目を閉じてしまった。

 

 まるで、なんだおまえかと、呟くように。

 

 まるで、なんだおまえなら寝ててもいいかと。

 

 ――――身体を預けるように。

 

 

 ……士度は目を見張って……またふわりと吹いてきた風に、微笑をもらした。

 今なら、その髪の毛を撫でても何も言わないかもしれない。

 今なら、その頬に慈しむように触れても、怒らないかもしれない。

 …………だが、それはお預けにしようと、士度はもう一度だけ微笑んだ。

 

 

 すやすやと、眠り続ける蛮のすぐ隣に。

 ――――どこからやってきたのか。

 しなやかな身体をもった、美しい深紫の瞳の黒猫がそっと寄り添う。

 猫のように丸くなって眠る蛮の腕の中。

 黒猫はするりと蛮の頬に自らの毛並みをすりよせるよう寄り添って、いとおしげにその頬を舐めた。

 

 

 まるで一幅の絵画のようだと思い。

 

 ――――まるで美しい夢の中の光景のようだと思う。

 

 

 ……イイ夢、見れたかよ?

 

 

 いつものように囁く。

 あいつの声が浮かんで。

 

 ――――吹いてきた優しい風の中に、かき消えた。

 

 

END.


はい、よーやく完成いたしましたGBの士度蛮小説です!!
……。
………………。
…………言い訳はしません…!!
あああ、ごめんなさいごめんなさいごめんよしっぽさん〜〜〜!!!;;
散々待たせました! 本当にお待たせしました!!
地面に突っ伏してお詫びいたします……!!
しかも裏モノでラブにする…は、はずだったのに……;;
ああああ〜、すまんですすまんです、いつものハンパギャグほのぼの小説になっちゃいました!!(殺)
こ、この詫びはリョウ太で…必ず……必ず!!


モドル